第二部 古代神アシュル

1 「なかよし」の境界線

1-1 南西へ!

「本当に馬車に泊まるの、エヴァンスくん」


 寝台代わりのブランケットを荷室に広げながら、アンリエッタが確認してきた。


「ああそうする」

「宿屋に入ったのに、わざわざ馬車で寝るなんて言ったから宿の人、びっくりしてたわよ」

「いいんだよ。宿では飯を食うし風呂も借りるしな。眠るときだけ自分の馬車にするんだ」


 俺達の馬車は宿屋の中庭に駐めてある。馬は厩に連れて行かれ、宿屋の下働きが世話していてくれる。だからここは静かなもんだわ。


「旅の気分が盛り上がりますね、エヴァンス様」


 楽しげに、マリーリ王女も自分の分のブランケットを伸ばしている。まあこれまでの一生、王宮で蟄居も同然だからな。そら何しても楽しいだろうよ。


「旅立って二週間。今は街道を辿ってるから毎晩宿場街に入れているが、いずれ宿場も宿もない辺境になる。安全な土地で、前もって野宿の練習をしておきたいんだ」


 問題の洗い出しやリスク管理ができるからな。


「さすがはエヴァンス様。わたくし、感服仕りました」

「そんなに他人行儀に褒めるなよ。マリーリ王女は、もういない。今のお前は一介の旅娘、マリリンだからな」

「理解しております」


 まだ固っ苦しいわ。でもまあいいか、いずれ自然に素の人格が出てくるだろ。


 王宮を出た俺達は、王都の大街道を南西へと進んだ。


 旅の目的は第一に、姫様に世界の真実を見せること。世界を滅亡へと導く先触れを可能なら探る――これが、第二の目的。まあこっちは茫洋とした話なので、あまり期待してはいない。


 とにかく、そういう目的だから、王都をうろうろしていても仕方ない。王都は世界の上澄みみたいなもんだからな。そこでは矛盾も問題もはっきりは見えない。それに王都だけに貴族も多く、姫様が顔バレする恐れがある。


 南西へと向かったのにも、理由がある。東側は山脈があるので、旅がキツくなる。西側は平坦な草原や大農園、湿地帯が多く、進みやすい。それに南西の端には王国一のリゾートだってある。


 なにも旅の第一歩で厳しい道程を辿る必要はないからな。道中、遊びながら進むわ。タラニス国王には、厳密な帰還期限は命じられていない。はっきりは口にしなかったが、「マリーリ王女が世界経験に満足し、エヴァンスと王宮で婚姻生活に入るのを決断したら」戻ってこい、ということのようだ。イドじいさんやグリフィス学園長、それに近衛兵パーシヴァルの解釈も同じだった。


 だから気楽にやるわ。


「これでいいかしら……」


 三人分のブランケットが並んだ様子を、マリーリ王女が首を傾げて見ている。


「殿方と同じ部屋で眠るなんて初めてだし、よくわからないわ」

「いいんじゃない姫様。ボク、ちょうどいいと思うよ」


 マリーリ王女の頭上を、ピピンが飛び回る。


「ねえねえ、これでいいよねエヴァンス。ねえねえ」

「そうだな」


 旅してわかったが(というか旅の前に予感はあったが)、妖精ピピンはどえらく口数が多い……というか余計なことを考えなしに口にする。俺、嫌でもそれに慣れてきたわ。


 ここまでの宿屋はもちろん、三人別々の部屋が基本。宿の都合で取れない場合は同じ部屋を押さえたこともあるが、少なくとも続き部屋ではあったので、王女とアンリエッタでひとつの寝室、それに俺がもうひとつの寝室を使っていた。


 アンリエッタと抱き合って眠れないのは寂しかったけど、それはそれで三日に一度は宿に連泊し、俺とアンリエッタで固有ダンジョンに入ったからさ。そっちで存分に解消したよ。王女には悪いけど留守番してもらってな。妖精ピピンがいるんで、退屈はしてないようだったよ。


 それに宿場街をひとり散歩するのも、新鮮だってさ。昼飯にせよ菓子にせよ、なんせ自分で金使うのは生まれて初めてだからさ。ゲームみたいで楽しいらしい。護衛としてピピンを隠してるから、厳密にはふたりだけどな。


「もう少しくっつけたほうがいいかしら」


 自分のブランケットを、俺のに寄せる。


「もちろん、アンリエッタお姉様のも」


 そっちも俺に寄せる。


「ねえねえ姫様、もっとくっつけちゃいなよ。エヴァンスが側だと、きっと安心するよ。ねえねえ」


 ピピンは姫の肩に舞い降りた。


「それもそうよね。……そうしましょ」


 うんうん頷くと、作業する。とうとう俺達三人のブランケットはぴったりくっついた。


「これならエヴァンスくんと、手を繋いで眠れるね。……いえ、エヴァンスくんの腕を抱けるわ」


 アンリエッタがヤバい願望を口にする。


「あらいいわね、お姉様。わたくしもそうしようかしら」


 もう姫様、わくわくじゃん。


「ぐふっ。ねえねえエヴァンス、姫様に手を出しちゃダメだよ、ねえねえ」

「やかましわ。お前は少し黙れ」


 飛び回るピピンを、指でぴんと弾いてやった。マジ無遠慮だわ。微妙にヤバい線、口にしやがって……。


 ……にしても昨日、聖地で聖婚に励んでおいてよかったわ。あれなかったら俺、今晩ふたりに襲いかかっちゃいそうだ。


 かわいいからなあ……リアンもバステトも。それに……。


 昨日はヒエロガモスの地に籠もり、ふたりやイグルー、他の仲間、それにもちろんアンリエッタを相手に、たっぷり楽しんだ。


 女の子と色々なことをするのにも、もう大分慣れた。だから途中でやり方を変えたりしてな。サタンを上に跨がらせたりするのも、中々エロいんだわ。小柄だから、腰を抱いて下から勝手に動かせるし。小ぶりの胸が揺れ、こらえきれなくなったサタンがかわいい声を漏らし始めると、俺ももう限界になるんだよ。


「……」

「エヴァンス様、どうしました、黙りこくって」

「い、いや……なんでもない」


 いかんいかん。ついつい妄想に浸ってたわ。


「エヴァンスはねえ、ぜえーったいエッチなことを考えてたんだよ。そうでしょエヴァンス、ねえねえ」

「やかましわ、ピピン。……と、とにかく寝床はこれでいいだろ」


 頭を振って妄念を飛ばした。


「そろそろ晩飯の時間だ。宿の食堂に行くぞ」

「そうね。わたくしもお腹減ったかも」

「アンリエッタお姉様、今日はわたくしも少し、お酒を頂いてみようかしら」

「いいけれど、少しだけにしましょう、姫様。お酒に慣れるまではゆっくりがいいですから」

「はい」

「いいかふたりとも、馬車を出たら『マリリン』『アンリエッタ』『エヴァンス』だからな。俺達は家族を偽装してるんだから、それを忘れるな」

「わかっていますわ……エヴァンス。早く食事にして、三人で並んで眠りましょう」


 マリーリ王女は頷いた。極上の笑みを浮かべて。




●業務連絡

本日より第二部連載開始です。まだ書き溜めが追いついていないので先行公開はもうちょい先。書き溜めが進むまで更新頻度も不定期ですが、頑張って書きます。


第二部終わりまでのプロットは固めました。それに伴い部タイトルを「古代神アシュル」と決めました。神話に詳しい方だと微妙にあらすじが見えるかもです。出雲神話とかもそうですが、ある地方・民族の神が征服民族・部族に取り込まれ、神話上、征服側神々の眷属にされる流れ好きなんですよ。好き……というと誤解を招くか。負けるのが好きなんじゃなくて、取り込まれた神々の鬱屈した魂がいつか解放されないか……と期待しているというか。判官贔屓なんですね、当方が。


ここまで読むと誤解されそうなんではっきり言いますが、いつもどおりイチャコララブラブものですw アンリエッタといちゃいちゃ、リアンやバステトとアレアレ、えっ……そこに姫様が……――みたいな感じ。ご安心をー。


プロット完成といってもガチ骨組みの骨組みくらいなので、書いてるうちに色々枝葉が着くと思います。今後ともよろしくお願いしますー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る