13-2 「デイモクレイスの剣」の請願

「さて……と」


 地下に降り、ヒエロガモスの地に立った。例の十二芒星ドデカグラムの真ん中に、半月ほど前に俺が植えた種の先が見えている。


「特に種に変化はないわね」


 女の子座りしたアンリエッタが、わずかに見えている種上部を撫でた。


「芽が出たりはしないのかしら」

「やはり象徴的な播種ばんしゅなんだろ。これ自体が芽吹くのではなく、周囲に変化があったわけだし」

「そうね」


 十二芒星を取り囲むように、様々な形の「台」が、部屋一杯に広がっている。床や天井と同じ、柔らかなベージュの謎素材だが、これは全部寝台だろう。おそらく……聖婚のための。


 俺やアンリエッタに続き、みんなもヒエロガモスの地に下りている。愛を育む寝台とも知らず、三々五々と腰を下ろして無駄話してたりしてな。しゃがみ込んだソラス先生は、眼鏡を直して寝台の素材をチェックしている。


 あと元気な娘は、寝台の間を縫うように追いかけっこしてるし。バステトなんかはコマとふたりでひときわ大きな寝台に上がり、ぴょんぴょん跳ねて遊んでいる始末。


「まあ……みんな元気でなによりだ」


 ふと心配になった。これだけ元気で大勢いるが全員、そういうことには無知だ。おまけに俺だって経験がない。初心者の俺が、何十人、下手したらこれから押し寄せる何百人もの「嫁」を相手に、聖婚――つまりそういう行為が、うまくできるのだろうか。


「……考えていても、仕方ないか」


 神々が俺を選んだんだ。失敗しようが知らんわ。それに……そのへんは最初、アンリエッタとゆっくり覚えていけばいいよな。アンリエッタも当然経験はないが、少なくともリアンやバステトよりはそういう知識は持っている。ふたりでよちよち、赤ちゃんが歩き始めるように覚えていくわ。


「エヴァンスくん……」


 アンリエッタが、俺の手を優しく握ってくれた。


「まずは短剣を」


 真剣な瞳だ。


「そうだな。この請願が受け入れられるかどうかが重要だしな」


 今日の俺は、野外服の腰に剣帯を巻いている。そこに提げているのは、タラニス国王から貸与された秘品、デーン王朝に代々伝わる「デイモクレイスの剣」という短剣だ。デーン王朝真祖スヴェンが、神々から授かったという。


「なんでも、国を統治する資質を監視する剣らしいな。『戒めの剣』とか、タラニス王は言ってたし」

「神々と盟約を交わしたんですものね。この地の統治を任せる代わりに、その資質を監視するとして、この剣を預けたと」

「王はそう言ってたな」


 デーン王朝は、長い歴史から見れば新参の王統おうとう。急速に頭角を現し、混乱の極みだったこの地を統一した。短剣の力が貢献したらしい。その実績を評価し、神々はひとつの特権を与えた。いつの日か、子孫の請願をひとつだけ叶えるという。


「まあでも、なんだかただの神話に思えるけどな。王統に正当性を付与するための」

「たしかにそうね」


 腰の鞘に、アンリエッタはそっと触れてきた。


「でもすぐに、それはわかるわ。真実なのか、神話なのか」

「ああ」


 見回すとまだみんな、遊びに夢中のようだ。


「よし、やってみるか」


 俺は短剣を抜き放った。刀身は四十センチほど。少し変わっていて、鉄色に輝くのではなく、黒光りしている。ちょうど俺の固有ダンジョンの扉やイナスの宝箱、それに鋤や王冠の素材と似た感じだ。


 つかも金属製。握り部分には、固有ダンジョン扉と同じ例の謎文字が、びっしり刻まれている。これは多分真言だろう。それに血や汗に濡れたときの滑り止めの役目も果たすのだと思われた。


「エヴァンスくん、声で請願するのよ」

「わかってる」


 この間は大声を出せば、こちらの請願は神々の耳に届いた。あれと同じだろう。ムンムの種を左右で挟むように、ティアマトの王冠とアプスーの鋤を置いてある。種の手前、柔らかな床に、俺は短剣を突き刺した。


 立ち上がる。


 アンリエッタと手を取り合った。大きく息を吸うと、俺は声を上げた。


「デイモクレイスの剣を用い、請願する。聖婚成就後も俺は、現世界とここを行き来したい。それを認めてくれ」


 俺の声に、遊んでいたみんなが静かになった。黙ったまま俺とアンリエッタを見つめている。


「……」


 しばらく待ったが、神々からの返答はない。


「この世界で、俺はきちんと聖婚の義務は果たす。だが、現世界が無為に滅んでいくのをぼーっと放置するのも嫌だ。俺なりに事情を探りたいんだ」


 ややあって、神託があった。




――請願受領確認。魂の担保を確保した上で、現世界との往来を認める――




 よしっ!


 心の中でガッツポーズした。これで向こうでも暮らせる。アンリエッタだって親元に顔を出すこともできる。それにタラニス国王やマリーリ王女との約束通り、王女を引き連れての滅亡調査が可能だ。


「みんな、このへんは近づくなよ。危ないし、なにが起こるかわからない」


 俺が注意すると、全員頷いてくれた。誰かが転んで剣で怪我したりしたら大変だ。


「よかった……」


 アンリエッタは微笑んだ。


「後は聖婚よね。えと……その……」


 急速に顔が赤くなった。


「わたくし、そういう意味ではなくて……」


 しどろもどろになっている。


「いいんだよアンリエッタ。お前の言う通りだ。この世界にも義理を果たさないとな」


 ぐっと抱き寄せた。


「それに俺も……アンリエッタとひとつになりたいんだ」

「エヴァンス……くん……」


 俺の胸に手を当てると、そっと頬を寄せてきた。愛おしげにほほずりする。


「わたくしも……」


 俺の胸に、ちゅっと口を着ける。


「エヴァンスくんとなら……初めてでも怖くない」


 優しく寄り添いながら、十二芒星の真ん前の寝台にふたり、腰を下ろした。


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