13-2 「デイモクレイスの剣」の請願
「さて……と」
地下に降り、ヒエロガモスの地に立った。例の
「特に種に変化はないわね」
女の子座りしたアンリエッタが、わずかに見えている種上部を撫でた。
「芽が出たりはしないのかしら」
「やはり象徴的な
「そうね」
十二芒星を取り囲むように、様々な形の「台」が、部屋一杯に広がっている。床や天井と同じ、柔らかなベージュの謎素材だが、これは全部寝台だろう。おそらく……聖婚のための。
俺やアンリエッタに続き、みんなもヒエロガモスの地に下りている。愛を育む寝台とも知らず、三々五々と腰を下ろして無駄話してたりしてな。しゃがみ込んだソラス先生は、眼鏡を直して寝台の素材をチェックしている。
あと元気な娘は、寝台の間を縫うように追いかけっこしてるし。バステトなんかはコマとふたりでひときわ大きな寝台に上がり、ぴょんぴょん跳ねて遊んでいる始末。
「まあ……みんな元気でなによりだ」
ふと心配になった。これだけ元気で大勢いるが全員、そういうことには無知だ。おまけに俺だって経験がない。初心者の俺が、何十人、下手したらこれから押し寄せる何百人もの「嫁」を相手に、聖婚――つまりそういう行為が、うまくできるのだろうか。
「……考えていても、仕方ないか」
神々が俺を選んだんだ。失敗しようが知らんわ。それに……そのへんは最初、アンリエッタとゆっくり覚えていけばいいよな。アンリエッタも当然経験はないが、少なくともリアンやバステトよりはそういう知識は持っている。ふたりでよちよち、赤ちゃんが歩き始めるように覚えていくわ。
「エヴァンスくん……」
アンリエッタが、俺の手を優しく握ってくれた。
「まずは短剣を」
真剣な瞳だ。
「そうだな。この請願が受け入れられるかどうかが重要だしな」
今日の俺は、野外服の腰に剣帯を巻いている。そこに提げているのは、タラニス国王から貸与された秘品、デーン王朝に代々伝わる「デイモクレイスの剣」という短剣だ。デーン王朝真祖スヴェンが、神々から授かったという。
「なんでも、国を統治する資質を監視する剣らしいな。『戒めの剣』とか、タラニス王は言ってたし」
「神々と盟約を交わしたんですものね。この地の統治を任せる代わりに、その資質を監視するとして、この剣を預けたと」
「王はそう言ってたな」
デーン王朝は、長い歴史から見れば新参の
「まあでも、なんだかただの神話に思えるけどな。王統に正当性を付与するための」
「たしかにそうね」
腰の鞘に、アンリエッタはそっと触れてきた。
「でもすぐに、それはわかるわ。真実なのか、神話なのか」
「ああ」
見回すとまだみんな、遊びに夢中のようだ。
「よし、やってみるか」
俺は短剣を抜き放った。刀身は四十センチほど。少し変わっていて、鉄色に輝くのではなく、黒光りしている。ちょうど俺の固有ダンジョンの扉やイナスの宝箱、それに鋤や王冠の素材と似た感じだ。
「エヴァンスくん、声で請願するのよ」
「わかってる」
この間は大声を出せば、こちらの請願は神々の耳に届いた。あれと同じだろう。ムンムの種を左右で挟むように、ティアマトの王冠とアプスーの鋤を置いてある。種の手前、柔らかな床に、俺は短剣を突き刺した。
立ち上がる。
アンリエッタと手を取り合った。大きく息を吸うと、俺は声を上げた。
「デイモクレイスの剣を用い、請願する。聖婚成就後も俺は、現世界とここを行き来したい。それを認めてくれ」
俺の声に、遊んでいたみんなが静かになった。黙ったまま俺とアンリエッタを見つめている。
「……」
しばらく待ったが、神々からの返答はない。
「この世界で、俺はきちんと聖婚の義務は果たす。だが、現世界が無為に滅んでいくのをぼーっと放置するのも嫌だ。俺なりに事情を探りたいんだ」
ややあって、神託があった。
――請願受領確認。魂の担保を確保した上で、現世界との往来を認める――
よしっ!
心の中でガッツポーズした。これで向こうでも暮らせる。アンリエッタだって親元に顔を出すこともできる。それにタラニス国王やマリーリ王女との約束通り、王女を引き連れての滅亡調査が可能だ。
「みんな、このへんは近づくなよ。危ないし、なにが起こるかわからない」
俺が注意すると、全員頷いてくれた。誰かが転んで剣で怪我したりしたら大変だ。
「よかった……」
アンリエッタは微笑んだ。
「後は聖婚よね。えと……その……」
急速に顔が赤くなった。
「わたくし、そういう意味ではなくて……」
しどろもどろになっている。
「いいんだよアンリエッタ。お前の言う通りだ。この世界にも義理を果たさないとな」
ぐっと抱き寄せた。
「それに俺も……アンリエッタとひとつになりたいんだ」
「エヴァンス……くん……」
俺の胸に手を当てると、そっと頬を寄せてきた。愛おしげにほほずりする。
「わたくしも……」
俺の胸に、ちゅっと口を着ける。
「エヴァンスくんとなら……初めてでも怖くない」
優しく寄り添いながら、十二芒星の真ん前の寝台にふたり、腰を下ろした。
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