3-6 学園の全権が俺のものになった
――稀少度:レジェンダリーレア。推定買取価格ゼロドラクマ――
「……」
「……」
「……えっ」
誰もが声を失っている。
「レ、レジェンダリー……レア……だと」
教室の隅で、ようやく誰かが声を絞り出した。
「そんなレアリティーのアイテム、現存しないぞ」
「ああそうだ。太古にいくつか存在したという記録が残るだけで」
「すべて歴史の闇に消えたはず……」
「なのにこの農具が……」
「どういうことよ」
学園生や学園役員全員の視線が、俺と
「それにレジェンダリーレアアイテムなのに、なんで買取価格がつかないんだ。ゼロとか……」
「一ドラクマにもならないなんて……」
「エヴァンスのウルトラレアアイテムは、三千万ドラクマだぞ。レジェンダリーレアは、レアリティーカンストだ。ウルトラレアよりはるかに貴重なんだから十億か百億単位だろ、どう考えても」
「お、俺が小遣いの一万ドラクマで買うわ」
「なら僕は、実家に頼んで百万出す」
「俺は一千万だ」
「呪いの装備だろう」
底辺Zクラスとはいえども、それなりに頭の切れる奴はいる。そいつが発言した。
「エヴァンス以外が装備すると、致命的に呪われるんだ。だから所有者限定装備だし、もちろん値だってつかない」
「なるほど。納得できる説だ」
「ひっ……」
呪いと聞いて教頭が、慌てて両手をばたばたしている。いやそんなことしたって、このアイテムを手に取って振り回した過去は変えられないだろうにな。
「は、早く持ち帰れエヴァンス」
涙目だ。
「その……呪いのアイテムを」
「いいんすか、教頭。もう一度手に持ってみて確かめてみては」
「いらんわい」
ほぼほぼ叫びといった声。
「今週のノルマはこれで終わりっすね。俺はこれで寮に戻ります。……ああ、後で野外行動服一式を購買部に取りに行くので教頭、手配しておいてください。では……」
「待てい」
例の「鋤」を手に取った俺に、武人が声を掛けてきた。
「エヴァンスよ、少しそれを見せてくれ」
「いいですよ」
特に嫌ではない。これがなんだか、俺にもわからんし……。貴重な品物だろうがゴミ装備だろうが俺にとっては意味ない……というかそもそも、どうでもいいし。
手渡すと、隅から隅まで舐めるように見つめている。
「うむ……これは奇妙だ。金属は未知。それに……この木部の素材もわからん。槍や棒術用なら、普通は堅い
唸っている。呪いとか、気にしないんだな。さすが、命を王国に預けた近衛兵だけある。俺は少し感心した。
「鋤というからには農具なのだろうが、おそらく……別の目的に使うはず。なにか……魔法を射出するとか……神事とか」
「アプスーの鋤という鑑定でしたよね。アプスーとはなんでしょうか」
「わからん……」
毒を抜かれた顔で、俺を見つめた。
「私はすぐ王宮に戻る。馬を飛ばして。レジェンダリーレアアイテム出現を国王に告げなくては。千年に一度の大事件だからな」
唇を固く結んだ。
「そうして『アプスーの鋤』というアイテムについて、王立学術院の学者連中を全員集めて調べさせる。さっそく今晩から徹夜でだ」
「そんなに急がなくてもいいんじゃないですか。アイテムが消えるわけじゃなし。そもそも俺専用装備って話だし」
「お前は賢い。だがもっと頭を使え、エヴァンス」
俺の瞳を、真正面から見つめてくる。真剣な表情で。
「これは私からの忠告だ。お前の持つアイテムはどれも桁違い。使い方を誤ると世界に災いをもたらすか、お前自身の滅びを招くぞ」
「……はい」
たしかに。それに俺をうらやむ野郎とか頭のおかしな狂信者に「後ろから刺される」って展開だって、ないとは言えないか。ヘンな奴はいるからな。
「いいかエヴァンス、このアイテム出現は、吉兆とは限らない。これまでのウルトラレアの媚薬などという牧歌的なママゴトとは、話が違う。伝説にしか存在しないレアリティーが出た以上、なにか危機の前触れかもしれん」
「なるほど」
冷静に判断するもんだな。たいしたもんだわ。
「エヴァンス、俺の権限で、お前には今、この瞬間から学園内の全権を与える」
「はあ……」
驚いた。ただの底辺一学生を学園のトップに据えるってのか……。瞬時の判断力凄いな。さすが戦略に長けたエリート武人だ。
「ここは王立学園ですよ。そうした高度な判断は国王の権限では」
「国王は俺の判断を支持してくれる。間違いない」
「それに学園全権って、学園長の仕事では」
「そっちも構わん。あいつは……昔からよく知っている。命を預け合った戦友だからな。私の意図は汲んでくれる」
それは初耳だ。……というか学園長のことは俺、なんも知らんしな。ただの孤児枠で、相手は雲の上の人。おまけに学内政治とか噂話とか、孤児には一切入ってこないし。そういうのは権力闘争に励む、貴族の子弟くらいしか気にしない。
「いや全権と言っても……別に。特にしたいこともないし……」
事務作業とか面倒だしなあ……。でもそれはトップの仕事じゃあないか。ならまあいいか。全権があろうがなかろうが、どうでもいいという意味で。
権力は手に入る。だけど今さらZの担任をクビにして復讐とかも、むしろかったるいし……。あーでも、うざ絡みしてくるビーフの奴をDクラスに格上げするとかはいいか。一応は出世だし、あいつの親は喜ぶだろう。クラスが違えば俺の成果を目にして逆恨みされるリスクだって、減らせるもんな。
「とにかくお前は、固有ダンジョンを探れ」
「……命令ですか。あなたか……国王かの」
「命令などせん」
あっさり言い切った。
「お前は私と同格の人間だ。そしてお前は国王とも同格だ。誰もお前に命令はしない。ただ頼んでいるだけだ。週一のお前の安全確認とアイテム鑑定を。……同格の友として」
おべっかで言っている瞳ではない。ガチだ。
「エヴァンス。お前だって、この世界を戦乱に陥れる危機なんて、ないほうがいいだろ」
「はい」
そりゃそうだ。いくら孤児として冷たくされたといっても、いい人だっていくらでもいるからな。世界には。
「なら頼む。いいか。学内でお前に対して怪しい動きがあれば、構わんから学園長に直訴しろ。万一のときはお前を王宮に引き取る手はずを、私が整えておく」
「わかりました」
「私はパーシヴァル。学園の外でなにかあれば、この名前を出せ。パーシヴァルの頼みだと。……少しは役立つ」
手を出してきたので、握り返した。大きな手は、武人らしくごつごつしており、指の付け根は剣ダコだらけだった。
「俺はエヴァンスです。改めて」
「うむ。これからよろしく頼む。我が友よ」
パーシヴァルは、力強く頷いた。近衛兵は、武人の頂点。貴族の雑魚子弟程度では、握手――つまり等格の礼――など、できはしない。羨望の視線が俺に集まるのを感じた。
「エヴァンスの奴、ついこの間まではただの孤児枠だったのに……。近衛兵と同格扱いだと」
「今でも孤児だ。ただ……とてつもない成果を学園に……いや王宮にもたらしているだけで」
「考えてみれば、俺達は学園底辺Zクラスだ。だが今となっては伝説を創る男のクラスメイト……。入試でZに落とされて、むしろラッキーだった」
「いやマジでそうだ」
「Zと聞いて馬鹿にしてきた従兄弟に自慢できる」
「マウント取られたのか」
「ああ。悔しくてな。……だがこれからは逆マウントだ」
「これもエヴァンスのおかげだな」
「間違いない」
やっかみの声より、俺を頼もしく見る奴のが増えてきたな。まあ助かるっちゃ助かる。蔑まれたくらいで俺のメンタルは崩壊しない。真っ暗な過去を耐えてきた人生だからな。とはいえ、ないがしろにされ馬鹿にされるよりは、遠巻きにひそひそ噂されるほうが、まだマシだ。
「では」
駆けるようにして、パーシヴァルは教室を出ていった。そしてパーシヴァルの言葉どおり実際、俺はその晩のうちに旧寮のボロ部屋から解放されたんだ。
といっても男子学生寮に配置されたわけではない。教員寮の一番奥まったところに部屋をもらった。広いわけではないが、清潔だ。雨漏りもじめじめもないので助かる。それに俺しか開けない魔導収蔵庫が完備されている。もちろん、貴重なアイテムを守るためだろう。
食事は男子寮食堂での一般食か教員食堂の教員食、どっちでも好きな方を食べろってさ。もう男子寮食堂で恵んでもらう孤児枠カビパンからはおさらばだ。これも地味にうれしい。
どたばたの引っ越しや野外服手配が終わって翌日。俺ダンジョンに戻ると、ケットシーのバステトが、リアンと共に待ち構えていた。「ヒトまたたび」をくんくんするためと……もうひとつ、とある提案を抱えて。
●業務連絡
次話から、第4章「ダンジョン融合」に入ります!
宝箱の情報を求め「てらごや」を目指すエヴァンスたち。その前に謎の洞窟が立ち塞がる。真っ暗な穴から姿を現したのは、あまりにも意外な人物だった。驚くエヴァンスに、その人物はとある提案をする……。
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