2 獣人バステト、仲間になる
2-1 イドじいさんとカイラ先生
「どういうことなんだ……。三千万ドラクマとか……」
旧寮ボロ部屋の夕暮れ。俺は呆然と寝台に寝転んでいた。リアンのストロー、衝撃の鑑定結果でさっき、大騒ぎになったからな。あれやこれや聞き出そうとするクラスメイトや担任から逃れて、自室に舞い戻ったわけよ。
邪魔されない場所で、とりあえずゆっくり考えたい。
気取った貴族連中なんか、こんなボロ寮には絶対来ないからさ。なんせ使われなくなって長いし、あちこち雨漏りして床も腐っている。こんなところに割り振られるのは孤児枠の貧乏人だけ。つまり今年度は俺ひとりだ。俺のような熟練者じゃないと、三階の俺の部屋に来るまでに床を踏み抜いて大怪我すると思うわ。
「どうするかな、あの謎アイテム……」
考えた。
あれを売って三千万ドラクマを手に握れば、なんならこんな学園飛び出して、自活だって余裕だ。孤児の身の上としては、あり得ない幸運なのは自明だろう。
とはいえ、あの数字はあくまでギルドでの「推定買取価格」。商売は
売れるとすれば、魔道士がURアイテム研究用に、安く買いたがる程度だろう。わからんが、たとえば十万ドラクマとか。それでは一か月暮らすのがやっと。「友情の証」としてせっかくリアンがくれた品をその程度の金額で手放すなんて、俺にはできない。リアンに悪い。
「エヴァンス、入っていいかのう……」
扉の外から声がした。
「いいですよ。……ただ、部屋に入ってすぐの床は腐ってます。そこ踏むと二階まで落ちるので、ご注意を」
「自然にできたトラップじゃのう……」
苦笑いと共に、ふたり入室してきた。年齢不詳の用務員じいさんイド、それに養護教諭のカイラ先生だ。
孤児の俺に目を掛けてくれる学園教師など、ほぼいない。カイラ先生は学園生の健康面を肉体精神の両方から支える立場なので、孤児の俺はむしろ気にしてくれている。
イドじいさんは、俺を「無料で使える旧寮営繕要員」として扱ってる気配がある。それでも気に掛けてくれているのはたしか。学園の孤児食だと栄養が足りないってんで、よく用務員室で謎の手作り料理を振る舞ってくれる。見た目はグロいが栄養にはなる。味は……まあ年齢不詳の男やもめじいさん料理だから……そこはその……。無料なんで文句は言わない。
つまりこのふたりは、学園で数少ない俺の味方だ。
「どうぞ」
壊れかけの椅子に、ふたり座ってもらった。他に椅子はないので、俺はベッドに腰掛けたままだ。
「なんでも今日、面白いことがあったらしいのう……」
「ふたりのところまで、もう伝わってますか」
「そりゃそうじゃ」
大げさに、じいさんは目を剥いてみせた。
「初めてダンジョンに潜った学園生がウルトラレアアイテムを掘り当てて戻ったんじゃからのう……」
「もう学園中、大騒ぎよ」
呆れたように、カイラ先生も腕を広げた。
「今はまだ学園内で収まってるけど、数日で噂はもっと広まるわよ。まずは冒険者ギルド界隈から。いずれ……王宮まで。ここは王立学園だから、情報はまず確実に王室まで流れるわ」
「のうエヴァンス」
イドじいさんは、俺の目をじっと見つめてきた。
「これから色々言ってくる奴が増える。だが一時の栄華に浮かれるな。長い人生を見据えて判断し、行動するのじゃ」
「はあ……」
「お主は孤児の身。これまでの人生で、辛いことも多かったじゃろう。だから急にもてはやされれば、舞い上がるのも当然。だがそれは運命の罠だからのう……」
「甘い言葉には裏があるってことですね」
「そういうことよ」
「それより、学園長が喜んでるわよ」
カイラ先生が、くすくす笑った。楽しそうだ。
「学園長は、孤児であるエヴァンスくんを気にかけてたからね。ただ立場上、学園生をひとりだけ優遇はできない。だから手を差し伸べられなかったけれど、私やイドさんにそれとなくエヴァンスくんのことを頼んでたし」
「そうなんですか。俺、そんなこと全然知らなかったけど」
「学園生に知られたらまずいでしょ。だからよ」
なるほど。それならわかる。
「でも養護教諭のカイラさんならともかく、用務員さんは……どうなんでしょ」
はっきりは言いづらい。関係ないじゃんとは。
「なに、用務員はわしひとり。手が足りんでのう……。うまく使える学園生がおらんか、学園長に頼んでおったのじゃ。ほっほっ」
悪びれもせずに豪快に笑う。いやそこまでストレートだと逆に腹も立たんわ。実際、助かっていたのは確かだし。
「イドさん、学園長と仲いいからね。……それより笑えるのは教頭よ。エヴァンスくんの業績で青くなってるわ。エヴァンスくんが社会の注目を集めると、孤児の待遇が酷いのは誰のせいか、バレちゃうからね」
「教頭のせいなんですか」
「昔からね。あの人、変に政治力あるから。学園長の後釜狙いで、学園の運営費をこれだけ下げたって、王室学芸部長に取り入ってるらしいし」
「なるほど」
「だから取り急ぎ今、エヴァンスくんを男子寮に入寮させようとしてるわ」
「へえ……」
今さらなにを……という、白けた気持ちしかないけどな。
「俺はここでいいです。四人部屋で貴族の
本音だ。ボロだし雨漏りでじめじめ湿気ってはいるが、蔑まれながら過ごすよりはマシだからな。
「そうよね、やっぱり」
カイラ先生は頷いた。
「じゃあ、食事だけは他の学生と同じものを食堂で出すように、私のほうからも進言しておくわ」
「それは……助かります」
正直、カビたパンの味にはもう飽きた。
「それで、お主のダンジョンはどうなんじゃ。レアリティーからしてあり得ないらしいがのう……」
突然、イドじいさんが俺ダンジョンについて尋ねてきた。
土産がウルトラレアだったせいで、俺のダンジョンは学園中の話題。だからこのときは自然な流れだと思ったんだけど、後々思い返すと、イドじいさんに言われたことがこのあと、俺の運命を大きく変えたんだよね……。
●ご支持ご愛読に感謝して、次話は明日公開に前倒します
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