1-2 ダンジョンガチャの朝(1-1話の半日前)

「いよいよ今朝か……」


 孤児枠の学生――つまり俺ひとり――しか使っていない旧寮のボロベッドで、俺は目を覚ました。


「逃げたら殺されるだろうなあ……治安部隊に」


 ついつい溜息が出た。


「なんせガチャの日だからな……」


 王立冒険者学園コーンウォール。辺境王国リップルの、貴族や金持ち連中の子弟を集めた学園だ。なんせこの世界では、十八歳で成人のイニシエーションを終えると、男女とも自分独自のダンジョンを、ガチャで割り当てられる。いつでもどこでも、自分の意志で入り口を広げられる奴。言ってみれば携帯ダンジョンだ。


 といっても、使うかどうかは別。パン屋だの農夫だのといった一般人では、あまり使う奴はいない。仕事で忙しいし、ダンジョン内部は死の危険性だってもちろんある。なんなら生涯一度も潜らない人だって普通だ。「自分専用ダンジョンを持つ」ことが成人の証、っていうだけの話だからな。


 ヘビーに使い倒すのは、一攫千金を狙う無頼の冒険者が多い。そこそこ使うのは、戦歴名誉を重んじる貴族や、暇を持て余した富裕層。そうした階層の子弟を集めたのが、ここ王立冒険者学園コーンウォールだ。


 十七歳で入学し、一年間、座学と実技でダンジョン攻略を学ぶ。十八歳になると、自分専用ダンジョンを授かるってわけさ。


「俺も冒険者ってわけか」


 残酷な運命に、気分が落ち込む。なんせこれから、自分の才覚で飯代を稼がないとならない。


「孤児枠の悲劇って奴だよな、これ」


 貴族や金持ちばかりの学園に、なんで俺みたいな孤児が存在しているかというと、「孤児枠」って奴があるから。要するに「支配階層はかわいそうな孤児も充分面倒みてますよ」という理屈付けのための枠さ。


 孤児といっても親の事故死病死だの戦乱孤児、さらには捨てられた私生児まで色々ある。孤児院は年中資金難でアップアップだから、十七になるととっととどこやらに丁稚に出したり「就職」という名で農奴に出したりする。


 んで俺は、たまたま空いていた冒険者学園孤児枠に押し込まれたってことさ。なんせ俺、孤児院の前に置き去りになっていた赤ん坊って話だ。親がどうとかいう出自すら不明らしいからな。孤児院としても追い出したい筆頭なわけで。


 冒険者学園で王侯貴族や金持ちの子弟と勉強や修行――というと、孤児の勝ち組に聞こえるかもしれないが、実際は悲惨。だって学園のほぼ全員に蔑まれる底辺中の底辺だからさ。


 それでも飯だけは食えるから、俺は一年我慢してきた。でも今日は、いよいよダンジョンガチャの日。ここから先にさらなる地獄が待っているのは見えている。


「おうエヴァンス、お前逃げなかったのか」


 Zクラス教室に顔を出すと、ビーフってデブに、さっそくからかわれた。


「孤児だけに運勢も悪いし、お前のガチャは地獄だな」


 余計なお世話だ、カス。このビーフって野郎は、金貸しの息子だ。コーンウォールは基本、貴族王族の子弟のための学園。そこに商人だの金貸し、貿易商といった富裕層のガキがたんまり寄付金を納め、お情け入学が許される。箔着けや貴族とのコネクション獲得を目指してるわけさ。


 十八歳にしてそうした社会の縮図を死ぬほど経験させられて、俺はすっかり腐っていた。どうせ俺の人生、この先ろくなことになりゃしないと。


「俺様はまあ、ガチャ余裕だけどな。なにせ俺の実家は勝ち組だ」


 勝ち誇ったビーフは、地方貴族の小倅こせがれが入ってくると、そっちに挨拶に行って尻尾を振り始めた。まあ勝手にしろ。


 冒険者学園は、入試で冒険者としての実力別にクラス分けされる。トップクラスのSSSやSSは、ガチの冒険志望者で固められていて、それなりに秩序があるし、人格的にもそこそこの人物が揃っている。


 だがここZクラスは最底辺。もう「王立冒険者学園卒業」という資格さえ取れればいいというカスばかりが集まっている。もちろんまともな授業なんてない。朝出席だけ取ると担任はどこかに消えてしまい、あとは勝手に「自習しとけ」だとさ。当たり前だが、ひとりとして勉強や実技に励む奴はいない。連れ立って街の娼館に繰り出して女買うとか、酒場で金撒いてチンピラをはべらかすとか、そんな奴ばっかりだ。


 Zクラスに女子はひとりもいない。女子は男より真面目だから入試成績も良く、最低でもDクラスくらいに配属されるからな。


 俺は学園に一円も納めていない孤児枠だから、振り分けのための入試すら受けさせてもらえなかった。自動的に最底辺に配属。「かわいそうな孤児を、王国は助けている」という形だけの実績を積む枠だからな。


 実際に孤児の身の上や未来を考えてくれる人なんか、学園には数えるほどしかいない。そうした教師や職員にあれこれ相談しながら、俺はなんとか一年間、生き延びてきた。だが今後はどうなるかわかりゃしない。なにせダンジョンガチャの日だからな。


「諸君」


 Z担任が入ってきた。さすがに出席だけではなく、ちゃんとダンジョンガチャの準備をしてきている。


「前に出てきて『ダナの珠』に触れよ。諸君にふさわしいダンジョンが自動選択される。気に入らないときは、ここに――」


 両手で抱えられるサイズの透明球「ダナの珠」の隣に、箱を置いた。


「寄付金額を書いた証文を入れよ。金額に応じて、有利なガチャを引き直せる」


 ガチャ再抽選の寄付金は、担任教師にも割前がある。一年に一度の特大ボーナスってわけで、教師はほくほく顔だ。


「ここまで一年勉強したはずだが、念のためにダンジョンガチャのレアリティーを解説しておく」


 教師が声を張り上げた。まあ、授業なんてZではないも同然だからな。何度もリセマラさせて金を抜くために、教師も必死だ。


「レアリティーの高いダンジョンほど、中で得られるアイテムが貴重となる。モンスター強度や迷宮罠など、難易度は上がらない。というか、むしろ楽になる。つまり高いレアリティーほど、とにかく全て有利ということだ」


 教師は説明を続けた。


「奇跡のレアリティーがLR、最高レアリティーがUR、通常最上位レアリティーがSSR。ここまでのダンジョンを引けたら、諸君は一生安泰だ」


 期待に静まり返った教室を見回すと、説明を続けた。


 続くレアリティーが、SR+、そしてSR。このあたりまではまあまあ使い物になる。HR、R、HN――と落ちるに従って期待度は下がり、N、つまり最低クラスのノーマルともなると、雑魚ダンジョン扱いだ。苦労の割に得られるアイテムがしょぼくなる。


「どのレベルのダンジョンで妥協するかは、諸君の親の財力と、自分自身の望みの強さによる。高レベルを目指す高貴なる冒険者を、当学園は歓迎する」


 って、要するに「俺に金よこせ」ってことを、砂糖にくるんで言ってるだけだよな、これ。


「まずは僕がやるよ」


 さっきビーフが尻尾を振っていた、地方貴族の子供が立ち上がった。


「アーサー様、最初からUR出して下さいよっ」


 ビーフが媚を売る。


「ここに触れればいいんですね、先生」

「そうだ」


 アーサーが手を触れると、透明な珠が七色に輝き始めた。「コロコロコロ……」と、抽選音がする。やがて七色の輝きは、銀に落ち着いた。


「SRダンジョン。しょっぱなからなかなかの幸運だな」


 教師は頷いている。


「このダンジョンに決めるか、アーサー。それとも引き直すか」


 引き直せと言わんばかりに、寄付金箱を前に押し出す。


「引き直します」


 用意してきた証文を、あっさり箱に放り込む。その金額に応じ再抽選が三度行われ、アーサーは結局、SR+ダンジョンを獲得した。豊かでもない地方貴族の子弟としては、充分以上の戦績だ。


「次は俺だ」


 誰かが手を上げ、「ダナの珠」の前に立った。



●次話、「俺ダンジョンのレアリティー」、お楽しみにー!

エヴァンスが引いたダンジョンガチャは、前代未聞の「闇黒」レアリティー「N-」。マニュアルのレアリティー一覧にすらない謎レアリティーに、教室中が戦慄する……。

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