第265話 常在戦場

 六時限目の授業が終わり担任が来てホームルームが始まるまでの時間。いつもならば授業が終わった解放感からか騒々しい筈の教室は静まり返っていた。

 

 そんな異様な教室の雰囲気に気が付く様子もない蒼唯は、親友である輝夜に対して錬金術講座を行っていた。


「って感じで、空気とかにも錬金術をする事は可能なんですよ。今回はイメージしやすいように教室全体の空気を一つの素材としてやったですけど、イメージ次第では、輝夜の周りの空気だけを対象にする事も可能みたいです」

「…そうなんだ。それは凄い発見なのかな? で、今蒼唯は空気と何を錬金術で合成したの?」

「え? これです? 聞いてなかったです? 『霊薬エリクサー』ですよ。と言っても『霊薬エリクサー』の効能を空気に付与した単なる『吸えリクサー』ですけど」

「ちょっと単なるの意味が分からないけども!」


 錬金術が空気などの素材としてイメージしずらいモノに対しても使えるという話から、突然実例を見せるという流れとなった蒼唯は、普通のスクールバッグからぽんっと『霊薬エリクサー』を取り出し素材として利用した。

 その結果、ホームルーム前に呑気に級友と談笑していたクラスメートたちは突然、伝説級のポーションの効能が付与された空気を吸う羽目になったのだ。驚愕で教室内が静まり返るのも分かるだろう。


「1年生のクラスメートならまだ耐性があったけどさ、クラス変わって蒼唯耐性が皆に備わって無いんだから!突然だと皆びっくりしちゃうてしょ!」

「そうです? まあ、安心して欲しいです。特に身体に害は無いですから」


 そう蒼唯が声を掛けたが1年の時からのクラスメート以外は再起動が完了しない。まだまだ蒼唯耐性が新クラスに定着するのは先になるのだろう。


 呆けたままのクラスメートは放っておいて話を戻す2人。


「それにしても気体に錬金術か。凄いね」

「です? そんなこともねーです。さっきみたく空気全体に何らかの効果を付与するとか、逆に空気を素材として消費する事で一瞬だけその場を真空にするとか、まあ大道芸レベルの使い道しかねーです」

「いやいや…まあ蒼唯からしたらそうかもしれないけど」

「気体は見えにくいからあんまりです。まあでも空間を対象とするダンジョン製作とかの応用には使えるかもとは思うですけど……あ、ダンジョンと言えばです」


 話は錬金術からダンジョンについて移る。


「前に輝夜、訓練所が欲しいみたいな事言ってたですよね?」

「あ、うん。この1年でかなりレベルアップしちゃって、模擬戦とかで本気で戦うってのが難しくなっちゃったなって。て言うか蒼唯にそんなこと愚痴ったっけ?」


 同年代なら兎も角、輝夜が所属する日本有数のギルドである『流星』であっても輝夜の模擬戦に付き合える人材は少なくなってきていた。

 輝夜クラスの探索者が成長するためには本気で、それこそ命の奪い合うくらいの強度でやる必要があるのだが、それを行った場合の損失は輝夜の成長など塵芥同然レベルなため実施など出来ず、考えるなダンジョンに行けというのが現状である。


 その事をふと、蒼唯に愚痴ったのが少し前のことであった。とは言え、輝夜ですらそんなことを蒼唯に言ったことすら忘れていた程度の軽い悩みであった。

 しかしそういう軽い愚痴を真に受け、簡単な口調でとんでもない解決策を提示してくるのが蒼唯である。


「言ってたです。だから造ったです」

「つ、造ったと言うのは?」

「ダンジョンです。名前は『決戦場』です。一応設定として、このダンジョンに入った者は事前にマスターが決めたダメージを受けた時点でダンジョン外に転送される事になってるです」

「それを、造ったの」

「はいです」

「そっかー」

「で、です。この核をセットすればその空間をダンジョンに出来るです。『空間拡張』とか『フィールド変更』とかマスター権限は詰め合わせしてるですから、テキトーに弄ってくれです」

「う、うん。ありがとうね蒼唯」


 そして、そんな蒼唯の性質を知っていた筈の輝夜であったがすっかり失念していた。おそらく春休みボケがまだ抜けてなかったのだろう。


「気を引き締めないとな…」

「どうしたです?」

「なんでもないよ」


 常在戦場、探索者の気構えとして正しいことではあるが、何故親友とのちょっとしたやり取りからこれを思い知らされるのかと少し頭が痛くなる輝夜なのであった。

 


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