第27話 もう1人の
蒼唯は『ぬいぐるみ』のぬいと散歩中、公園に負のオーラを漂わせる若い男性がベンチで黄昏ているのを見掛けた。
何となく漂わせているオーラが気になった蒼唯が、その男をよく見ると手には大剣が握られていた。
「...それはヤバいだろです」
「ぬい!」
「え?」
「え、じゃないです。公園のベンチで剣を握ってるってどういう類いの不審者です?」
「あ、え? 君、この剣が見えるのかい? 『納剣』モードだから普通なら見えない筈なのに」
「『納剣』...ああ、そう言うことですか。私は眼が良いですから、モードとか関係なく見えちゃうです」
「それは、凄い眼力だね」
『納剣』は装備品に備わっている効果であり、発動すると消費魔力やエネルギーを減らしたり、装備者以外から装備品を見えなくしたり等の効果がある。基本的に日常生活を送る上で重要な効果である。
しかし『錬金術師』として凄腕の蒼唯の眼は特別製であり、意識することなく『納剣』を無効化してしまう。
「お兄さんも負のオーラあるけど、それ以上にその剣の負のオーラ凄いですね」
「負のオーラ? この剣は凄い奴なんだよ。僕と違って」
「剣の良し悪しは分からねーです。でも何か歪さを感じるです。重りでも付けられて雁字搦めになってる感じです」
「そ、そうなんだ」
男はこの剣について話し始めた。
「この剣を握ってるともう1人の僕になれるんだ。何でもできるヒーローみたいな感じで。何も出来ない僕とは正反対の」
「装備すると人格が変わるです? 剣の人格です?」
「分からない」
「中々、面白そうですけど、今は握ってるのにお兄さんは気弱そうです」
蒼唯がそう指摘すると男は悲しそうな顔をする。
「この前、色々あってね。それ以降『納剣』モードから戻らなくなってしまったんだ」
「『納剣』モードだと人格の変更は無いですか...」
「もう1人の僕のお掛けで色々な事が出来ていたけど、僕は...」
男は、何かを思い出したかのように表情を曇らせてより負のオーラを発し出す。
そんな男を放っておいて、蒼唯は剣をじっと見ていた。蒼唯の見立てでは剣本来の性能を封じられていた。それを解除する事は蒼唯にも難しそうだが、男の愚痴を聞き流すよりも、有益である。
「...ちょっとそれ貸してくれです」
「え、この剣を?」
「ちょっと試したいことがあるです」
「い、いいけど」
男は驚きつつも蒼唯の独特のオーラに圧倒されてか剣を渡してくれた。
剣に『錬金術』で付与された効果等を丁寧に調べていくと、やはり『封印』的な効果が入念に付与されていた。昔、ドロップ品でこれよりも単純な構造のモノを見たことがあるが、このタイプの『封印』を解除するには、『封印』が定める基準を装備者が越える必要があるのだ。
「...中々厳重です。あー、最初の『封印』を無理に解除すると根本から消え去りそうですね...」
探り探り『封印』を解いていく蒼唯。剣から負のオーラが消えていき、絶対的なオーラで満ちていくのが、眼力に乏しい男にも理解できた。そして、
「ちょっと握ってみてくれです」
「は、はい」
返還された剣を握る男。すると男に呼応するように剣が光輝く。
「......君、名前は?」
「蒼唯です」
「そうか。ありがとう蒼唯。君のお陰で前よりも更に力が溢れてくるよ。もう1人の俺もお礼を言ってる」
「これが剣の人格ですか。確かに別人です」
「もう1人の俺はそんなこと言ってるみたいだけどな! 俺もあいつも同じだよ」
「...ふーんです」
「それじゃ、俺らは行くよ。待ってる奴らもいるし」
そういうとベンチから立ち上がる。
立ち去ろうとしている男に蒼唯は最後に声を掛けた。
「そうですが。...あ、さっきの気弱な人に伝えてくださいです」
「何だ?」
「その剣の最初の『封印』だけは、解除出来なかったです。装備するための『封印』だけはです。凄まじく複雑な『封印』の中でも一番厄介な『封印』てすから、それだけ解除の条件も厳しいと思うです。お兄さんはそれをクリアしてるから、もう1人のお兄さんの人格を呼び出せてるです」
「つまり?」
「何も出来なくはないと思うです」
「そうか...泣くなよ。ありがとう蒼唯。もう1人の俺も泣いて喜んでるよ」
「ですか」
「さて、今度こそ行くよ。ありがとう蒼唯」
そう言って男は去っていくのだった。興奮しているのか剣を鞘に納めることもせずそのまま。
それを蒼唯は見送るのであった。
「あ、名前聞くの...まあいいです。剣を握ったまま帰っていく変なお兄さんですし。さて待たせたです」
「ぬいぬい!」
「帰るです」
―――――――――――――――
『黄昏』が記者会見を行った。その内容は80層の階層ボスの討伐レイド実施のお知らせであった。75層の『終末帝』レイドの大敗の傷も癒えていないこの状況での大型レイド。これを疑問視する声は当然出た。
しかしサプライズで登場したギルドマスター英雄の圧倒的オーラを目にした記者たちは、それ以降何も言えずただ英雄の話を聞く人形と化すのだった。
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