第59話 入信一日目の農民でも、即座に鉄砲玉

「あの亀野郎をぶっ倒すためにやって欲しいことがある――」


 泣き喚きながらギルガメウス相手に戦っているパロミを横目に、俺は三人に指示を伝える。


「──じゃあロッテ、ヴリトラ頼んだぞ!」

「ツクモが何をするつもりなのかは分からないけど、とにかくアイツを足止めしておけばいいのね!」

「上手にできたら……ご褒美、ちょうだいね……ふへへ」


 そう言って駆けるロッテとヴリトラを見送り、俺とクルリは戦闘の邪魔にならないよう砦の影に隠れる。


「クルリ、よろしく頼む」

「こんな物陰に美少女を連れ込んで『よろしく頼む』って、ナニをよろしくシテもらおうとしているんです?」

「この状況でそんな冗談が言えるんだから、お前すげえよ」


 尊敬に値するメスガキだ。


「とにかく、時間が無いんだから早くしろ」

「ええ、超特急で済ませますよ。ツクモさんは早そうですから」

「やっぱりお前殴るよ」



        ◇


「ぐぬぬ、やっぱり何も効かない。攻撃も毒も何も効かない~~~~」

「うぐぐぐぐ。五分、持ちこたえる。頑張る。がんばったらご褒美。ごほうび。どんな酷いことしてもらおうかな~」

「こら、この陰キャ淫乱ドラゴン! 集中しなさい! あとツクモ! 私にもご褒美用意しておきなさいよォォォ!!! 具体的には指わぁぁぁぁぁぁ!?」


 ズガーーーン、バゴォォォン。

 と、バトル漫画のような轟音が絶え間なく響く。

 そろそろ向こうも限界が近いみたいだ。


 でも丁度いい。こっちも準備完了だ――。


「ロッテ、ヴリトラ! あとは俺がやる、こっちに戻ってこい!」

「ツクモ!」

「ご主人様ぁぁぁぁ!」


 ちょっと泣きそうになりながら戻ってくる二人。

 つーか、ロッテは完全に泣いてるな。


「え、ツクモ様!? わ、わたしはぁぁぁ!?」

「パロミは時間稼ぎ」

「王女の扱い酷すぎませんかぁぁぁぁ!?」


 私、剣折れてるんですけどォォォ。と叫びながら巨大な亀に突撃していくパロミを見送って俺はロッテ、ヴリトラ、クルリに話しかける。


「ロッテもヴリトラもさんきゅな。お陰で準備が整った。クルリも時間ないのにさすが大司祭様だ」


「何、気取ってんのよ。ていうか、クルリと何してたの? あとは俺がやるって、アンタ一人であの亀をどうするつもりよ!?」


「そ、そうだよご主人様。アイツすっごく硬いよ。もう逃げよ? ずっと遠く、無人島とか……邪魔者がいないところ……二人きりで、ずっと、永遠に……ね? ね? ね?」


「そういうわけにはいかない。俺は絶対にあの亀をぶっ倒すって決めたんだ」


「ツクモ……あんたなんでそんなに……」


 ロッテが言いかけるが、何を言っても俺の気持ちが変わらないことが分かったのか口をつぐむ。

 俺はロッテ達に背を向け、ギルガメウスを真っすぐに見据える。


「ちょっとクルリ、あんたツクモに何したの? 珍しく真剣な顔なんだけど? ちょっとドキッとしちゃったんだけど?」

「何をしたって……ツクモさんには創星教の〝悪魔滅殺自爆魔法〟を教えました」


 散々、自爆魔法じゃないとか言ってたくせに、結局自爆って認めるんかい。


「教えたって、こんな短時間で?」

「ですです。入信一日目の農民でも、即座に鉄砲玉になれるよう教会が長年かけて磨いた魔法ですからね」


「創星教やっぱり怖い……」


「しかも、ツクモさんに教えたのは今主流のHPが1残る改良版ではなく、発動すれば確実に術者が命を落とす、威力1000%スパーキングのオリジナル完全版なのです!」 


「そんなの使って大丈夫なの!?」


「大丈夫だって、俺はそう簡単に死なねえって知ってるだろ? それにゴーダの特有恩恵無効は人間の俺には効果無いしな。つーわけだから行ってくるわ」


 そう言って、俺はギルガメウス(と情緒が壊れたのか笑いながら逃げ惑っているパロミ)の方へ足を向ける。


「そうだ……大事なことを忘れてた」

「へ? つ、ツクモ……?」


 俺は、振り返りざまにロッテの身体を抱きしめる。

 柔らかくて甘い。毒の香りがクールに脳を痺れさせる。


「ちょ、あ、ああ、これって、どういう、ど、毒で死んじゃう……ツ、ツクモぉ???」

「死ぬっていっても、少し動き回るくらいの猶予ゆうよはあるだろ」

「で、でも……なんで?」

「さすがに俺も怖いからな、少し……力を貸してくれ。あの化け物と戦う勇気を……」

「ほ、ほぁ」

 

 じわりとロッテの体温が上がる。

 あわあわと小刻みに震えるロッテの身体が少し面白い。


「ありがとうなロッテ。これであの亀野郎と戦える……」

「そ……そ、それって、どういう意味……」


 ロッテの問いには答えず、俺は駆けだす。

 目標はギルガメウスの――――パクリ。


「ほあ?」


 瞬間で、猛烈な圧迫感に襲われる俺の身体。

 決意を胸に駆けだした俺は、ものの数秒でギルガメウスに頭から丸呑みされてしまったのだった。


「へ? あれ? ツ、ツクモーーーっ!?」

「ご、ご主人様食べられちゃった!?」


 遠くでロッテとヴリトラの声が聞こえる。


「あれだけ格好つけて瞬殺どういうことよーーー!」

「くはははは、どうだヤマダツクモ。いくら殺しても生き返る能力を持っているようだが、これでどうすることも出来まい?」


 勝ち誇るギルガメウスに、俺の仲間たちが右往左往している声が聞こえる。

 その間に、俺はずるずると喉を通って胃らしき場所に落とされる。


「あれ、あれ不味くないですか? いくらツクモさんが復活できるっていっても、お腹から出してあげないと生き返るたびに消化されちゃいますよ!」

「わ、わたしも、食べられてくる! それで……お腹突き破ってご主人様助ける!」


 アイツら外で何か騒いでるな。

 だが、心配するなよお前ら!


「馬鹿め、ギルガメウス! お前に食べられたことも全て俺の作戦通りなんだよぉォォォ!!! 喰らえ! 悪魔滅殺自爆魔法!!!!!!」

「な、何だとぉ!?」


 直後、魔法を発動した俺の身体がまばゆく光り、ギルガメウスの体内で大爆発を起こす。

 

「ごぉぉぉぉぉ、な、なんてことをしやがる……」


 薄れゆく意識の中、驚愕しているギルガメウスの声を聞く。

 ブラックアウトしていく視界で周囲を確認する。

 俺の飲み込まれたギルガメウスの胃――そこには、爆発による無数の傷が見られた。


「く、くくくく。大した破壊力だったが、だが浅い。俺の身体に致命傷を与えるほどではなかったようだな。この程度の傷ならすぐに回復して…………う、ゴホッ、な、何だ……急に目の前が、暗く……これは、まさか毒?」


 苦しそうに声を上げる亀の体内なかで俺はほくそ笑む。


「へへ、やっぱり……な」


 ギルガメウス、お前はさっきロッテの毒魔法を危ないと言って避けた。

 

 ──効かないのなら避ける必要なんてないのにだ。


 そして俺は、それを見逃さなかった。

 お前の顎に小さな傷があったこと。あれはヴリトラが愛の馬鹿力でつけた微かな傷跡。


「お前は、傷に毒が入ることを恐れたんだ……。ってことは、そのオリハルコンの下には、ちゃーんと毒が効く中身があるってことだよなぁぁぁぁぁ!!!」


 ただただ、死の間際のテンションに、強大な敵をあざむいたという快感に、俺は力の限り叫ぶ。


「ど……毒、だと……。だが、いつのまに毒を……」

「ばぁか。ロッテはな、自分が触れたものも毒物に変えるってトンデモねえ凶悪な、けしからん身体を持ってるんだよ!」


「まさか、貴様……」


「ああ、そうだ……お前に食われる直前、たっぷりとロッテの身体を堪能してきたからなぁ。今の俺の身体は、ロッテの毒を放出しまくりだぜ!」

「な……なんて、滅茶苦茶なことを……しやが、る…………」


 その言葉を最後に、ギルガメウスの巨体が大地に倒れこむ音と衝撃が伝わってくる。


 胃の中からでも分かった。


 ギルガメウスのオリハルコンの身体から輝きが失われていくのが。


「おっし、ゴリラに続いて、亀退治も完了だコラ。あんまり人間様、舐めんじゃねえぞコンニャロー!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る