第27話 知ってる。こいつは陰キャ系美女だ。

「――話には聞いていたが、本当にドラゴンなんだな」


 巨大な体躯に、黒く濡れ光る鋼のような鱗。

 凶悪な牙の奥から聞こえる唸り声は、地面を伝い身体を震わすほどだ。


 こんにちわ~、と古城にお邪魔した俺たちを真っ先に出迎えてくれた黒龍の壮大な姿に呼吸すら忘れてしまう。

 一瞬でも気を抜いたら、次の瞬間にはバクリとられてしまいそうだ。


「ど、どうも~ヴリトラ様。生贄の三つ編みメガネっ子with愉快な仲間たちです~。お目に掛かれて光栄で~っす」


 アカン、テンパってわけわからん挨拶してしまった。


「そうですか、ご苦労様。……奥の部屋で茶会の準備がしてあるから、着いて来て……」


 まじかよコイツ。

 さっきの俺のとち狂った挨拶を華麗にスルーしやがった。

 さすがドラゴン、ただモノじゃねえな。


 ――と、次の瞬間、邪竜ヴリトラは黒い煙に包まれ、瞬時にその姿を人のものへと変える。


 それはスラリと背の高い、黒い長髪の美女の姿。

 だが表情は乏しく、血色が悪い。切れ長の瞳に乗った赤いアイメイクが痛々しい。

 タイトな黒のゴシックドレスに包まれたその肢体は、ロッテほどではないが十分すぎるほどに豊満。

 だが、猫背でずるずると歩く姿が、その美しさを台無しにしてしまっている。

 

 あ、知ってる。こいつは陰キャ系美女だ。

 正直言って……嫌いじゃない。むしろ好き。


「ふふふ、よっしゃ、やっぱりドラゴンって言ったら普通、可愛い女の子に変身するものだよな!」

「何か言った?」


 かすれ気味の陰の気を帯びた声。

 でも、それでいて可愛らしい声だった。


「ね、ね、ツクモ、ツクモ……」

「何だよ、この大事な時に」

「ごめん、私、コイツに勝てないかも……」


「なんですと!?」


「あいつ、ブラックドラゴンの上位種、ダークドラゴンなんですけど……超大物なんですけど……多分、私と互角かそれ以上……勝てたとしても、ツクモとクルリは戦闘の巻き添えで百回は軽く死ねると思う」


「マジっすか……」


「クルリが死んだら沢山の信者さんが悲しむので、もし戦闘になったら周囲への被害が最小になるように、ロッテさん無抵抗で死んでくださいね」


「ツクモ、このシスター酷いんだけど……」


 まさか、ロッテと同格の相手が現れるとは……これで戦闘という最終手段は取れなくなったってことか……。

 この作戦の成否は、全て俺の采配に掛かっていると。

 

「まぁ、心配するな。俺の作戦があれば完璧だ!」

「完璧……ねぇ」


 不信感MAXで呟くロッテを気にも留めず、俺はヴリトラの後を追うのだった。



        ◇


 そして、生か死か。

 いや、契約か死か――デスマッチお茶会が幕を開けた。


 ……のだが、


「そうか……」

「そうか……」

「そうか……」


 幕は開けたのだけれど、この邪竜さん。

 最初に「最近の街は何が流行ってるの?」と聞いてからは、ずっとこの調子。


 ゴブリンをスレイヤーする人くらい『そうか……』しか言わない。

 

 第一、生贄とお茶会って……何がしたいんだろう。

 フードを深く被っているとはいえ、背中に怪しい膨らみ(羽)があるロッテを不振がりもしないし、クルリについても同様だ。


「口に……合わない?」


 俺が考え事をしているのが気になったのか、ヴリトラが珍しく『そうか』以外の言葉を口にする。


「い、いいえ、とっても美味しいです。でも、これが最後の晩餐になるのかと思うと……涙がこぼれちゃう。だってリリア、女の子だもん」

「「ぶふっ!」」


 てめえら笑うんじゃねえ!

 こっちだって必死なんだよ、女の真似なんてしたことねえんですよ!

 ロッテが急に勝てないとか言い出すから、プレッシャーが半端ないんだよ!


「…………」


 だが、ヴリトラは何も言わない。

 表情も変わらない。

 生贄の感慨になんて付き合うつもりは無いってか? だが、ここは敢えて突き進もう。


「そう言えば、ヴリトラ様ってかわいい女の子だったんですね……」

「……そんなことない……きみのほうがかわいい…………」


 どういう美的センスしてんだ?

 こんなに綺麗な見た目してるのに、壊滅的な俺の女装の方が可愛いって……眼科を飛び越えて脳外科行った方が良いんじゃないか?


 ――とか考えている場合じゃなかった。


 高身長エロ陰キャ美人な見た目に惑わされたらダメだ。

 街の人たちの話では、もう何人もの女の子がヴリトラの餌食になっているらしい。

 食料や金目の物を奪われているせいで、街の暮らしも年々厳しくなってるって言ってたし……。


 そうだ、俺はこの邪竜を退治しに来たんだ。

 当初の目的を忘れるな、勇者ツクモよ!


 ――ネッサさんとリリアちゃんとイチャイチャするために、俺はヴリトラを倒す!


「あの、可愛いヴリトラ様にお願いがあるんですけど……」

「そうか……」

「どうせ死ぬなら、最後にヴリトラ様に願いを一つ叶えて欲しいなぁ~なんて?」


「そう…………願い?」


 よし、また『そうか』以外を喋らせたぞ!

 って、『そうか』以外を喋らせるゲームをしてるんじゃなかった。


「私の命を捧げますから、何でも一つだけ私の願いを叶えてはくれませんか?」


「……別に命は……いらない」


「くっ」


 ここで突っぱねられるとは。


「おい、ロッテ! 話が違うじゃねえか! ドラゴンって契約大好きなんじゃなかったのかよ!」

「そりゃ好きだろうけど、全く興味のない取引だったら乗ってこないに決まってるでしょ!」

「くっ、それもそうか。ロッテが馬鹿過ぎてあっさり奴隷に出来たからって、簡単に考えすぎたか……」

「アンタ、後で見てなさいよ……」


 契約大好き種族とか言うから、俺の命をチラつかせれば、すぐに乗ってくると思って、代案を考えてなかった。

 戦闘で倒すのも無理だって言うし……。

 くそ、どうする。どうすればいい。


「どうしてもってお願いしても……ダメ?」

「……ダメ……、い……ない」


 声が小さくてよく聞こえなかったが、ダメって単語だけは聞き取れた。

 命以外に契約の材料になるモノなんて俺は持っていない。


 このまま生贄として食われるなんて有り得ないし、かといってロッテとヴリトラが戦い始めたら――俺もクルリも軽く百回は死ねるらしいし。


 やばい……マジやばくね?

 ロッテとの契約があまりにも簡単過ぎたから、今回も上手く行くはずと高をくくっていた。


「ねえ、ツクモ。どうするの? まさか、もう手がないとか言うんじゃないでしょうね」

「今考えてるから焦らせるなよ! お前がチョロかったせいで今ピンチになってるんだからちょっと黙ってろ!」

「くっ、この……人異の契約さえなかったら酸毒で身体の端から溶かして毒殺してやるところなのに……」


「それはもう毒殺じゃなくて拷問だろ」

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