第26話 クルリはツクモ様のこと大好きですから

 ギルドで冒険者登録、魔法適正検査をした翌日。

 俺は、ロッテとクルリを引き連れて、邪竜ヴリトラが巣くうという西の古城を目指して馬車で移動していた。


 なんやかんやで邪竜を倒すことになってしまった。

 ぶっちゃけやりたくない。正直恐ろしい。

 とはいえ、百歩譲ってそれはいい。借金返済のために俺が言い出したことだ。


 ただ、これは……これはどうなんだ……。


「何で……何で俺がこんな格好しなきゃならねえんだよー」


「仕方ないじゃない……ぷ、ぷぷぷ、だ、だって……邪竜ヴリトラは街の娘を生贄として連れてこいって言ってるんだから……」


「そ、そうですよ……邪竜は危険な存在ですから……。ふ、ふふ、少しでも油断させるために……こ、これも立派な、さ……作戦なんですよ……」


「だからって――俺がリリアちゃんのコスプレする必要は無くない!?」


 ロッテもクルリも容赦なく笑いやがって……。


 そう俺は今、眼鏡に三つ編み、緑のワンピースにエプロンドレスという、まさに清楚系町娘なコスプレ姿でドナドナされている真っ最中なのだ。


「観念しなさいよ。もう街の人がヴリトラに『お兄さん、いい娘入りましたよ。次の生贄は三つ編みメガネの清楚系黒髪美少女です』って手紙送っちゃったって言うんだから」


 笑いをこらえながらロッテが言う。


「何だよその客引きの勧誘みたいな手紙は! ていうか、あの街の奴ら邪竜と文通してるの!?」


「ヴリトラは生贄の娘へのこだわりがうるさいんですよ。毎年、毎年『料理が趣味の癒し系がいい』とか『声が綺麗な目隠れメイドさんがいい』とか『幼馴染の年上小悪魔系お姉さんがいい』とか要求してくるのです」


 笑いつかれたのか、深呼吸した後、クルリが横腹を抑えながら言った。


「新アニメが始まるたびに嫁が変わる節操のないオタクみたいな邪竜だな……」


 とはいえ、好みの解像度が高いのは好感が持てる。

 近い趣味の持ち主かもしれん……幼馴染って、どうやって選出したんだろう。

 

「はぁ……まぁ、女装はもうあきらめるとして、それはそうと、クルリは何でついて来てるんだよ?」


 軽快に馬車を扱うクルリに俺は正直な疑問を投げかける。


「邪竜退治はお前への借金返済のための仕事だぞ。それをクルリが手伝うって、なんか変じゃね?」


「いいじゃないですか。別に報酬を分けろと言っているわけでもないですし。ツクモ様が格好良く邪竜を退治するところをしっかりと目に焼き付けて、教会への土産話にしなくてはならないのです!」


 それに、とクルリは口元に人差し指を当てて続けた。


「クルリはツクモ様のこと大好きですから、お側に居たいと思っちゃ駄目ですか?」


 ……うん、可愛い。理想的な答え。完璧な金髪美少女だ。


「ここに打算が無ければどれだけ嬉しかったことか……」

「何か言いました、ツクモ様?」

「何でもない」


 絶対、俺を創星教に入れること諦めてないよなぁ。

 俺のそばに居たいって言うより、絶対に逃がさないって意味なんだろう。


 まあいい。無料ただで手伝ってくれると言うのだから、お言葉に甘えることにしよう。

 男子の純情をもてあそんだ罰だ。とことん、こき使ってやる。

 ……モテているようで、全然モテてないのが悲しい。



        ◇


「見えてきたぞ。あれがヴリトラが住んでるっていう古城か……」


 壮大な山々の合間に位置する、古城を見上げながら俺は呟く。

 石造りのかなり大きい城だ。

 それもそうか、何しろドラゴンが住んでいるのだ。それなりの大きさがないと不便極まりないだろう。


「さて、では邪竜を倒す作戦を説明するぞ」

「おお、作戦会議ってやつね! 私、初めて。仲間との共同作戦! 生まれて初めての……共同作戦。えへへ、うれしいかも……」


 いちいち感極まるなよ、魔王軍幹部。


「作戦と言っても、このまま乗り込んだところで、こっちには最強悪魔のロッテがいるんだから勝利は明白だ」

「えっ、私?」


 何故そこで意外そうな顔をする?


「何だよその顔は。私最強だし、ドラゴンくらい余裕って言ってただろ?」

「そ、そうよ。私は最強最悪の大悪魔! 億の魔物を率いて、百の人間をすり潰した偉大なる悪魔!」

「また数が変わってんぞ」


 億の魔物で百の人間って……それじゃ単なる弱い者いじめだろ?


「すごい、ツクモ様の下僕げぼく悪魔は、邪竜相手でさえ圧倒できる程の力をお持ちなのですね!」

「ま、まあね~」 


 何だよその、三人組女性芸人の右側みたいなリアクションは。


「……邪竜って呼ばれてるくらいだし、多分ブラックドラゴン、カースドラゴン辺りかな? ……だったら多分、きっと大丈夫……かな…………?」


 ロッテが何かぼそぼそ言っているが、あれだけ自信満々だったのだから、戦闘になった場合は任せても問題はないだろう。


「だが、ヴリトラと戦うのは最終手段にしようと思ってる」

「最終手段って……ツクモ様、ヴリトラとは戦わないということですか?」

「ああ、というか元々俺の目的はヴリトラを倒すことじゃない」

「じゃあ、その目的って……」


「そんなの決まってるだろ! うまい具合に邪竜をてのひらで転がして、人異の契約を結ばせるんだよ!」


 こぶしを固く握って宣言する。

 ──というわけで、


「なぁ、ロッテ。ドラゴンは契約が好きな種族ってのは本当なんだよな?」


 作戦の最終確認も兼ねて質問する。

 その質問へのロッテの答えを、まとめるとこうだ――。


 ドラゴン族は非常に高い知能と戦闘力を有している、この世界でも屈指の高位種族。

 創星主から与えられた特有恩恵は『鋼も通さない頑丈な鱗』『あらゆるものを破壊する最強のドラゴンブレス』

 また、ドラゴンの中にも種類が存在し、種類によって能力が少なからず変わってくる。


 そして何より重要なのが――。


「あいつらは悪魔と同じくらい契約好きね。長寿だから暇つぶしのつもりなのかもしれないけど……とにかく遥か昔の約束を律儀に守って、何百年も財宝の番人をやってたりする個体もいるくらいよ」


「――ってことは、やはり計画に変更はなしだな」


 やり方はロッテの時と同じ。

 俺が挑発して命と引き換えの人異の契約を持ち掛ける。


 どんな契約を持ち掛けられたところで、俺が死ぬのだから契約は破棄される――と思い込ませて、ヴリトラに奴隷契約を結ばせるのだ。


「ひゃひゃひゃ、楽しみだぜ。大悪魔に続いて、邪竜まで奴隷に加えたら、もう誰も俺に逆らえないんじゃないか?」


「ツクモ様……すっごい悪い顔になってます~。でも、そんなところも素敵です!」


「なんか作戦って言う割にはざっくりしてない? 本当にそんなに上手くいくのかなぁ……」


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