『異世界残機99 ~命を生贄に捧げて大悪魔(かわいい)と契約しました。まぁ俺、命が99個あるから死なないんだけどね~』

間一夏/GA文庫大賞3作連続・三次選考

第1話 人の死に様に勝手に順位付けてんじゃねえよ!

「おっめでとうごっざいまーーーーっす♪」


 そんな声に目を覚ますと、そこには両手に持ったベルをカランカランとけたたましく鳴らす女が居た。


「見事、S―1グランプリ優勝を勝ち取った山田ツクモ様には、優勝賞品として異世界転生の権利を、副賞としてチート能力を差し上げまーす」


「え? なんて? てかアンタ誰?」


 慌てて辺りを見回すと、真っ先に目に飛び込んできたのは空に浮かぶ満天の星。

 だが、ここは明らかに屋外ではない。


「何だよここは……プラネタリウムなのか?」


 夜のように暗い円形の空間。

 ずらりと並んでいるのは映画館でよく見かけるリクライニングタイプの肘掛け椅子たち。


 そのひとつに座った状態で目を覚ました俺――山田ツクモは、目の前で小躍りを続ける女に目を向ける。


 年の頃は十代半ばくらいだろうか?


 腰まで伸びた美しい金色の髪。

 大きく開かれた、どこまでも吸い込まれてしまいそうなルビーの瞳。

 細く滑らかな、スラリと伸びた汚れ一つない肢体。


 その身体を覆うのは、全体にフリルがあしらわれた下着のような純白の装い。

 もっちりとした太ももをいろどるのは、純白でありながら妙に扇情的なガーターソックス。

 そして何よりも異常なのは、その背中にある翼。


 その姿はまるで――。


「何で俺の目の前にこんな痴女が……?」

「痴女ちゃうわぁぁぁ!」


 なんか関西弁チックに切れられた。


「いやだって、ほとんど下着だし。へそ見えてるし。痴女かと思って……」


「なんでやねん! この翼が目に入らないの? 普通は『なんて美しい……』とか、『天使様……』とか、うっとりしながら言葉を漏らすシーンじゃないの?」


「いやだって……男だったら翼より乳、尻、太もも見るだろ」


 あとへそな。


「……そうかもだけど。そこまで堂々と正直に言われると、逆に男らしく感じるから不思議ね……」


「正直が俺のモットーだからな。正直ついでに言わせてもらうと、キミの胸はささやかだが形は申し分ないと思う。大きいおっぱい小さいおっぱい、みんな違ってみんなイイ」


「詩を読むな! ってか金子みすゞに謝りなさい!」


「いいだろ。差別を無くす世界平和の詩だぞ」


 ってか、こいつ金子みすゞ知ってんの? 日本の詩人だぞ?


「はぁ、口の減らない人の子ね。さすがS―1グランプリで優勝するだけのことあるわ。一般的な死者の行動と比べると常軌を逸しているわね」


 俺のリリックが魂に響いたのか、目の前の痴女は額を抑えながら頭を振る。

 ――って、あれ? 今この痴女、気になる言葉を発したような?


「一般の……死者? おい、それってどういう意味だよ。てか、アンタさっき、異世界転生の権利とか、副賞としてチート能力をプレゼントとかって言わなかったか?」


「言ったわよ。山田ツクモくん。キミは選ばれたのよ、天界の神々にね……」


「神々に選ばれた?」


「そう、厳密に言うと、キミの死に様が選ばれたの」


「俺の死に様……死に様……そうか――」


 ――なんか思い出してきたぞ。


「俺はあの時、あの女の子を助ける代わりに死んだのか――」



        ◇


 ――じめじめと暑い夏の夜だった。


 それは、ロクに働きもしないクソ親父が〝七人目〟の母親を家に連れてきた夜。


 母さんが死んだあと次々と女を変えるクソ親父のいい加減さと、何でこんなクズ野郎がモテるのか。

 そして、日々真面目に暮らしている俺がどうしてモテないのか。


 そんな鬱屈とした気持ちを抱えて、俺は家から飛び出した。

 あてもなく歩き続けた俺は、近所の川に架かる橋の上で、一人の女の子に出会ったんだ。


 その子は橋から川に飛び降りようとしていた。


 ――だから止めようとして。


 今にも落ちそうになっていた女の子の身体を支えて……。



        ◇


「女の子の代わりに俺が川に落ちたんだ……」


 そうか……俺はあのまま溺れ死んだんだな。


「どうやら思い出してきたようね。そう、あなたが選ばれたS―1グランプリっていうのはね、死に様一位決定戦のことなのよ!」


「人の死に様に勝手に順位付けてんじゃねえよ! 悪魔かお前ら!」


「まぁまぁ、いいじゃないの。そのお陰でキミにはこれからグッドな未来が待っているんだからさ!」


 親指を立ててウィンクする天使。なんかチャラいな。


「死に様グランプリね……アホらしい名前だ……」


 そう言いつつ、俺は少し思い直す。


 そうか、毒にも薬にもならなかった俺の地味人生。

 最後の最後、カッコいい死に様で神様に選ばれたのなら、それも悪くないのかも知れないな……。


「そうだ、なあ天使様。あの女の子はどうなったんだ? 無事なんだよな?」


 せっかく助けたのに、その後でまた自殺したりとかしてないよな?


「もちろん無事よ」

「そっか……それなら本当に良かった」

「だってあの子、自主製作映画の撮影してただけだから。最初から川に飛び込む気なんて全くなかったし」


「――――は?」


「むしろ、道路に落とされて足首は捻挫するし。見ず知らずの勘違い男が、撮影の邪魔した挙句、勝手に溺れ死んでトラウマ背負わされるし。ほんと最悪、可哀そう。あー可哀そう」


「な、なななな」


「しかもあの川、水深50㎝しかないのに、勝手にパニくって『だずげでー、だずげでー、おで泳げないんだよぉぉぉ』って泣き叫びながら、足が着くはずの川底に沈んでいくキミの姿にその場にいた誰もが思わず笑いを――」


「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

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