19・焼肉

 俺は慌てて立ち上がり、大急ぎで落とし穴のある場所へと走った。

 みんなもすぐさま俺の後を追いかけてきた。


「はぁ~……はぁ~……えと、印は……あっ!」


 落とし穴の穴が開いていて、その穴から白い角の様な物が飛び出しているぞ。

 間違いない、獲物が掛かっている。


「……」


 俺は恐る恐る落とし穴に近づき、中を覗き込んだ。


『ブヒュー……ブヒュー……』


 穴の中には赤茶の体毛に覆われ、マンモスの様な鋭くて大きい立派な牙が生えたイノシシの様な動物の姿があった。こいつはボアモスだな。

 現実世界のイノシシの様に海を渡る習性を持っているから、泳いでこの島に来たんだろう。

 

「……まだ息がある」


『――ブフッ!』


 俺の姿を見たボアモスは襲おうとしているのか、逃げようとしているのかわからないが体を震わせ立ち上がろうとしている。

 しかし落とし穴の底に仕掛けてあった木の槍で体や足に傷を負っているようで、すぐに倒れ込んでしまった。


『フー……フー……』


「な、なぁ……本当に仕留めやなあかんの?」


 痛々しいボアモスの姿に耐え切れなくなったのか、ユキネさんが口を開いた。

 そう言いたくなるのもわかる……わかるけど……。


「……どの道、この傷ではもう助かりません……」


 ボアモスの肉は毒も無く食べられる。

 無人島では貴重な肉だ。

 こうなった以上、罠で捕まえた者がちゃんとしなくてはならない。


「……ですから、今すぐ止めを刺した方がこの子の為です」


 俺はナイフを手に持って落とし穴の中に入り、ボアモスの傍へと近づいた。


『フー……フー……』


 ボアモスはもう力が残っていないのか、俺の方をジッと見つつその場で体を揺らすだけの状態。

 やめてくれ、そんな目で俺を見ないでくれよ……。


「……っ」


 やっぱり、心臓をひと突きして止めを刺した方がいいよな。

 えっと……この辺り……かな?

 外したらボアモスに苦痛を与えるだけだ。

 かといって、躊躇しているこの時間もこいつにとっては辛いだろう。

 早くしないと。


 そんな焦りからか情が出てしまったのか、ナイフを持つ手が震え出した。


「……っ……」


 くそっ! ……落ちつけ……落ちつくんだ。

 こんな事で震えてどうする。


「はぁ~……はぁ~……」


 何だか息も苦しくなってきた。

 何がどうなっているんだ。

 

「お嬢様、落ち着いて下さい」


 パニックになり始めていると、背後から言葉と共にケイトの手が俺の手に優しく添えられた。


「あ……ケ、ケイト……」


 ケイトの声と手の温かさを感じると、自然に手の震えが止まった。


「大丈夫です……大丈夫ですから……」


 ナイフの位置がボアモスの心臓の前に。

 ここを突けば……。

 

「ふぅ~……ごめんね……――っ!」


 俺はケイトと共にナイフをボアモスに突き刺した。


『――プギャッ!』


 短い悲鳴と共にボアモスは動かなくなった。

 お前の命……いただきます。


「お嬢様、ボアモスの解体はわたくしにお任せください。祖父の手伝いでやったことがあるんです」


 そうだったのか。

 なら、経験があるケイトにやってもらった方がいいな。

 俺は動画で見た事はあるけど実戦経験は皆無だし……。


「わかったわ」


「ありがとうございます、ではボヤボヤしていられませんね。このままだとすぐに腐りますから、急いで海まで運びましょう。トモヒロ、ボアモスを持って!」


 え? 海?


『ウホッ!』


 トモヒロがボアモスを肩に担ぎ、みんなで海へと走った。


「ケイトちゃん、何で海なのぉ?」


 それそれ。

 俺が知っているのはイノシシをロープで吊るして解体していたんだが。


「脂肪が多い動物だと、海に浮くので解体の作業がやりやすいのです。それにボアモスについた泥や汚れ、小さな虫を洗い流せますし、血抜きも出来るんです」


 へぇ~なるほどな。

 色んなやり方があるもんだ。



 海につくとさっそくボアモスを海に沈め、みんなで洗って汚れを落とした。

 まだ温かいのが何とも言えない……。


「綺麗になりましたね。それでは、解体始めます……まずは腹側を切って……」


 ケイトはナイフを使い、胸からお腹に向かって切り開いた。

 そして切った部分をグイッと広げて両手をいれ、内臓を取り出した。


「――うぐっ!」


「――うげっ!」


 その時を見た瞬間、俺とユキネさんは口を押さえて目を背けてしまった。

 不思議なもので魚は平気だけれど動物となるとかなりきつい……。


「あらあらぁ、2人とも大丈夫ぅ?」


 ベルルさんが俺達の背中をさすってくれた。

 今のを見ても平気なのがすごいな。


「あっ……えと、ではお嬢様とユキネ様は火おこしをお願いしていいですか? 必要になりますし」


 情けないが、解体作業は2人に任せよう。

 このままいても邪魔になるだけだし。


「……わかったわ……」


「そっちは任せたでぇ~……」


 俺達は海から上がり、火おこしの作業に取り掛かった。




「……こんなところでしょうか」


 解体作業も終わりみんなで話し合った結果、まずは好きな所を各自切り出し、残りは全部干し肉といった保存食にする事に決まった。


「ウチとトモヒロは足1本まるまるや!」


「あらあらぁ、そんなに食べきれるのぉ~?」


 と言っているベルルさんも、しっかり肩ロースの塊をキープしている。


「お嬢様は何処を食べられますか?」


「あ、え~と……」


 うーん、悩むな。

 バラにロースにヒレ、もも肉も捨てがたいし……よし、決めた。


「バラ肉にしようかな」


 油が多いなんて気にするな。

 今俺が欲しているのは油だ!

 だからバラ肉を食うぞ!


 平たい石を下から火をあぶり、熱々にしてからボアモスの脂身を上に置いて油を石に満遍なく塗る。

 塗ったら各自とった肉と切りそろえられた内臓を並べていく。

 おお……ジュージューと焼けるいい音と匂い……これはたまらん!


 ちなみにユキネさんの取った足は石には乗せられないので、地面に突き刺して直火で焼いている状態。

 なんとも野性的な絵面だな。


「ん~! いい匂いや!」


「早く食べたいわぁ」


『ウホッウホッ』


 菌が怖いから、念入りに焼いて…………よし、この位焼ければ問題ないだろう。


「それじゃあ、みんなでいただきましょう!」


「やった~!」


『ウホオオオ!』


 ユキネさんとトモヒロは焼けた足を握りしめ。


「わぁ~おいしそう~!」


 ベルルさんは細目でもわかるほど瞳を輝かせ。


「お肉だ……」


 ケイトの顔に至ってはだいぶ緩んでいる。

 猫の獣人だからなのか肉が大大大好物だものな。

 そうなってしまうのわかるよ、うん。


「それじゃあ私も……うは~……」


 肉だ! 油が滴る肉が目の前にある!


「「「「いただきます!」」」」


 みんなはほぼ同時に肉を口へと運んだ。


「はむっ……もぐもぐもぐもぐ……くううううううううううう!」


 うまい! うますぎる!!

 肉の甘み、そして脂身部分はトロトロにとろけるぞ!

 赤身は豚肉に似ているけど脂身は牛肉の味がするな。

 ちょっと癖のある匂いがするけど、さほど気にならない。

 あーくそっ! 米と一緒に食いてえええ!!


「んんん~! おいしいおおおおおおおおお!」


『ムホオオオオオオオ!!』


 ユキネさんとトモヒロは雄叫びをあげた。


「はわぁ~!」


 ベルルさんは一口一口味わう様に噛みしめている。


「無人島でお肉を食べられるとは……くっ!」


 ケイトは涙を流しちゃっているよ。

 でも、気持ちはわかるな。

 俺も涙が出そうだもの……俺の人生で食べた肉の中では間違いなく1番だ。

 肉でこんなに感動するとは思いもしなかったな。

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