ほくろ

葵染 理恵

「すごい綺麗だったね!」

この日の為に買った紫の桔梗が描かれた白い浴衣を着た華波(かなみ)は、打ち上げ花火の美しさに興奮していた。

「そうだね。小さな町の花火大会だから、そこまで期待はしてなかったけど、結構大きい花火も上がってて良かったよね」

と、華波の友達は、巾着型のバックから携帯を取り出した。

「うわーママからのメールだ…」

「なんだって?」

「花火大会が終わったら真っ直ぐ帰ってきなさい。だって……これから華波と御飯に行こうと思ってたのにー」

「しょうがないよ。私たちまだ高校生だし」

「えー、何言ってるの?うちら来年は大学生だよ。なのにまだ門限がある方がおかしいって!」

「まぁまぁ、今日は特別に花火大会に行かせてもらえたんだから、良かったじゃん」

と、友達をなだめた。

「んーま…そうだけどさ……華波はこれからどうするの?」

「私はコンビニで牛乳を買ったら帰るよ。ママに頼まれているんだよね。帰りに買ってきてって」

「おつかい頼まれるのは嫌だけど、うちのママもそれくらい…」と、言っている途中で、母親から電話がかかってきた。

友達は怪訝な顔をしながら「ごめん、先に行くね。じゃ、また明日ねー」と、小走りしながら華波に手を振った。そして急いで母親からの電話に出た。

「…うん、うん、今帰ってるから……」

遠ざかる友達に、手を振りながら見送った。

心配症の親を持つと大変だな。と、思いながら華波は近くのコンビニに向かった。

花火客で、コンビニ店内は、ごった返していた。華波は、1Lの牛乳を手に取ると、すぐに会計をして店内から出た。

すると黒光りしたXV車から20代半ばの長身男性が車から降りて、華波に声をかけた。

「ねえ、南ちゃんだよね?」

びっくりした華波は「…いえ、違います」と、言って、早歩きで家路に急いだ。

「ちょっと待ってよ。南あこちゃんだよね?ほら、小3の時、一緒に飼育係をしたでしょ。覚えてない?」と、言って、男は食い下がらない。

気持ち悪いナンパ男!と思いながら強めに「ほんとに違いますから、付いて来ないでください!」と、言って、走って逃げた。

履き慣れていない下駄で走っていせいで、住宅街の砂利道で足首を挫いて、転んでしまった。

「痛っ、たー」

息を切らしながら、挫いた足首を擦っていると、後方から黒のXV車が、華波を隠すように横付けして止まる。そして男が降りてきた。

「南ちゃん、大丈夫?」

男の異様な言動に、華波は心底震えがあった。そして、挫いた足をかばいながら立ち上がろうとした時だった。

男は隠し持っていたスタンガンで、華波の体を感電させた。

すると華波は声を上げる事も出来ずに体が硬直した。

男は無言で華波を抱き上げると、助手席に座らせた。そして牛乳が入った袋を、ぞんざいに拾い上げて、後部座席に放り投げた。

「家に着くまで、少しだけ寝ててね」

と、言うと、また華波にスタンガンを押し当てた。

華波は恐怖と痛さで気絶した。


薬品のような薄荷のようなツンとした臭いで、華波は目を覚ました。

細長い木のテーブルに寝かされている華波は口にガーゼが詰められていて、助けを呼ぶことが出来ない。

それどころか、首・手首・足首をロープで縛られていて、身動きが出来なかった。

それでも必死に助けを呼ぼうと、声にならない声を上げる。

「南ちゃん、起きた?」

男は短冊が付けられた瓶を棚に戻して、華波の方へ駆け寄った。

「良かったー、ずいぶんと寝てたから死んじゃったのかと思ったよ。まあ捻挫で死ぬわけないか」と、言って、高らかに笑う。

恐怖で泣きじゃくる華波をよそに、男は淡々と会話を続けた。

「南ちゃんが寝ている間に、湿布を貼ってあげたからね。これでもう痛くないよ」と、言って、華波の足首を優しく撫でた。

そして撫でていた手を、ゆっくりと太ももへ滑らせていく。

華波は、気持ち悪さと拒絶反応を起こしてビクンと抵抗した。

「あっ、ごめん!」

と、男は、華波の足から手を放した。

「そんなつもりなかったんだよ。ただ…南ちゃんが、とても綺麗だからつい……ごめんね」

「んー!んんー!!んー」

喋れない華波は必死で何かを訴える。

「取ってあげたいけど、それを取ったら大声を上げるでしょ。だから取ってあげられないよ。その代わり、俺が南ちゃんに一目惚れした時の話をしてあげる」

「んーんーんんーー!」

華波は、力一杯、首や腕、足を動かしてロープを外そうとしていた。

「あれは、蝉がけたたましく鳴いていた日。4時間目のプールで、南ちゃんは25mを泳ぎきって、上がってきた。そして見学していた俺の前を通り過ぎる時、お尻に食い込んだスクール水着に指を入れて直したんだよ。その時、南ちゃんのお尻に、歪だけどハートの形をしたほくろを見たんだ!俺は、その完璧じゃないハートのほくろに心を奪われた。もう一度あのほくろが見たくて、生き物は嫌いだけど南ちゃんと同じ飼育係にもなったんだよ。でも南ちゃんは何処か遠くへ引っ越しちゃったでしょ。あの時はまだ子供だったから、どうすることも出来なかったけど、やっと逢えた。これって運命ってやつだよね」

と、言い終わると、男は厚みのあるサバイバルナイフをテーブルの下から掴み取ると、大きく掲げて、華波の腹部に突き立てた。

悶絶して苦しむ華波の腹から湧き水の用に鮮血が流れ出す。男はナイフの刃先を倒すと、そのまま横に引いて腹を切り裂いた。

真っ白な浴衣は華波の血液で真っ赤に染まっていく。染まれば染まるほど、華波は意識が遠ざかり、最終的に白目を向いて息絶えた。

男は、完全に動かなくなった華波を確認すると、血でヌルヌルになったナイフで足を縛っているロープを切った。

そして、ゆっくりと浴衣の裾を持って、えんじ色に色づいた足の根元まで捲り上げた。

男は一息つくと、ナイフを持った手で華波の腰骨を押すと、反対の手でパンツを下ろした。

「!!」

男は強引に華波の腰骨を押して、反対側のパンツも下ろした。

「………………ない……」

力が抜けた男は、遺体を放す。

するとバンッ!と、大きな音を立てて、テーブルに叩きつけられた。

男は、ため息をつくと瓶が置いてある棚に向かった。そして、落胆しながら目玉が入ったホルマリン漬けを少しだけ横に動かした。

目玉の入った短冊には


憎しみを

堪えて奴の

目玉とる


と、書いてあった。

男は、半だ円形の肉の塊が入ったホルマリン浸けも少しだけ動かして、華波のホルマリン浸けを置くすぺーをつくった。

半だ円形の肉の塊が入ったホルマリン浸けの短冊には


改札で

ぶつかりあの娘

肩なくす


と、書かれていた。

そして、何もかも書かれていない短冊を用意した男は


ひと目みて

初恋思ふ

勘違い


と、書き記した。

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ほくろ 葵染 理恵 @ALUCAD_Aozome

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