勇者ウルテナの理論武装

あめがやまない

第1話 私が勇者である根拠は何ですか

(王国城内にて)


リーネ姫

「ウルテナよ、あなたは大妖精の導きにより選ばれし勇者となりました。

数々の困難が待ち受けているでしょう。

しかし、我々が頼ることが出来るのは、あなたしかおりません。

勇者ウルテナよ、邪悪な存在、大魔王デビルを退治してくるのです。

すべての民の命運があなたに託されています。

どうかこの世界をお救い下され。」



ウルテナ

「姫様、このようなときに申し訳ないのですがお尋ねしたいことがございます。」



リーネ姫

「あら、旅の資金のことですね。お恥ずかしい。つい高ぶってしまって忘れていました。資金ならいくらでも。」



ウルテナ

「いいえ、姫様。資金のことではございません。

それよりももっと大事なことです。」



リーネ姫

「な、なんですか。」



ウルテナ

「私が、勇者であることは確かなことなのでしょうか。」



リーネ姫

「何を言っているのです。

当然です。大妖精のお導きがあったのですから。」



ウルテナ

「証拠はありますか。」



リーネ姫

「大妖精からのお告げです。神官から聞いています。」



ウルテナ

「私は、大妖精から『そなたが勇者です。魔王と対峙する運命です』のようなお告げを頂いたわけでもなく、ましてや夢にすら出てきておりません。そのような事実をどのように私は受け止めればよいのですか。信じるに値しません。」



リーネ姫

「どうしました勇者ウルテナ。

大妖精から勇者として選ばれたのですよ。

誇らしくないのですか?」



ウルテナ

「ですから私は、自分が勇者であることが信じられないのです。神官から聞いたことをそのまま受け入れる姫様も姫様です。」



リーネ姫

「私を馬鹿にしているのですか?」



ウルテナ

「いいえ、私はただ。私が勇者である根拠が欲しいのです。」



(王国内の兵士たちがざわつき始める)



ウルテナ

「では私から聞きましょう。勇者という存在はなぜ生まれるのですか?」



リーネ姫

「んー。魔王という邪悪な存在がいるからです。」



ウルテナ

「つまり、魔王がいるから勇者がいるということですね。」



リーネ姫

「そういうことです。」



ウルテナ

「では勇者が存在すると必然的に魔王という存在があるわけですか?」



リーネ姫

「そうなるのではないですか。」



ウルテナ

「なるほど。私は今、魔王を退治する方法を考え付きました。」



リーネ姫

「なんと、さすが勇者様。お聞かせください。」



ウルテナ

「私を殺せば魔王は消滅するでしょう。」



リーネ姫

「な、何を言っているのですか!そのようなことは出来ません!」



ウルテナ

「なぜですか。」



リーネ姫

「な、なぜって。あたなが勇者なのに、勇者が死んでしまっては魔王を倒すことが出来なくなってしまいます!」



ウルテナ

「そうですか。では私が死んでも、魔王は存在し続けるということですか?」



リーネ姫

「当たり前です!」



ウルテナ

「では、私は勇者ではありませんね。」



リーネ姫

「なぜそうなるのですか!」



ウルテナ

「先ほど姫様は、魔王が存在するから勇者が存在する。

勇者が存在するから魔王が存在する。

このようにお考えでした。」


「つまり、片方の存在がなくなれば自然ともう片方の存在も無くなるはずです。」



リーネ姫

「先ほどからあなたは何をおっしゃって…」



ウルテナ

「勇者である私が消えれば、魔王も消えるはずです。

しかし私が死んでも魔王は存在し続ける。

つまり私は勇者ではありません。

右という概念が存在しないなら左なんて概念も存在しません。

そういうことです。それでは、私は家に帰ります。失礼しました。」



リーネ姫

「ちょっと待ってください!

では言いますが、もし私が死んでもこの王国は消えるわけではありません!

それは王国があるから姫や王などの存在があるというわけではないからです。

つまり、勇者が死んでも魔王は消え去りません。」



ウルテナ

「前言撤回ということですね。」



リーネ姫

「はい。」



ウルテナ

「ということは、今の私は。

勇者でないわけではないという状態ですね。」



リーネ姫

「そ、そういうことです。」


ウルテナ

「では、私が勇者である根拠は何ですか?」


リーネ姫

「え、ええと。それは…」



リーネ姫

(なんなのコイツさっきから!勇者だって言ってるじゃん。

神官から聞いたんだからそうなのよ!

なのにコイツはグチグチと!

ちょーっと見た目がいいからって調子に乗っちゃってさ!)


「そうですね、あなたはすべての民、もちろん私も含め、ましてや魔王ですらあなたを勇者だと思っています。」



ウルテナ

「そうなのですか。」



リーネ姫

「はい。つまりあなたは客観的に見て、世間的に見て勇者なのです。

ですからさっさと魔王を。」



ウルテナ

「ではお尋ねしますが、姫様は、自分と全くそっくりな人間。

声から体系、見た目、身体能力、学習能力すべてが完全に同等な

人間の存在を信じますか?」



リーネ姫

「いいえ、信じません。」



ウルテナ

「なぜ信じないのですか?」



リーネ姫

「そのような人間は見たことがありません。

私は私です。あなたもあなたです。

そのような事例すら聞いたことがありません。」



ウルテナ

「では姫様の側近から、姫様に完全に似た人間がいたという報告を聞いたとき、信じますか?」



リーネ姫

「いいえ、信じません。」



ウルテナ

「なぜですか?」



リーネ姫

「信じられませんよ。見間違いかもしれないじゃないですか。」



ウルテナ

「ほう。ではもしそのような人間を姫様が見たとしたら、その存在は信じますか?」



リーネ姫

「はい、信じます。」



ウルテナ

「なぜですか?」



リーネ姫

「この目で見た事実があるからです。」



ウルテナ

「つまり、見たことがないものは信用できないということですか?」



リーネ姫

「まぁ、そうですね。もし「見た」という事実があるなら信じると思いますよ。」



ウルテナ

「そうですか。」



リーネ姫

「…はい。」



ウルテナ

「姫様。つかぬ事をお聞きしますが。」



リーネ姫

「なんでしょうか。」



ウルテナ

「魔王は見たことがありますか?」



リーネ姫

「…い、いえ、ありません。」



ウルテナ

「見たことがないのですか。奇遇ですね。私もです。

では、魔王はいないんですね。よかったよかった。

これで世界は平和ですよ。それでは、失礼します。」



リーネ姫

「だから、ちょっと待ってください!」



ウルテナ

「なんでしょう。」



リーネ姫

「私は客観的に見て、世間的に見て、あなたが勇者であるといいましたね。」



ウルテナ

「はい。」



リーネ姫

「すべての民、私、そして魔王までもがあなたを勇者だと思っている。

そういいましたね。」



ウルテナ

「はい。しかし今の言い分から魔王は存在しないという結論に至りました。

なので、姫様のその言い分は成立しません。」



リーネ姫

「仮にそうだとしましょう。しかし、すべての民、そして私自身があなたを勇者だと思っています。これだけではダメなのですか!?」



ウルテナ

「それで私が勇者だとしても魔王が存在しないのだから倒しに行く義務もありません。仮に私が勇者であっても。」



リーネ姫

「…。」



ウルテナ

「…もうよろしかったでしょうか。」



リーネ姫

「…うるさい。」



ウルテナ

「ん?」



(リーネは少し涙ぐんている)



リーネ姫

「うるさいうるさいうるさい!あんたが勇者だなんて知ってるわけないじゃん!屁理屈ばっか並べてさ。何が言いたいわけ⁉

大妖精がそう言ってるんだから、あんたが勇者なんじゃないの!?」


「私はただ世襲で姫になってるだけで、なんら特別な力持ってるわけじゃないし!

大妖精からのお告げも何言ってるのか何も聞こえないし!

ただ偉そうにふんぞり返ってるだけよ!」


「あんたが魔王退治に行きたくないなら、嫌ですって言っとけばいいじゃん!お母さんにずっと甘えとけば!?どうせ世界なんて滅ぶんだし!

あんたのせいだから!…もう勝手にしてよ。」



ウルテナ

「…姫様。大変失礼なことをしてしまいました。

このような身分にも関わらず、大変申し訳ございません。

姫様の言い分を受け入れましょう。なんでもおっしゃってください。」



リーネ姫

「さっき、魔王がいるから勇者がいて

勇者がいるから魔王がいるって言ったじゃん。」



ウルテナ

「はい。確かに。」



リーネ姫

「これを今私は認めます。そのつもりで聞いて下さい。」



ウルテナ

「承知いたしました。」



リーネ姫

「そして、あなたは先ほど

片方がなくなれば、もう片方も自然となくなるって言いましたね。」



ウルテナ

「はい。言いましたね。」



リーネ姫

「これも認めます。」



ウルテナ

「はい。」



リーネ姫

「だから今から勇者の称号をもっただけの

無防備なあなたを側近に殺してもらいます。」



ウルテナ

「え!」



リーネ姫

「はやくコイツを殺しなさい!側近!さっさとやりなさい!」



ウルテナ

「え、あ、いや、ひ…姫様。」



リーネ姫

「なに躊躇してるのですか!?

コイツがいなくなれば魔王もいなくなるのですよ!?

早くやってしまいなさい!」



ウルテナ

「ひ、姫様!」



リーネ姫

「うるさい!黙れ!消えろ!」



ウルテナ

「わたくし!魔王退治に行ってまいります!」



リーネ姫

「…。」



ウルテナ

「…。」



リーネ姫

「今なんと?」



ウルテナ

「勇者ウルテナ。行ってまいります」。



リーネ姫

「…さっさと行きなさい

殺しますよ。」



ウルテナ

「はい。行ってまいります。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る