政宗、朝鮮に渡る
飛鳥 竜二
第1話 渡海
空想時代小説
史実によると、政宗は文禄の役では名護屋城に残り、慶長の役で朝鮮に渡ったと記録されている。しかし、朝鮮での活躍は特に記されてはおらず、わずかに晋州城攻めに加わったという程度である。家臣の中に病が流行り、政宗にとっては思い出したくないことだったらしい。この物語は、私なりに空想を膨らませて書いたものである。
京都の町を政宗は、誇らしげに進んでいた。足軽は派手な金色の三角帽をかぶり、武者は全員が漆黒の鎧を身につけている。どの大名行列よりも見栄えのいい行列であった。
1592年3月、政宗勢1500は京都を出立し、肥前の名護屋へ向かった。朝鮮へは九州勢が渡海し、優勢に進んでいるとのこと。政宗勢は遊軍の立場であり、気楽な進軍であった。
名護屋についてからも屋敷をあてがわれ、日々待つことだけが日課となった。成実だけは暇をもて余し、毎日遠駆けをして、うさを晴らしている。政宗と小十郎は、連日のように太閤の宴席に呼ばれ、今までの合戦の話の相手をさせられた。小十郎は、政宗のいる前で太閤から誘われる始末だった。
「のう、小十郎。わしはお主の力をかっておる。お主の智略は、如水に劣らぬものだ。どうだ、10万石でわしにつかえんか?」
小十郎は、前に座っている政宗の背を見ながら答えた。
「ありがたきお誘いですが、太閤さまは拙者をかいかぶっておられます。拙者の策は、奥州の地でのみ通用するもの。黒田殿のように全国を俯瞰しての策はたてられませぬ。奥州の大名の一家老が拙者の身分相応と考えております。太閤さまの元には、黒田殿をはじめ、石田殿、大谷殿といったすぐれた方々がいらっしゃいます。拙者は皆さまの足下にも及びませぬ」
太閤は、ふつうならば機嫌を損ねるところだが、家臣をほめたたえる小十郎に悪い気はしなかった。
「小十郎、10万石損したな。政宗、お主の領土から10万石譲ってやってはどうだ?」
「ははっ、しかし、そこまでの余裕はありませぬ。今は、新しい土地の整備にあたっているところですので、落ち着きましたら・・・」
「そうであったな。会津の地を離れたばかりだからの。無理はないの」
政宗の返答に、太閤はやや不満だったが、朝鮮の戦果が漢城(ソウル)まで進軍したことを聞き上機嫌だったので、それほど不機嫌にはならなかった。
ところが、翌月、幸州山城(ヘンジュサンソン)の戦いで敗れ、漢城の兵糧庫が焼かれるという知らせを聞いて、太閤の機嫌は悪くなった。名護屋に待機していた東国の諸侯は援軍として渡海することとなった。対馬までの海はなごやかだったが、そこからプサンまでの海は荒れた。
「小十郎、外海はいつもこうなのか?」
「成実殿、拙者も外海は初めてでござる」
「海はいやだな。陸地で馬を駆っている方がわしには合う」
と言いながら、成実は舳先に向かい、ゲロを吐いた。陸では荒武者であっても、海では形無しである。
プサンに着いて、しばらくしてから東海岸の蔚山(ウルサン)に進軍するように指示を受けた。また、船に乗るが海岸沿いに進むので、それほどつらくはなかった。
蔚山では、城にこもっている義勇軍の掃討が目的だった。平地から土をもった高さ10間(20m)ほどの平山城である。敵は鉄砲を持っていないので、鉄砲を撃ちかけると離散していった。進むと矢がとんでくることもあったが、正規の兵ではないので、正確性は低い。斬り合いになっても、歴戦の強者ばかりの政宗勢にかなうものではなかった。1日で蔚山城を攻略した。
蔚山城には宇喜多勢が残ることになり、政宗勢は黒田長政とともに、蔚山とプサンの中間にある機張城(キジャンソン)に向かった。ここに水軍の城を造ることになったのだ。政宗勢はここに1ケ月ほど滞在した。もっとも、毎日が石運びや土のう積みなので、
「わしは土方か!」
と成実が怒っていた。しかし、政宗や小十郎は黒田家の石積みの技術を学ぶいい機会と考えていた。船で一刻(2時間)ほどのところにある西生浦倭城(ソソンポワソン)は築城の名人加藤清正が造っていた。ふもとから高さ50間(90m)ほどの山に竪堀ならぬ竪石垣が造られていた。その異様な姿は目を見張るものであった。
5月に入り、プサンの西方、金海山(キムメソン)にいる浅野長政・幸長勢が敵に包囲されている知らせがあり、政宗勢が援軍として向かうことになった。
金海に着陣すると、本丸だけに浅野家の旗が立ち、中腹から下は敵の支配下になっているようだった。どうやら兵糧攻めにあっているようだ。まずは、敵情視察だ。敵の陣取りや兵数を確かめるべく、忍びである黒はばき組の者に物見を命じた。こちらは少数なので、旗を立てずに隣の山に陣取った。食事の際に煙をたてるわけにはいかないので、食事は干物が中心となった。機張城では新鮮な魚ばかり食べていたので、粗食になってしまった。
「小十郎、さっさと攻め込まぬか? 鉄砲を撃ち込めば敵は逃げていくのではないか?」
「成実殿、今度の相手は正規軍ですぞ。そんなに簡単なものではござらん。まずは、物見の報告を聞いてからです」
「そんなもんかの?」
成実は、いつも小十郎に言いくるめられていた。
翌日、小十郎のもとに物見の報告が集められた。評定の席で、小十郎から報告があった。
「敵の数はおよそ2000。陣は大きなものが4つ。東西南北にひとつずつで、本陣は北にあると思われます。北は攻めやすい平地からの道がありますが、他の三方は急ながけや坂があり、攻めにくい地にあります」
「数はほぼ互角だの。北の陣地に総攻めをすれば、簡単ではないのか?」
成実は相変わらず楽観である。
「そこが敵のねらいでござる。北側の陣には、さまざまなしかけがあり、突撃すれば落とし穴に落ちたり、石落としにあう可能性があります」
「それでは、小十郎どうすればよいのじゃ?」
成実はいらだった。
「殿、拙者の策を申し上げてよろしいですか?」
「もちろん、お主は奥州の一大名の軍師だからの」
小十郎は、政宗の嫌味な言い方にしかめ面をした。太閤の前での言い逃れを根にもっていたのかと思ったが、政宗の配下に残るための方便である。政宗も内心は許してくれていることはわかっていた。
「はっ、それでは、まず成実殿には200名ほどの兵で、北側の正面に対峙していただきます。攻撃はせずに、相手をなじってくだされ。もし、敵が出てきたら退いていただき、後ろにいる鉄砲隊にまかせます。まあ、島津の釣り野伏せの戦法でござるな」
「それはいいが、わしは囮か? いつもそんな役だ」
「まあまあ成実殿、声が大きい武将でなければつとまらぬ役目ゆえ」
成実は憮然としていた。
「敵が出てこない場合は、南側のがけを登っている原田甲斐殿が率いる100ほどが火をかけます。南側には兵糧庫があるので、敵は混乱すると思われます」
「混乱するだけで、北側が動かなければ何もならぬのではないか?」
「成実殿、話は最後まで聞いてくだされ、東と西に伏せている500ずつの兵が攻め込みます。北側に1000ほどの敵がいると思われますので、東と西は互角の戦いと思われます。北側の敵には、鉄砲隊が撃ちかけます。後方で戦いがあり、正面から鉄砲で撃ちこまれれば、敵も動かざるをえないでしょう。敵が東西に応援を出したならば、こちらは槍隊を先頭にし、落とし穴をさぐりながら進みます。石落としには竹でできた盾を先頭にしてすすみます。急坂ではありませんので、勢いはそんなに強くないと思われます。殿には後方で弓隊の指揮をお願いします。殿はすぐに前線に出たがりますので、決してそれはなさらずに」
政宗は、小十郎にくぎをさされ、ふてくされ顔になった。
未明に東・西・南に伏せる兵は、音をたてずに潜んだ。夜があけて、成実が200ほどの兵とともに、北側の陣にせまった。そこで、大声でどなった。日本語で言ってもわからないはずなのだが、成実はお構いなしにどなり声をあげた。
「われは、奥州一の荒武者、成実なるぞ! 力ある者ならば、わしと相手せい! どうせ、だれも出てこられんだろ! この意気地なしども!」
と言っていたら、門があき、一人の武者が出てきた。すごく大柄な武者で6尺(180cm)はあるだろうか。5尺3寸(165cm)の成実と比べると、明らかに一回り違う。それに大きな青龍えん月刀を持っている。三国志にでてくる関羽雲長の武器である。ただし、見た目は張飛翼徳に似ている。馬を右・左に動かし進んでくる。避けたところに落とし穴があるのだろうということは、だれにでも推測できた。成実は、短槍を持っているが、とても太刀打ちできるものではない。相手をできるかぎり引き付けて、馬の首を返した。敵の武者は少し追ってきたが、罠と気づいたのだろう。馬をとめた。そこに鉄砲の嵐。あっけなく倒れた。
敵は一人しか出てこないので、手はずどおり南側の原田勢が兵糧庫に火をかけた。敵に混乱が生じてきた。東と西の陣でも斬り合いが始まった。北側の陣から応援に行く姿も見られた。そこで、、政宗は総攻めを命じた。成実の部隊が槍で落とし穴を見つけていく。先ほどの武者が避けたところを突けば、土や草が落ちていくのですぐにわかる。落とし穴に落ちた兵は一人もいなかった。石落としもゆるい坂なので、かわすことが容易だった。後方からの弓の攻撃の効果もあり、先陣の成実の部隊は難なく敵の門まで到達することができた。
土手や壁の上から弓でねらう敵がいると、小十郎率いる鉄砲隊が仕留めた。命中率はかなり高い。成実勢が門を破ると、いたるところで斬り合いが始まった。そこに本丸から浅野勢も下りてきた。敵ははさみ撃ちにされ、右往左往している。中には、がけを転がり落ちる者までいた。昼には戦が終わっていた。味方の損害はほとんどなく、けがをした者が数名いただけである。この戦の勝利は、浅野の方から太閤に知らされた。このところ負け続けだった秀吉軍は久しぶりの勝利で、大いにわいた。太閤からは感状が政宗に届けられたのである。
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