「気象予報官正木裕太」サブタイトル「異常気象」

高山長治

第1話

今年は例年になく、台風が多いように思われる。それも進むコースが、変則的な動きを示している。

やはり地球温暖化による、異常気象というものか。

本来であればこの時期、めったに日本には来ない。それが、四月、五月と立て続けに我が列島を通り過ぎていった。この時期の発生状況であれば、太平洋の赤道付近で発生し、フィリピン方面へと向かうか、台風には育たず低気圧となる。

過去二十年の記録を紐解いても、四月から五月にかけて日本列島に来たものはない。

だが、今年は違っていた。列島を直撃したのである。それも、二ヶ月続けて来たのだ。

人は、これを想定外と言う。

それ故、これが平常といえるだろうか。地球温暖化の影響は、この日本における異常気象での台風だけではない。アメリカ本土を襲う大型のハリケーン、さらには地球上の氷河の溶解、南極大陸の凍土減少、それに地球規模での砂漠化など。挙げたら至る所で蝕まれているのだ。

しかし、テレビや新聞が報じる解説に、人びとは感心を示さず、誰しもが耳の穴を通り過ぎるだけだった。それが意に反して、この六月にさらにどでかい勢力の台風がやってきたのだ。それも、日本列島を縦断するように駆け抜け、甚大な爪痕を残して行った。あまりにも信じ難い出来事に、民衆は驚きとともに不安を助長しだす。あらぬ噂が列島を駆け巡る始末となった。

「こんなことが、あっていいのだろうか・・・・・」

正木裕太は、真剣に考えていた。さりとて自身は、こんな異常な気象を専門に学んだわけではないし、過去のこの時期の台風の発生状況を子細に調べたわけでもない。ただ、日本国内で騒がれていることから、単に結びつけて異常気象と感じていただけなのかもしれない。もちろん、自身の記憶を遡っても、このような現象に遭遇した覚えがなかったことも事実だった。したがって、テレビ局の気象予報担当としての立場から、漠然と観ていたに過ぎないのかもしれない。

しかし、気象予報を都度発表するうち、やはりどこかおかしいとなったのだが、それ以上に掘り下げ考えていたのではなく、さりとてどのような原因で、このような事態が起きたのか追及したわけでもなかった。したがって、このよう頻発する異常ともいえる現象も、放映した直後には、その被害状況に悲観の声が巻き上がるが、およそ当事者以外は長くは皆の記憶に留まらず、やがて他の興味の引く話題に関心が移り行く。また、正木自身の危惧もそれ以上のものにはならなかったが、胸の奥に棘のように刺さっていた。

それはただひとつ、一般人と違っていたのは、正木自身の職業が気象予報官であったことである。彼はいたって真面目な性格の男である。その態度は、仕事一筋と言っても過言ではない。さらに、携わる気象予報チームの中心を担っていたのだ。

日々のルーティンワークの決まった仕事をつつがなく遂行し、当たるか当たらないか分からぬが、とにかく当日の天気の予測をする。それと併せて一週間程度の予想も発表するのだ。これらの予測は、それなりの機材を使って正確には調べてから、それぞれ予測を組み立てる。

正木にとって、やり慣れた仕事だ。彼にしてみれば幾年とやってきたことであったし、それなりの自信を持っていた。気象予報官としてのキャリアもあり、自身としてのプライドでもあった。ただ、自然界が相手のため、正木が予測した予報が、すべて中ると言うことはではない。外れることもある。

本人にしてみれば、高度の技術をもって出した結論であっても、予測通りになるとは限らないのだ。所詮、人間がやっていることで、自然界のメカニズムすべてを解明しているわけではない。地球上で起きる現象ですら解明率は、たった四、五パーセントほどのものであり、海洋学あるいは宇宙理論へと広げて解明していったとしても、同じことが言えるのである。

そのような仕事とはいえ、自然界の動きの一部を捉えて予測を行ない、紙面や電波を通じて気象予報を流す。そのことを考えれば、天気予報が当たらなくても当たり前だとの共通認識があれば問題は生じないし、たとえ予報が外れたとしても、また多少のクレームが発生したとしても、大きな問題とはならないのだ。

だがしかし、予報として発表すれば、それを参考にする人たちもいる。その度合いは人にもよるが、なにかの目的遂行のための判断材料ともなれば、その重要性が増してくる。また、一ヶ月に一回とか、半年に一回程度の長期予報となれば、大半の人は、聞きはするが参考にしかしないであろうし、あてにするはずがなくなる。すると、気象予報など存在感が薄くなる。

しかし、この天気予報という気象予測が、自然界を相手に正確に把握することが難しいにも係わらず、珍重されているのも事実である。稲作農家にしてみれば、田植えの時期などや、営業職のサラリーマンにしてみれば傘の携帯など、なんだかんだと言われても、その確率の問題から、期待値に対する当たる割合が結構高いから重宝される。

それゆえ現在のように、人々は毎日出される予報を頼るのである。頼られれば、それに応えるため、より複雑な統計係数だけでなく、ありとあらゆる現象を科学的に捉え、総力を挙げて気象予報を導き出してくる。

したがって予報官としても、それなりの裏付けを持った予測であるならば自信を持って公開する。ところが今年に入って、過去の統計にもなく他の出力計数からも予測し得ないことが、生じていたのである。

それがこの五月、六月と日本列島を直撃した台風であった。

その意味からすると、正木に対して難問を投げかけられたようなものだ。単なる遊びの予定が中止としたというような簡単なことではない。特に農家にとっては一大事のことだった。

それはそうだ。いまどき台風が来ることなど、統計学上から見ても予想だにしなかったことだ。代々営んできた農家の彼らにとって前代未聞だったからである。それで、予報が狂ったことに戸惑いや非難が、テレビ局等の報道機関に殺到したのだ。

そのため、気象予報担当者及びスッタフを束ねる直属の牛田部長が、正木ら部下を集めて叱責した。

「お前らの予測がもっと正確なら、こんな大問題にはならなかった。いったいどうする心算だ。どう責任をとるのんだ!」

ずれ掛けた眼鏡を直そうともせず、腹の出た身体で鼻を膨らませ、さらに拳で机をたたきながら、正木らに雷を落とした。それも見当違いの雷である。

「正木課長、お前は課長という立場にありながら、この台風の軌道を正確に把握せず、結果的にこれだけの大被害を発生させてしまった。お前がこのコースを的確に把握し予報として強調し流しておれば、今回被害にあった農家も大方損害を受けずにすんだんだ」

「それを正木、君はそのことを怠ったばかりか、惰性で気象予報を報道してしまった。その責任を、どう取る心算だ!」

失態を擦り付けるがごとく、こんこんと正木を攻めた。叱責されるがままに首を垂れるが、内心では反発する。

「なにを言ってるんだ。だから、あれだけ提言したはずだ。いままでの統計数字からすれば、日本列島を直撃することなどない。ところが、今回の台風はちょっと違う。だからもっと気象予報発表でも他の報道の機会にも、この異常事態を積極的に知らしめるべきだと。あれだけ部長に進言したではないか」

「それを真剣に受け止めず、なんのアドバイスも手当てもしなかったし、我々の意見など聞く耳を持たず、世間体と役員の顔色ばかりを窺っていた。部長は『役員の意向のまま修正せず報道しろ』と言ったではないか。それをいまになって、己の行った軽率な発言を棚に上げて、俺らに責任を擦り付けるなんて。なんと、理不尽なことだ」

気が治まらないのか、さらに心内で叫ぶ。

「本来であれば、適切な判断を下さなかった部長自身、己の非を認め詫びなければならないはずだ。それを、しゃあしゃあと責任回避するなんて。くそっ、なんてことだ!」

「だから、あれほど言ったではないか。我らの意見に耳も貸さず、それをいまになって、『お前が悪いだの、お前の未熟な調査のため、不適切な気象情報になってしまった』などと、いい加減なことを言い、この俺に被を擦り付けようとしている・・・・・」

「なんと、姑息なことをする奴だ」

考えれば考えるほど、腹が立ってきた。

「このまま黙って、泣き寝入りしなければならないのか。どうして、この俺が責任を取らねばならぬのか?」

「いや、それよりむしろ現実を直視しなければならないのではないのか。責任の擦り付けをやっているときではない。そんなことをしていても、現実に起きた惨事は、回復しないのだ。むしろ、このような甚大な被害が二度と起きないように、また最小限に防ぐための気象報道のあり方を、喫緊に探らなければならないはずだ」

「何故、このような異常事態が発生したのか。また、それに対する被害を防ぐための方策など、ありとあらゆる対策を見直すべく、直ちに特別チームを編成して取組まなければならないではないか」

「それをこの風見鶏部長は、ただ責任回避のための言い訳しかしない。こんな部長になんとしたことか。そんな風に、部下の責任だと押し付けて、あたかも己の指導に落ち度がなく正しかったとし、その指示に従わなかった我らが今回の事態を招いたような言い訳をして、その矛先を俺に向けるとは・・・・・」

正木は、胸中で言葉を詰まらせる。

「うむ、許すことは出来ん」

心情は煮え返るような思いになっていた。

時として己の立場が危うくなると、誰でも本能的に自己保身へと走ってゆくものだ。

「それが、今回のようなことなのか。・・・・・風見鶏部長の取る態度なのか」

「あまりにも、身勝手な話ではないか」

「いくらなんでも、指示に従って動き、なんの落ち度もなかった者に責任を転嫁し、自分の顔を隠すなんて。上司たるもの部下の誤りに対して、自ら身体を張ってカバーしてくれるのが筋ではないのか」

「予報が外れたことは、素直に謝らなければならない。それは、当然のことだ。自然界の変化を予測することは非常に難しいが、要求されていることに対して、どれだけ期待に応えられるか。いい加減な調査や気持ちで取り組んでいるわけではない。精一杯、出来ることは究極まで探査し、あらゆる方法を使って臨床し確証を掴んでから予測として予報を流している。それでも、外れることはある」

「自然界のメカニズムを完全に捉えることは不可能だが、それに近づけようと科学的根拠に基づいて、最大限の努力をつぎ込んでいる。それでも確率論からいって、予測が狂うことだってあるのだ」

「気象予報には、その狂いがある。ましてや、台風の動きや発生状況などは、ある程度の正確さまでは捉えることが出来るが、完璧に予測することは非常に難しい。それでも、逐次変化する状況を伝えてゆくことが使命なのだ。今回の季節外れの、台風の日本列島直撃はそのものである」

「それによってもたらされ、被害にあった農家や商店街の方々には、本当に申し訳ない気持ちで一杯だ。が、それにも関わらず、責任を他人にそれも直属の部下に擦り付けようとする部長の行ないを許すわけにはいかない。それも、こんな醜態は、今回が初めてではない。なにか違いや不都合が生じれば、ことごとく部下に責任を転嫁しているのだ。いまや、その繰り返しである」

まさに、今回がそうであった。

「日頃、我々のような部下に対して、『なにかあったら、おれが責任を取ってやる。だから思いっきりやってくれ』と、言っていたではないか。それを、いざとなると平気で覆す。それでいて、役員連中にはしゃあしゃあとおべっか使っているんだから。こんな上司についた俺ら部下は、たまったものではない。・・・・・部長が取るべき非難の矛先を俺らに向けるとは」

「くそっ、なんとかならんか・・・・・」

脂ぎる姑息な部長の顔が、脳裏に蘇ってきた。

どうにもならない息どおりが、正木を包み込んでいた。

「俺らを、もてあそんでいるのか。特に奴は、俺を標的にして攻撃を仕掛けてきているのか。ああ、こんなことが何時まで続くんだ」



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