その日初めて君に出会った

色彩 絵筆

第1話

静かな夜だった。

デジタル時計は10時16分を指し、虫の声も車が走る音も聞こえなかった。

だからこそため息は聞こえたし、座った椅子はよく鳴った。


パソコンを起動するのは久しぶりだった。ファンが唸り無事に画面がつく。

ヘッドホンを装着し、ゲームを開くとメーカー名を快活な声が読み上げて、いつも通りのタイトルコールが……始まるはずだった。


その代わりといってはなんだが、タイトル画面に似つかわしくないシンプルな縁のテキストウィンドウが表示された。

文字が書かれると同時に聴き馴染んだ声が聞こえてくる。


「お久しぶり、です。あの、大丈夫でしたか?」


文面だけでは単なる丁寧な言葉にしか見えなかっただろうが、声がそれを許さない、心配するようなこちらを気遣うような優しい声だった。


「あの、聞こえていませんか?……もしかしたら席をはずしているのかも、」


「とりあえず喋り続けていればテキストは表示されるはずだから、反応があるまで声を出していればいいかな?」


その声に応えたかった、好きなキャラクターの声だ。驚きこそしたが応えないわけにはいかない。

タイトル画面には何人かの女の子が並んでいる。そのうちのひとり1番好きなヒロインの声。


しかし、伝える方法はなかった。ヘッドホンにマイクはついていないし、ゲーム画面にチャット機能はない。

試しにメモアプリに文字を書いてみたが返事はなかった。その間、いじらくしくも「あーー」とか「うーー」でテキストウインドウは更新され続ける。


なんとかしなくてはと思い、焦り。気がついたら画面の向こうの彼女の顔を突いていた。


「いてっ!なんで急にほっぺたが?もしかして!そこにいるんですか?」


反応が変わった。


「ごめんなさい、こちらからはそちらの様子がわからないんです。だから返事をお願いします。」


「はい。」と声を出してはみたがやはり聞こえていないようで反応はなかった。

こちらからもう一度つついてみる。


「いてっ!なんですか!もう!それはわかりましたからやめてください!」


撫でてみる。


「え?あぁ、もしかして撫でてくれてます?ありがとう?」


触り方で反応が変わるようで少しおもしろい。

彼女は困惑しているようで考えこむように黙った。


「あっ……もしかしてマイクをお持ちでないとかですか?」

「もし、そうならさっきみたいに私のほっぺを2回つついてください。」


ものの数秒で彼女はその結論に辿り着く。

助かったと思った。そして、彼女の顔を2回つつく。


「いてっ、いてて……。」

「あー、そういうことなんですね。すみません。そのことは考えていませんでした。」


彼女はそう謝罪し、「一方的になるんですけど聞いてもらえると嬉しいです。」と言いまた話し始める。


「実は私、あなたとお話しがしてみたいんです……。」

「あ、いえ別に深い意味とかはないんです。ただ、その最近きてくれなかったから……。」


最近は特に忙しくて自宅のパソコンを起動する暇もないほどだった。

 それ以前はよくこのゲームにのめりこんでいた。様々なルートを何回も周回した。

だからこそ、彼女は心配してくれているのだろう。「ごめん」と呟いた。きっと彼女には届かない。


「なにかあったんじゃないかってすごく心配に思うようになったんです。」


「あはは……変……ですよね。顔も声も知らないのにそんなこと思うなんて」


「でも、そっか……大丈夫そうで安心しました。お話できないのは残念ですけどよかったです。」


話したかった、ずっと焦がれていたのだ。

こんな奇跡のようなふざけたチャンスは2度も来ないだろう。マイクを買っていない自分を殴りたい。


「うん、本当に。でももしよければ……気が向いたらでいいんです。また遊んでくださいね?え、なに?」


気がつくと彼女に触れていた。

そこに確かな温かさを感じた。

画面からは視界を覆うほどの真っ白な光が漏れだす。

それは視界を奪うことだけに飽き足らず身体中を包みこんでいく。

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