樹人

ロ口

第1話 始まり

「ねえ、お母さん。 今から何をするの?」

幼い少女は不安げに母親に問う。

「ちょっと体を調べるだけよ。 すぐ終わるから大丈夫。」

母親は少女の頭をそっと撫でる。 すると、無機質な音声が部屋中に鳴り響く。

『受診番号1021番様。 19番診察室へお入りください。 繰り返します…』

「呼ばれたみたいね。 行こう。」

「うん…。」

少女は母親に手を引かれ、診察室まで歩いていく。

10番…、13番…。 どんどん奥へと進んでいく。

19番。 着いたようだ。 大人はさほどの距離はないように感じるだろう。 だが、歩幅の小さい子どもにとっては長い距離であった。

母親はドアに向かって保険証をかざした。 するとドアが機械音を鳴らしながらゆっくりと開いていく。 開き終えるのを待たずに室内へ入る。

そこには白衣を着た男性が丸椅子に座っていた。

「こんにちは、上原さん。 本日は、樹人判定診断の受診で間違いありませんか?」

男性は母親に問うた。

「はい。 間違いありません。」

「(じゅじん…。)」

幼稚園で聞いたことがある。 樹人とは、人間の中から一定数生まれてくるという生物。 その姿は化け物の様で、脳裏に嫌でも焼き付く物であった。

頭部が半分しかなく、失われた部分には植物が生い茂っており、体中からは黒い液体が流れ落ち続けていた。 私はどうも黒い液体が血の様に見え、その姿がとても痛々しかった。 実物ではないが、絵本で描かれていた樹人の表情は虚ろ、しかしこちらに助けを求めているかのようで、見ていられなかった。

そんなことを思い出していると、男性と母親の会話が終わったらしい。

「美也子ちゃん。」

急に名前を呼ばれ、体が跳ねた。

「今から診査をはじめるけど、痛いことは一切しないから安心してね。」

「…分かった。」

「うん。 それでは、診査を開始しますのでお母様は外で待機していて下さい。」

「宜しくおねがいします。」

母親は一言、そう言って診察室から出ていった。

「ここに横になってね。」

「うん…。」

そして私は薄い板の上に体を横たわらせた…。




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