01-4.乙女ゲームのヒロインと遭遇する

「妹ちゃんは例外か?」


 フェリクスは面白くなさそうな声で言った。


「俺たちの邪魔をするかもしれないのに」


「そんなことはしないだろ」


「わからないだろ? ダニエル。お前、そんな甘いことを言ってるから、何度も危ない目に遭ってきたじゃねえか」


 フェリクスの言葉を聞き、嫌な記憶を思い出したのだろうか。


 ……気分が悪くなることを言いやがる。


 ダニエルは思わず舌打ちをした。


「思い出したくもないことを言うな」


「あぁ、悪かったよ、ダニエル。そんな顔をするなよ。何も警戒しないから、つい、心配になって言っちまっただけだからさ」


 フェリクスに悪気はなかったのだろう。


「……知ってる。フェリクスは心配性だからな」


 ダニエルは素っ気なく返事をした。


 同性同士でも子を成すことができるこの世界でも、男女の交際というのは清き正しいものであるという認識が残っている。


 偏見は少ないものの、貴族の中には同性との交際は遊び感覚で行い、家同士の交友でもある婚約や結婚は異性間で行うことが多い。


 それが貴族社会の常識だった。


 それだけならば、ダニエルは苦手意識を表には出さずに乗り切っていたことだろう。


「別のところを探そうぜ」


「……アレを放置して殿下の迷惑になるわけにはいかないだろう」


 ダニエルは今にも倒れそうな顔色をしていた。


 露骨なまでに態度に出るようになってしまったのは、幼い頃、平民出身の元使用人に暗殺をされかけたことや、手籠めにしようと企む元使用人たちに触れられたこと経験があるからだろう。


 それらの多くは未遂で終わっているのは、フェリクスがダニエルを救出することが多かったからだろう。


 もっとも、フェリクスはそれ以上のことをダニエルにしているのだが、それに対する恐怖心は不思議なほどに残らなかった。


「自力で何とかするだろ。それよりも酷い目つきをしてるぞ」


「そんなに酷いか」


「おう。今にも他人を殺しそうな顔をしてる」


 ダニエルはフェリクスの腕を掴んだままだ。


 縋るような仕草になっている自覚はないのだろう。


「放っておけよ。アレの主はお前じゃねえんだろ?」


 普段は喧嘩腰になることが多いが、ダニエルの仕草に気付いているのだろう。


「ダニエル。お前が気にするような必要はねえよ」


 フェリクスは気にすることでもないというかのようにダニエルを宥める。


「大丈夫だ。安心しとけ。俺が一緒にいるだろ?」


 幼い頃から一緒に居ることが多いからか、それとも、ダニエルを手籠めにしようと邪な思いで近づく大人たちを追い払ってきた経験からだろうか。


「それとも、俺が処理しちまうか?」


「それはダメだ」


「は? なんでだよ。今まではそうしてやっただろ?」


 わざとらしく目立つカティーナの思惑に勘づいているのかもしれない。


「……あんな奴を触る必要はない」


「ふうん。まあ、ダニエルがそういうならいいけど。近寄る必要もねえからな?」


「言われなくても。アーデルハイトに何かがない限りは近寄らないよ」


 フェリクスの手段は知っていた。


 巧みな言葉で誘い出し、様々な免罪を押し付けてしまう。


 そして、それが免罪だと誰にも知られないままに処理されていく。


 とても乙女ゲームの攻略対象の一人とは思えない手段だった。


「それがいいと思うぜ。まあ、空いてるところにでも――」


「お兄様! どちらにいかれますの? わたくしはお兄様と朝食を食べると決めておりますのよ。カティーナが教えてくれなければすれ違うところでしたわ!」


 フェリクスの言葉を遮ったのはアーデルハイトだった。


 ダニエルと共に朝食をとる予定と公言していたこともあり、アーデルハイトはダニエルを追いかけてきていたのだ。


「お兄様?」


 アーデルハイトの声に振り返る。


 彼女には悪気はない。


 ただ、少々空気が読めないだけである。


「妹ちゃんには悪いんだけどさ。ダニエルは俺と飯を食うんだよ。妹ちゃんもユリウスと二人の方が嬉しいだろ? だから、わざわざ兄妹で食事をする必要もねえと思うぜ? 俺たちも婚約者同士の二人の邪魔をしたくはねえしさ。なぁ、ダニエル。そう思うだろ?」


 それに対し、フェリクスは選択肢を奪うように言葉を並べる。


 一方的な言葉に対し、アーデルハイトは不愉快そうな表情を浮かべていた。


「そうだな。兄妹で食事をする必要はないだろう」


「な? ダニエルもそう言っているんだ」


 フェリクスの言葉に少々考える真似をしてから同意をする。


 ……アーデルハイトには悪いとは思っているが。


 食堂は乙女ゲームのイベントが起こりやすい場所の一つでもある。


 ヒロインの行動選択肢の中には食堂という場面が含まれていたことを覚えていた。


 特別なイベントではない日常動作の一つだったはずである。


 それを避けるのには越したことがない。


 もちろん、アーデルハイトの破滅を回避する為には同行するべきなのは頭では理解をしている。


 ……それでも、フェリクスと一緒にいたい。


 しかし、ダニエルも恋をしているのだ。


 ……フェリクスの言葉に便乗させてもらおう。


 想い人とヒロインの接触を防ぎたいという気持ちが強くなってしまうのは仕方がないことだろう。


「妹ちゃんも兄離れをする良い機会だろ?」


 フェリクスの言葉に対し、アーデルハイトは納得がいかないと言わんばかりに頬を膨らめる。


 普通ならば、幼く見える行動も、気の強そうな顔立ちをしているアーデルハイトがすると威圧感が出る。


「アーデルハイト。殿下の前で子どものような言動は控えるべきだ」


 子どものような言動ですらも、悪役令嬢の行動に繋がってしまう。


 乙女ゲームの悪役令嬢としてのアーデルハイトの言動は、想いを寄せている婚約者の気を引きたくて仕方がない子どものようなものが多かった。


 それが煩わしいと拒絶され、徐々にヒロインに対して怒りを向けるようになっていく。


「婚約者として相応しい振る舞いをするべきだ。わかってくれるだろ?」


 それを知っているのは、ダニエルだけだ。


 だからこそ、ダニエルはアーデルハイトを守るために忠告をする。


「そのような言動はしておりませんわ。わたくしはお兄様とユリウス殿下と三人で食事をしたいと申しておりますのよ。それのどこが子どもなのですか?」


 今のアーデルハイトの表情は、ヒロインと衝突をする前のものと同じだった。


 構ってほしい、自分を見てほしい、そう訴える子どものように見えてしまうのは、溺愛をする兄の欲目だろうか。


 それを受け入れるだけが愛情ではないことをダニエルもわかっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る