夜の入り口(2)
――ヴォルフが行きつけにしているバーがあるという情報に、さらに複数の伝手からの裏付けを得て、マンジが乗り込んだのはその二日後だった。
周りから攻めていけないのであれば、懐に――ヴォルフたち当人に聞いてしまうのが一番早い。色々調べていく中で大迷宮以外の場所に積極的に出歩いているのはヴォルフだと分かっていた。そして行きつけのバーの話を聞いたとき「ここだ」とアタリを付けた。
ヴォルフ本人に接近してうまく話を聞き出せれば、それで良し。行きつけの店なら店員らに何かを話している可能性もあるので、それを引き出せれば良し。ある程度長期戦も覚悟の方向で行くつもりだったのだが――
(……なんでいきなりおるかの……)
バーに入った瞬間、ヴォルフがカウンター席についているのを見てマンジは面食らう羽目になった。確かに裏こそ取ってはいたが、まさかこんな早く対面することになるとは。
――だが裏を返せばチャンスでもある。
動揺を悟られないようにして少し離れた席に座り、酒を注文する。そこからさも偶然気づいたように見せかけて話しかける。座っていても独特の気を放つヴォルフに若干蹴落とされそうになりながら話を進めていった。
だが、マンジが自分の名前を出した瞬間――
「マンジ……ふむ、聞いたことあるな。確か“流し”であちこちうろちょろしてるって聞いたが――合ってるか?」
――背筋に一瞬、冷たいものが走る。こちらのことを知られている? まさか。
落ち着け、とマンジは心の中で言い聞かせる。自分ももう何年もあちこちをうろついている人間だし、知り合いだって多すぎるぐらいだ。誰かから自分のことを聞いてたっておかしくはない。そう必死で思わせる。
「ほう、ワシも有名じゃのう。“千里眼”のヴォルフに名前を覚えてもらえるとは」
「本当に少し話に聞いた程度だがな。仕事に
(……「隠し球」も把握済みか? まあおかしくはないが……)
人前ではあまり使わない――というより「使えない」――自分の「隠し球」の存在に言及され、マンジの違和感はさらに膨れ上がる。とはいえ全く想定できない事態でもないし、話をとりあえず続ける。
「妙とは心外じゃのう。れっきとした
「だろうな。どうも滅多に使わんようだし。……しかし、その術も対して使えんのならなんだって坊主の格好してやがるんだ?」
「……まあ色々あっての。しかしこの酒思ったよりうまいのう。普段飲んでるのと値段もそう変わらんのに――」
「ワンダのことだろう?」
――グラスに口を付けようとしていたマンジの動きが、思わず止まる。ふと横を見るとそこには獲物を追い詰めた狩人が座っていた。それが先ほどまで隣に座っていたヴォルフだと気づくのにマンジは少し時間を要した。
「……何のことじゃ?」
「とぼけるなよ。この一週間ちょっと俺やレクスたちの評判をそれとなく聞いて回ってるヤツがいるってのは聞いてるぜ。ついでにいうとこちとらある程度ギルドにも伝手が効くんでな。お前がこないだワンダが出た討伐の仕事に参加してたのも把握済みだ」
――嫌な汗が背筋を流れるのを感じる。何もかも筒抜け――いやその可能性にすら至らなかった自分が恨めしい。そして瞬間、また別の予感が頭の片隅をよぎる。
ひょっとしてここに来たのも――
「まあ、興味があるのは俺やレクスたちの可能性も――というのも少し考えてたが、今の様子を見るとほぼ確定だな。ついでに言うとここの場所の噂を流したのも俺だ。お前さんが数日前に話した蜥蜴竜の知り合い――あいつにもし俺について探りを入れてきたらそれとなくここのことを話していいと言っておいてな」
あいつめ、しれっと――と内心で毒つくマンジを意に介さず、ヴォルフは続ける。
「もし本当にワンダに興味があって色々調べているようなら間違いなくここらで接触してくるだろうなとは思っていたが――まあこんなに早く来てくれるとは思わなかったぜ。いくら常連とはいえさすがに何日も酒場に入り浸るのはゴメンだからありがたいが」
マンジは故郷のおとぎ話を思い出していた。ヴォダラ教の神様と地の果てまで行けるかどうかの賭けをした猿の魔物。彼は難なく地の果てまで行き、印を付けて戻ってくるが、彼が印を付けた場所は神様の手のひらの上だった――
――今も同じだ。自分の足から力が失われていくのをマンジは感じる。
「――ぐ、はははははははは!」
――と、固まるマンジの前で、ヴォルフが大口を上げて笑い出した。わけが分からないまま固い笑いを返すマンジの肩を叩きながらヴォルフは微笑みかける。
「まあ、そう固まるなよ――お前さんが悪いやつではないとは聞いてる。まああれだ、ここならまず邪魔も入らないし、お前さんさえ良ければこの間のワンダの様子を聞かせてくれないか? ――なんならこいつもおごってやるよ」
そう言って自分のグラスの中の穀物酒を指差してくる。マンジは完全に観念するしかなかった。
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