取引(1)
「……なんであんたらがここにいんのよ」
「いや、お前さんがここで働いてると聞いて……というかなんじゃその格好」
レイシアの格好を見たマンジが思わず目を丸くする。レイシアが身につけているのは周りで忙しく動き回っているウェイトレスたちと同じ格好。スカートの丈やそでは短く、胸元は大きく開いたひどく露出度の高いものだ。
「何ってここの制服に決まってるじゃない。従業員の」
「用心棒じゃって聞いたぞ」
「まあ用心棒っちゃ用心棒ね、どっちかって言うと
そう言ってレイシアはフロアのほうへと向かっていった。ワンダたちがレイシアの向かった先を見ると、ひげ面の男がウェイトレスの腕を掴んでいるのが見えた。見たところ
レイシアは男に近づいて一言二言話しかける。男は最初は聞いていないようだったがやがて立ち上がって今度はレイシアに掴みかかろうとした。だいぶふらついてはいるものの、身体はレイシアよりも遙かに大きく力強い。ぱっと見の印象だけならレイシアのほうが分が悪いだろう――そして実際、勝負は一瞬だった。
男がつかみかかった瞬間、レイシアは素早く身を躱し、男の腕をひねり上げ地面に倒していた。頬を床に擦り付けられながら男が無様に手足をばたつかせる。男が倒れた瞬間、周囲の席からは歓声が上がった。
やがて、どこからか現れた大男が男をつまみ上げて店から放り出した。半ば呆然と一連の光景を眺めていたワンダたちの元にレイシアが戻ってくる。
「ごめんなさいね話の途中で……どうしたの驚いた顔して」
「いや、まあ……さっきのはなんじゃ」
「この店そこそこ大きいし、客も色んなのが来るからあたしみたいのがウェイトレスの仕事も込みで回ってるのよ。それこそ喧嘩とか起きたときはさっき出てきた店雇いの用心棒が対応するんだけど」
「な、なるほど……」
服の乱れを直しながらレイシアは淡々と回答した。息一つ上がっていないところを見るにさほど珍しくない事態なのかもしれない。
「――で、何の用?」
「いや、まあ、その仕事の話を持ってきたんじゃが……
「仕事? あんたらが?」
レイシアが訝しげな目線をこちらに向けてきた。うっかりワンダは思わず目をそらしてしまいかけるがどうにか持ちこたえる。
「……せっかく来てもらったけどお断りよ。第一仕事中だし」
「で、でしたら待ちます! というかお店利用します!」
「あんたね……」
レイシアはしばらくこちらをにらみ付けていたが、やがて小さくため息をつく。
「……客じゃ追い出しづらいわね。いいわ、とりあえず今日はあと二時間ぐらいで終わるから。そのあとなら聞いてもいい」
「あ、ありがとうございます……?」
レイシアは返事代わりに一睨みして、仕事に戻っていった。ワンダたちは改めて席へと腰掛ける。
「ちょ、ちょっと怖かった……」
「ワシもじゃ。まあひとまず話は聞いてくれそうじゃし第一段階はクリアでええじゃろ」
大きく息をついたワンダに、マンジが言葉をかける。シエルはすでに席にあったメニュー表を広げ、何を頼むか考えているようだ。
「話は聞いてはくれそうですけど……引き受けてくれますかね? 今日はそんなに機嫌も悪そうじゃないですけど」
「そこはまあなんとかなると思う。今回だけじゃがエサも用意してあるしの」
「エサ……?」
ワンダが聞き返そうとする前に、マンジはシエルから渡されたメニューを見て何を頼むか思案し始めた。ひとまず今は色々と待つしかないらしい。ワンダは観念して、騒がしい店の中をぼんやりと眺めることにした。
「……今週末にイースビルの町まで、商会の従業員と商品を護衛。距離的にはギリギリ行って帰ってこれるところだから日帰りの仕事になる――内容的にはこんなとこ?」
「ああ、ついでにいうと商会の従業員は一人だけだから荷下ろしも手伝ってくれとのことじゃ」
約束した通りの二時間後。満月街の小さな飲食店の中にワンダたちの姿はあった。仕事終わりで何か食べたいというレイシアの希望を叶えた形だ。夜もだいぶ遅くなのもあって、客の姿はまばらである。
「急な仕事じゃから先方も報酬もそこそこ上乗せしてくれるとの話じゃし、魔物もおそらくそんなには出ないじゃろうから仕事も楽じゃろ。一つ人助けと思って引き受けてくれんか?」
「人助けって、ねえ……」
レイシアは眉間にしわを寄せながら返事をする。
「確かにその日は何も予定無いけど……」
「お! じゃあやってくれるか!」
「お断りするわ」
「何でじゃ!?」
「言ったでしょ、あたしは一人がいいの。誰かと組むのはイヤ」
レイシアは皿の上の料理を口に運ぶ。プラウジアでも作られている
「イヤってなあ……」
「第一なんでよりによってこないだと同じメンツなのよ。はっきり言って良かったって記憶も無いし――特にそこのヤツ」
レイシアが手元のスプーンでワンダを指し示す。
「アンタもこいつのせいで死にかけた側でしょ? なにしれっとメンバーに加えてるのよ」
「そうは言うても腕が立つのは確かじゃし。面白いじゃろ?」
「あたしは面白くないわ」
レイシアの口調はいつぞやと同じくらいのトゲトゲしさになりつつある。マズい雲行きだとワンダは思うが、ことの推移を見守ることしかできない。
「悪いけど、このメンツじゃイヤよ。あんたとそこのスカーフもそこまで信用できないし、メガネ女に関しちゃ背中を預ける気にならない。申し訳ないけどよそを当たって欲しいわね」
やはり自分の存在が最大のネックか――とワンダは内心ほぞを噛む。うっすら予想はできていたことだが、直接口に出されてしまうと応えるものがあった。
「……まだ数日あるし、あたしじゃ無くてももっと都合の付くヤツ見つかるでしょ。それじゃね」
「ちょ、ちょい待ってくれ!」
皿の上の料理を食べ終わったレイシアが出て行こうとしたところで、マンジが止めにかかる。
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