昼下がり(1)

 太陽が空の一番高いところに上るころ、あちこちに散っていた探宮者エクスプローラーたちは、ウッドラ村落に戻って来ていた。昼食のためだ。


 昼食はギルドと依頼をした村持ちになっている。村の広場には炊き出しのスペースが用意され、探宮者エクスプローラーたちがたむろしていた。


 戦いの場から少し離れ、温かい食事を取りながら談笑する彼らの雰囲気は和やかだ。討伐は昼を過ぎて夕方まで続く予定になっている。今の所順調ではあるが、何が起きてもおかしくはないのがこの仕事だ。皆それぞれの方法で英気を養っていた。


 そんな活気に満ちた広場から、少し離れたところ。


 村の建物の裏側、陽の当たらないところでひっそりとうずくまっている影があった。ワンダだ。


 大半の探宮者エクスプローラーたちはすでに昼食を受け取って食べ始めているが、ワンダの手元には何もない。代わりに杖を両手で握りしめながら縮こまっている。頭の奥の方では理性が食事を取りに行くようにと囁いているが、身体が動かない。空きっ腹ではあるはずなのに、食欲が湧かない。


 代わりに先ほどのレイシアの言葉がループし続けている。


 ──何もできないなら出てくんな──


 杖を握りしめた手がより一層固くなる。力が入らないはずなのに両手が杖から離れない。


 実際のところ、頭の片隅ではそれほどのミスではないと分かってはいる。探宮者エクスプローラーなら誰でもあり得るレベルの突発的な事態。それでもそこからのリカバリが効かなかったという事実が重くのしかかる。


(──戻ってくるべきじゃ、なかったのかな)


 地面を見ながらそんなふうに考えてしまう。


 自分の今までを、全て投げ捨ててしまわなくてもいいのかもしれない。そう思えたから――思いたかったからここまで来た。けれど――全部幻想だったのだろうか。


 ――ダメだ。このままでは戦えそうに無い。迷惑をかけるとわかってはいるもののステラさんに話して午後からは外してもらうしか――そう思いかけた矢先――


「おう、こんなとこにおったか」


 頭上から聞き慣れた声が響く。ワンダが重たい頭を上げるとマンジが両手にお椀を持って立っていた。隣にはシエルが紙袋を持って立っている。


「えっと……」

「戻ってくるなりふらふらどっかに行ってしもうたから探しておったんじゃぞ? ほれ受け取れ」


 そう言って手に持ったお椀の片方を差し出した。お椀の中には肉や野菜が入った琥珀色のスープが湯気を立てている。


「…………」

「あー……見た感じだいぶ食欲無さそうじゃが食ってもらわんと、食わんと午後から動けんぞ?」

「…………」


 口が、身体がうまく動いてくれない。マンジが頭をボリボリと掻いて天を仰ぐ。


 ──と、次の瞬間マンジのそばで様子を見ていたシエルが動いた。袋の中からパンを一つ取りだし、ワンダの手を取って持たせる。


「え、えっと……?」


 突然手を取られて動揺するワンダを尻目に、シエルはこちらをじっと見つめて小さく息を吸う。その様子にどういうわけか少しだけ背筋がピリピリとする感じを受けた。


「──これを、食べて」


 ――瞬間、先程まで全く食欲が無かったのがウソのようにパンに食らいついていた。自分でも思った以上に空きっ腹だったのか。ただただ手の中のパンを口の中に進める。気がつけばあっという間に渡されたパンは胃袋の中に消えていた。


「……ずいぶんえらい食欲じゃの」

「いや急にお腹が空いてきて……ってあれ、これって……」


 少し冷静になってから気づく。なんだか覚えのある味だったと。


「お、おお。確か朝から先回りして来てた班のやつが、自分の店で作ってるパンを差し入れに持ってきたらしいぞ。確かオーツとかいうたか」


 ああ、そうか。オーツさんもこっちに来ていたのか。顔を見なかったのは先行していた別の班だったからで――


 瞬間、不意に涙がこぼれだした。


「お、おい大丈夫か!?」

「えと、あの、その」


 慌てて袖で涙をぬぐう。けど瞳からはあいも変わらず涙が流れ続け、そのうち喉の奥から嗚咽までせりあがってきた。無理にでも飲み込んでやり過ごそうとする。


 けれど無理だった。


「う、あ、わあああああああん!?」


 涙が、嗚咽が、堰を切って溢れ出す。なけなしの理性は完全に決壊していた。そばで慌てふためく二人を尻目にワンダはその場で延々と泣きじゃくり続けた。






「……なにやってんだあいつら」


 ワンダたちがいる建物の裏手、そこから少しばかり森の中へと向かったところ。


 鬱蒼と茂る木の上から、彼らを見ている影があった。レイシアだ。


 片手に抱えているのは昼食用にもらったパンと、空のお椀。中のスープは先程飲み干して、今はパンを齧っている。


「あんなガン泣きして……なっさけな……」


 泣きじゃくるワンダを見ながら小さく吐き捨てるようにつぶやく。


 泣くのは弱いやつのやることだ。そして弱いやつは一緒にいる人間の身も危うくする。しかもあの程度であんなになるのでは、到底この世界でやっていけるわけがない。


 ――あいつらもあいつらだ。たまたま組んだというだけであって、ただの他人でしかないし、今日の仕事が終われば顔を合わせることもほぼ無いだろう。放っておけばいいのだ。そのほうが自分の身も守れる。


 そうだ、弱いやつに居場所なんてない。能力があるものしか、強いものしか、グレイルでは居場所を作れない。


 ――そのはずなのだ。


 幾重にも折り重なった木の葉の間から、日の光が漏れている。ほんのりと薄暗く湿り気のある木の上。迷宮ほどではないにしろ、落ち着く空間だ。


 抱えていたお椀を足の上に乗せ、少し伸びをする。あともう少ししたら、下へと戻らなければならない。


「……なにやってんだろ、あたし」


 不意に喉の奥から漏れ出た声は、ほんの少しだけその場に留まって、すぐに消えた。

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