閃くは銀の風(1)

「やっぱり少ないんですね」

「何がじゃ?」


 村を出発してから数分、ワンダたちは鬱蒼とした森の中をひたすら進んでいた。普段から近隣の住民が入っているからか、道も広く進みやすい。そんな森の中を一列になって進んでいる最中に、ワンダは不意に気になって口を開く。


「今回の討伐に参加してる人数です。あちこちからかき集めて十二人ちょっとなんて……」

「ゴブリンは金にならんからのう」


 魔物から取れる毛皮等の素材や体内で生成される魔石は探宮者エクスプローラーにとって重要な収入源だ。しかし一方でそうした金になりづらい素材のみしか落とさない魔物も少なくはない。


 ゴブリンもその一つだ。対処の面倒さに対して取れる素材は魔石に加えて爪や内蔵のみ。そしてこれらは収入的な旨味が少なく、面倒さと秤にかけると面倒さのほうが重たくなってしまう。結果あまり積極的に相手にはしない探索者も少なくは無い。


 ましてや今回の討伐はウッドラ村落ではなく複数箇所に渡っているらしい。

 

 他の箇所ではもう少し稼ぎのいい魔物が出没しており、そちらの方を希望する探宮者も少なくなかったと思われる。報奨金を増額するにも限界があり、結果としてこちらの村落に振り分けられたのは半引退状態だったワンダたちを含めて文字通りの寄せ集めばかりだった。


「ワシもできることなら別のところが良かったからのう……こればっかりは戦力とか諸々勘案しての割り当てじゃし」

「そんなに言うならそもそも受けなきゃ良かったじゃない。“流し”なら、今ならそれこそ大迷宮の方も繁忙期だからそっちの仕事もあるでしょ」

「まあそうじゃが、ステラには普段から色々世話にはなっておるしな」


 レイシアの問いかけに相変わらずマイペース気味にマンジが答えた。レイシアはせかせかとした足取りで足を進めている。多少良くはなってきているが機嫌はまだ悪いらしい。


「それに金にならん言うても普段よりは少しばかり多くもらえるからな。ギルドの仕事なら信用も上がるし、そう悪いことばかりでもない」

「あっそ……というか先導、アイツでいいの?」


 そう言ってレイシアが指を差したその先には、シエルの姿があった。手には先程ステラから手渡された、ゴブリンの巣穴と思われる場所の位置が記録された地図を持っている。


「この中なら斥候させるならあいつじゃ。心配せんでも腕は確かじゃから安心せい」

「そう言われてもね……」


 レイシアの声が聞こえているのかいないのか、先頭を行くシエルはずんずんと進んでいく。


 多少歩きやすいとはいえ、足元はそれほど良くないはずの森の中でもその足取りは淀みがなく、不思議なことに音も殆ど立てていなかった。その動きを見ながらワンダはある人物のことを思い出す。


(体型とかはだいぶ違うけど……ヴォルフさんみたいだ)


 レクスのパーティにいた時分、斥候役を務めていたのはもっぱらヴォルフだった。


 迷宮内という障害物も少なくない場所。そこでのヴォルフは常に淀みなく、音すらほとんど立てないような動きをしていた。大柄で年配者であるヴォルフと、男性としては小柄な部類に入るシエルの動きとを単純に比較はできないが、極めて近しいものをワンダは感じていた。相手になるべく悟られず、近づくことを目的とした狩人の動き。


「……でも、動きが違いますね確かに」

「お、分かるか。そこの女とは見る目が違うのう」

「口縫い合わすわよエセ坊主」

「ちょっと知り合いに似た動きしてるんで……全く一緒ってわけじゃないんですけど」


 実際シエルの動きはヴォルフほど年期を重ねて洗練されたものではない。それでもワンダと年もそう変わらないほどなのに、十分に堂に入ったものに見える。


「シエルさん、結構この世界入って長いんですか? まだお若いようですけど」

「ああ。あいつと会ったのが四年ぐらい前で、その二年ぐらい前から運び屋ポーターとして働いとったようじゃ」


 運び屋ポーターとはパーティに付き添って迷宮内に入り、物資等の運搬をする者たちのことだ。少人数パーティだと迷宮内で持ち運べる物品もそう多くは無いので、こうした運び屋を雇って物品を運搬させるところも少なくない。ここから下積みで入り、そこから本格的に探宮者エクスプローラーになる者たちもいる。


「キャリア六年として……今いくつなんです?」

「確か二十ぐらいじゃったかな」


 ワンダと一つしか違わない。いやそれよりも十四歳からこの界隈で仕事をしていることにワンダは驚いた。


 というより――


「……あれ、そもそもギルドに登録できるのって基本十六からじゃ……?」

「マンジ」


 前方を歩いていたシエルが、口のところを指差しながらつぶやいた――喋りすぎ、ということらしい。


「……そこはまあ聞かんのがマナーじゃ。そうじゃろ?」


 シエルに申し訳無さそうな視線を送ったあと、ワンダにそう返した。慌て気味にワンダも首を縦に振る。


 探宮者エクスプローラーになる理由はそれこそ人によって千差万別だ。中にはのっぴきならない理由からならざるを得ない人間も当然いる。お互いの境遇に突っ込みすぎないのはこの界隈での暗黙のルールだ。


 ――と、シエルが腕を掲げて突然止まり腕を軽く上げた。どうやら「止まれ」とのことらしい。


 ワンダが前方に目をやると林の奥の方に土の壁とそこに空いたひび割れのような横穴が目に入った。しゃべるのに夢中になっている間にどうやら目的の場所についていたらしい。


「ワンダ」


 前方の光景にワンダが突っ立っていると、いつの間にかしゃがみこんでいたシエルが呼びかけてきた。見ると他のメンバーもすでにしゃがみこんでいたので、ワンダも慌ててそれに続く。


「あそこか……さっさとやっちゃいましょ。例の支給品あんたが持ってるのよね?」


 レイシアがいう支給品とは煙玉のことだ。穴蔵などに投げ込んで相手を燻り出すのに使用する。シエルは手のひらを前に出して首を横にふった。「待って」ということらしい。


 不満げなレイシアをよそにシエルは懐から小さな望遠鏡を取り出した。それで穴蔵の中へと向けてしばらく眺めてから、取り出した念紙を他のものの方へと向ける。


『見張り いる 一人』

「見張り……ああそっか……でもいたとしても燻り出しちゃえば問題ないでしょ」

『どうせなら 利用する 動けなくして 道 狭くする 穴 そんなに 大きくない 出てくる 数 減らせる』


 それだけ言って(というか出力して)からシエルは腰のポーチから針を取り出し、手の甲のボウガンにセットした。それを穴蔵の中へと向ける。


 次の瞬間音も無く針が発射され、穴の中へと吸い込まれた。すかさずシエルが望遠鏡を穴蔵へと向ける。


『当たった しばらく 動けない はず』


 シエルが他のものへと向けた念紙に文字が出力される。同時にシエルはマンジに支給された煙玉を手渡した。


「よし、それじゃあこいつを投げ込んで出てきたやつをワシとレイシアが迎え撃つ。シエルとワンダは後ろから援護してくれ。ええな」


 マンジのざっくりとした指示にワンダとシエルが頷く。だが――


「――必要ない」

「へ?」


 次の瞬間、レイシアがマンジの手から煙玉を強奪し穴蔵の方へ向かって投げた。煙玉は綺麗な放物線を描いて中へと吸い込まれる。


「あ! お前!?」

「スカーフ! 一度に出てくる数は一体か二体ぐらい?」


 シエルが小さく首を縦に振った。そしてすでに立ち上がっているレイシアに向かって念紙を突き出す。


『入り口 そんなに大きくない 倒れてる 見張り 邪魔 たくさん 一時に 出てこれない』

「一体ずつ出てくる感じか……」


 煙が穴蔵の中に充満し、次第に外にも漏れ出てきた。それと同時に不快な叫び声もまたこちらに近づいてくる。


「お前さんちったあ……」

「――足音の数からして五、六匹? 取り囲まれたらちょっときついけど……」


 マンジの言葉にレイシアは反応しない。身体のあちこちを伸ばしたりしながら穴蔵のほうをじっと見つめている。不快な金切り声の大音声はすでに周囲を塗りつぶしつつあり、こちらの緊張感を容赦なく煽る。


「──天におわします我らが主神よ。我らの姿が見えるならば、祈りの声が聞こえるならば、疾き足と敏き目の加護を授けたまえ」


 細身の剣を抜き放ったレイシアが聖櫃アーク教の主神へと祈りを捧げた瞬間、身体が淡い光に包まれる。身体強化の加護を得るための祈り──そこに混ぜこまれた言葉に、ワンダは効果を限定する意味があると気づく。


 法術による加護は腕力等基本的な身体能力を底上げし、その効果はかける側・かけられる側の魔力や信仰の度合いで変動する。


 だが特定の言葉を入れることで術の範囲を限定すれば、魔力等がそれほど高くなくてもそれなりの効果が期待できる。この場合は「疾き足」と「敏き目」──すなわち速度と動体視力のみに絞った強化だ。


 ──煙の中からゴブリンが飛び出してくる。暗い緑の表皮にやせっぽちの体、それに対して大きすぎる頭。手にはあちこち刃こぼれした石の鉈が握られている。


 数は今のところ四匹。まだ距離こそあるが、殺意に満ちた金切り声を上げ、ワンダたちに向けて全力疾走してくる。その様子を見ながらレイシアは口元を不敵に歪ませた。


「──討ち洩らしがいたらあげるわ。いたらだけど」

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