エクスプローラーズ・ドロップアウト ‐リタイア少女探宮者、ワケあり同業者と再起を図る‐
霧崎圭
終わりと始まり(1)
「――そいつはまるで黒い嵐だった」
――小さい頃、おじいちゃんの話を聞くのが大好きだった。
毎晩わたしを寝かしつけるためにおじいちゃんが話してくれた色んな昔話。中でもお気に入りは昔
「まあ実質的にはそんなに変わらんし、ワシのころにはもうほとんどが『大迷宮』に潜るだけの『
よく分からないけれど、とりあえずうなずいておく。
「まあいい、続けるか――うっすらと紫の光を放つ黒い鱗に全身をおおい、蛇のように長い首。目の前を覆い尽くしてしまうような大きな翼で空を舞い、口からは火を吹いた。そして何よりとても賢かった――ヒトの言葉を介したのだ」
大きな2つの山脈と海に囲まれた大地、プラウジア。その北にある「大迷宮」の一つ、フロスト=グレイルという場所に現れた特別な魔物――邪竜スマウグとそれをやっつけた六人の仲間の話。
朗らかなリーダー格の剣士、レナード。
冷静で狙った獲物は逃さない、銃使いのヴォルフ。
お調子者で手癖は悪いけれど凄腕の斥候、ホビットのパック。
半エルフの酔いどれ僧侶、キリアン。
立ち入り禁止地域への手引きをした王国の騎士、ロータス。
そして――魔術師の腕は確かだったけど貧乏で
みんなが狙っていたのは「
これに目をつけたのがおじいちゃんたち。みんなそれぞれの理由でお金を必要としていた。そして、同じく食い詰め気味だった貧乏貴族のロータスの手引きで立ち入り禁止区域内に入り、こっそりお宝を持ち出そうと考えたのだ。
当然、スマウグを倒そうなんて考えてなくてお宝だけ持ち出して後は逃げるつもりだった。ところが当然そうは問屋がおろさず、いろいろなアクシデントが重なっておじいちゃんたちはスマウグと相対することになってしまった。そしておじいちゃん曰くそれはもうとにかく頑張った結果――奇跡的にスマウグを活火山の火口に突き落とすことに成功した。
無事住処が戻ってきたドワーフたちは感謝のしるしに本来おじいちゃんたちが盗むはずだった宝物を送った。当初の事情はどうあれ、一躍ヒーローになったおじいちゃんたち。その後あるものはたくさんの金銀財宝と名誉を背負って故郷に帰り、あるものは
スマウグをどうやって倒したかはおじいちゃんが話すたびオチ以外の部分が微妙に変わってしまうから分からなかった。本人も無我夢中で覚えていないからかもしれない。それ以外の話も細部が話すたびに変わったけれど、仲間たちの話や、スマウグと相対する決意をした瞬間の話だけは絶対に一字一句変わることはなかった。
お話が終わって、眠りにつく前にわたしはいつもおじいちゃんに聞いた。
――わたしもがんばって魔術が使えるようになれば、おじいちゃんみたいな冒険ができる? 一生憶えているぐらい、大事な友だちが出来る?
引っ込み思案で、住んでいた村でもひとりぼっちだったわたしはそうたずねる。そんなとき、いつもおじいちゃんはほんの少しだけ微笑んでいった。
――ああ、なれるさ。お前さんには間違いなく才能がある。わしの次にな。
そうしてわたしはおじいちゃんに頭を撫でられながら眠りにつく。夢の中でわたしは気の合う仲間と一緒に冒険をする夢を見る。
おじいちゃんが死んでからも
住んでいる小さな村ではおじいちゃんから習った魔術はほとんど役に立たなかったけれど、わたしにとっては自慢だったし、それを役立てないまま終わらせてしまうのはおじいちゃんと過ごした日々がこの世界から消えてしまうように思えた。だから――
――一緒に来てくれ、ワンダ
彼にそう言われたとき、わたしはほとんど着の身着のまま村を飛び出した。予感があった。きっとなにかが変わる――そんな予感が。
けれど――
(――どうしてこんなことになっちゃったんだろう)
プラウジアに数箇所存在する「迷宮街」の一つ、サン=グレイルの
その隣で営業しているダイナー「太陽の盃亭」の片隅。そこで、一人の少女が身を縮こませていた。
ツヤの無い茶色の髪の毛を三編みのおさげにしてまとめ、緑の目には大きな丸メガネ。小柄な体はホビットかドワーフかとからかわられるぐらいには小さく、身につけた深緑色のマントにすっぽり覆われてしまう。マントと同じく深緑色の三角帽は、微妙に大きくて頭のサイズに合っていない。
少女――ワンダは下を向き唇を噛んでいる。ギルド本部の建物からほぼ「直通」のこのダイナーは、夕方にもなると仕事を終えた
――ワンダはある種の荒々しい活気に満ちたこの時間帯が好きで、苦手だった。
元来寂しがり屋なのもあるし、その日によって色んな表情を見せる店内の人たちを見ているのは楽しかった。けれど同時にあまりに騒がしいのは苦手だったし、ふとした瞬間に出る冷え冷えとした空気は、ワンダが思わず身を縮こまらせてしまうのに十分だった。
この瞬間もワンダはそれほど大きくない身体を一際小さくして、席に座っていた。無論大音声に満ちた周囲のせいもある。だが同時に今この場における話し合いがあまり愉快なものではないというのもあった。
ましてや――この場の主役が自分であるというのも。
「――よし、いいかなワンダ」
陰鬱な場の空気を割って、よく通る声が響く。燃えるような赤毛に人の良さがよく出た顔立ち。身体の各所を動きやすいような軽装の鎧で覆っていて、傍らには鞘に入った短めの剣を立て掛けている。
彼の名はレクス。ワンダの所属する
「とりあえずもう一日考えてほしいと言って、昨日は解散したわけだけど――やっぱり、その――考えは変わらない?」
ワンダは声を出さず、ただ首を縦に動かす。その何度も勇気づけられるような気がした青年の顔がさらに曇り、ワンダは胸が詰まるような思いがする。
「……こないだの事を気にしてるなら考えすぎだぞ」
レクスの隣にいる初老の男――ヴォルフが重々しい声を響かせる。白髪の混じる銀の髪に、しわの他に多くの傷跡が刻まれた顔。年の割には大柄な体は真っ黒な鎧で覆われている。傍らには大きな銃が立てかけられていた。
「この通りダリアの嬢ちゃんのおかげでピンピンしてる。多少残る傷もあるだろうがいまさら一つ二つ増えたところで対して変わりゃしないさ」
「そうです。私の法術による施術は完璧ですから。むしろ以前よりよく動くようになったのでは?」
ワンダの隣に座っているダリアと呼ばれた女性が淡々とした口調で答える。声と同じく怜悧で変化に乏しい表情。黒い女性用の修道服越しからでも分かるような絞まった身体を姿勢良く座らせている。
「……改めて言いますが、今回の一件に関してはあなただけの責任ではありません。私も含めて全員少しづつ判断を誤った。あなた一人で背負おうというのはあまりにも傲慢が過ぎます」
「ダリア、その言い方は――」
「黙っていてください」
ダリアにピシャリと言われてヴォルフが黙り込む。口調は確かに淡々としてキツいように見えるがその時々に応じてだいぶ違いがあるのはワンダにもうっすらと分かっていた。そして今日はだいぶ声色が柔らかいのも。
ダリアだけではない、ここにいる全員が自分のことを慮ってくれている。そのことは素直に嬉しい――けれどどうしようもなく今のワンダには耐え難かった。
「――無理なんです、もう」
ワンダは消え入りそうな声を絞り出す。それがこの数週間の間に彼女の中で出てしまった結論だった。
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