第6話 広がる活動範囲

「あなたたち、一体何をしているの」

 仙月シェンユェの声に私たち3人は現実に引き戻された。

「翠蘭様の髪を整えに行ってから、全然戻って来ないから」

「も、申し訳ございません!」

 紅花ホンファ若汐ルオシーは慌てて頭を下げる。

「怒らないであげて。私の書いた小説を二人に読んでもらっていたのだから」

「小説? もしかして翠蘭スイラン様が近ごろ書いておられたものでしょうか」

「そう」

 私は一篇を仙月に渡す。紅花と若汐に読んでもらったおかげで、この世界の人に見せることに抵抗を感じなくなっていた。元々、ネットで不特定多数に向けて公開するのが日常だったのだから。

「……」

 戸惑いながらも仙月は目を通し始める。その頬が徐々に紅色に染まり、やがて。

「翠蘭様ぁっ!」

 仙月が爆発した。

「い、いいい、一体何を書いておられるのですか! こ、これは艶本ではございませんか!」

「うん」

「うん、じゃございませんっ!」

 仙月は顔を手で覆い、息を荒げている。

「え? そんなに興奮した?」

「何をおっしゃっているのですか! 皇后ともあろうお方が、こんな下世話な、破廉恥な……!」

(えー……)

 ちょっと、カチンときた。私は悲しげに袖で顔を覆う。

「陛下に相手をしてもらえない心の隙間を、空想で埋めるのはそんなにいけないこと? 私は切ないこの気持ちを、自ら慰めることすら許されないの?」

「……っ」

 私の言葉に、仙月はぐっと黙る。

 やがて彼女はふーっと息を吐くと、いつもの落ち着いた口調に戻った。

「わかりました。ですがこのことはあまり大っぴらにされぬ方がよろしいかと。私どもだけの秘密になさってください。翠蘭様の威厳にも関わりますので」

「いろんな人に読んでもらって感想もらうのダメ?」

「翠蘭様!」

「感想もらえなきゃ、寂しくて死んじゃう。陛下に構ってもらえないのだから、せめて他の方からちやほやされたい」

「ぐっ、ですが……!」

「じゃあさ、ペンネームで発表するならどうかな?」

「ぺんねーむ?」

「えっと、筆名? 小説を書く時だけの、秘密の名前」

 それなら、元の世界とやってることは同じだ。

「例えば……、朱蘭ヂュランとか」

 元の世界の名前『朱音』から一文字、今の名前の『翠蘭』から一文字。

 仙月は額に手を当てしばらく考え込んでいた。やがて諦めたように口を開く。

「……翠蘭様が書かれていることを、決して口外しないのであれば」

「やたー! ありがとう、仙月!」

 私はうきうきと、書いたものを仙月に見せる。

「それからね、これ、出来れば束ねて書の形にしたいんだ。その方が読みやすいでしょ? やり方教えて」

「それならば、専門の者を手配いたしましょう」

「ありがとう、仙月!」

 仙月は困ったように笑った。

「翠蘭様がこんなに楽しそうにしておられるお姿を見るのは、初めてでございます。それをお咎めすること、この私にはできません」

「仙月……」

 私は仙月にハグをする。

「私の側にいるのが、仙月で良かった」

「……。勿体ないお言葉でございます」

 仙月から手を離し、私は彼女の顔をのぞき込む。

「ところで、さっき読んだ私の小説、どうだった? 感想聞きたいなぁ」

「それはお答えいたしかねます!」

 生真面目な仙月が頬を赤らめている様子は、ちょっと可愛かった。


『朱蘭』の名で書いた小説は、またたく間に後宮で評判となった。

 皇帝の持ち物として集められたものの、皇帝の寵を得るのは香麗シャンリーただ一人。時間を持て余した若い娘たちの心に、私の書いた刺激強めの恋愛小説は滑り込んだのだ。

「書を手元に置いておきたい」という宮女も多く、写本も作られるようになった。

 紅花や若汐を始めとする私付きの侍女たちには「作家・朱蘭の大ファン」という風を装い、感想を聞いて回ってもらった。

 届けられる多くの好意的な感想に、私の筆は更に乗る。

(元の世界で同人活動してた時より人気じゃない? 楽しい!)


 多くの人の目に触れるにつれ、感想だけでなく要望も届くようになっていた。

蜻蛉アキツ様は素敵だけど、もっと可愛らしい少年との恋愛が読みたい」

「線の細い貴人に登場してもらいたい」

「素直になれないひねくれた男の、自分だけに甘い作品が読みたい」

「学問に夢中だった老学者が、初めての恋に目覚める物語が読みたい」

(ほほぉ……)

 紅花たちの持ってきたメモに目を通し、私はついつい笑ってしまう。

 ショタ好きに王子系に、ツンデレに枯れ専と来ましたか。

 どの時代、どの世界でも、性癖は色々あるのだなぁと実感した。

(っしゃ、書くか!)

 リクエストには応えたくなるのが物書きのさが

 0からキャラを作り出すのはなかなか大変だが、私には高田朱音だった頃にプレイした数多の乙女ゲーの知識がある。

(えぇと、ショタ好きの間で人気だったキャラと言えば……)

 複数のキャラを思い出し、それの良いところ取りをした上でさらにアレンジを加える。

 作家・朱蘭の描く男たちのバリエーションは、どんどんと増えて行った。

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