隣の空き部屋 5

 あの晩から数ヶ月が経過しました。暫くの間、夜眠る時も明りを点けっ放しにして、なかなか寝付けない日々が続いていましたが、霊を一喝したのが効いたのか、明るくしていたのが良かったのか、その後は特に何事もなく。野良猫と戯れながら、平和な日常を過ごしました。膝の上は温かいので、冬が近付くと猫は毎日そこで居眠りをしたがりました。部屋に入る時も、さりげなく自分の後に付いて家に上がり込もうとするので、「ダメでしょ」と入り口で追い返したり、時には抱き上げて外に出さなければいけませんでした。大家さんからは、野良猫にエサを与えないよう言われていましたが、コッソリ買って来た猫用のカリカリを食べさせたり、かつお節や魚なども分けてあげたりして、すっかり仲良くなりました。


 そんな日々を送っていたある日。一部屋挟んで隣の隣に住んでいるおじさんと、外で話す機会がありました。かなり前から住んでいるようで、事情通でした。話題は膝の上に乗せていた野良猫。自分とおじさんの部屋の間、隣の部屋に住んでいた家族が飼っていた猫なのだそうです。家族構成は、お婆ちゃんが一人、その息子夫婦、そして猫です。息子夫婦は仕事で海外に行く事になり、体の悪いお婆ちゃんと猫が日本に残ったそうです。お婆ちゃんはネットも出来ないし携帯もないので、おじさんが代わりに連絡役になってあげていたようです。ほどなくしてお婆ちゃんは他界。海外で仕事をしていた息子夫婦は日本に戻れず、葬儀にも出られなかったとか。部屋を片付ける人もなく、一年ほど借りたままだったようです。飼い猫が野良猫化したのも、その期間でしょうか。


 その話を聞いて、ハッとしました。あの晩、自分の部屋に来たのは、隣に住んでいた体の悪いお婆ちゃんだったのかなと。顔も知らない他人ですが、元飼い猫の面倒を見たお礼でも言いに来たか、どんな人間か様子見に来たか。隣の部屋から、壁を抜け押入れを抜け、悪い体を引き摺って、訪ねて来たのかも知れません。ただ、自分の感じた印象というか、体感的には、あれは「良いもの」ではなく「悪いもの」だったような気がします。物凄い狂気、殺気、寒気のようなものを感じましたし、追い払わなければ酷い事になっていたような気がします。何か言いたい事でもあったのか、恨みや無念を残したまま亡くなったのか。結局、分からずじまいです。

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