カロリープ

国士無双

カロリープ

気がつくと、身に覚えがない場所にいた。

どこを見渡しても辺りは一面真っ白。


意識はボヤっとしていて、

なんだかハッキリしない。

それに、体も重い。

いや、それはもともとか。

俺が考えるに、

…おそらく、ここは夢の世界だ。


「変わらないか?」


聞き馴染みのある声が後ろから聞こえた。

低音でありながら、

滑らかで聴き心地の良いイケメンボイス。

いや、よそう。

……間違いない。

その声は俺の声だ。


振り返って声の主を確認する。

そこには俺がいた。

正確には俺のような奴といった方がいいのだろうか?


しかし、決定的な違いはその体つきだ。

俺がプリンなら、コイツはチュロスだ。

俺よりも幾分かシュッとしている。


「あんたは誰だ?

……だろ?」


俺は開きかけた口を閉じる。

率直な疑問を投げかけようとしたが、

なぜか先読みされた。


ソイツは、はいはい、知ってるよ

という表情。

随分と煽り性能が高いドヤ顔だ。

どこで覚えたんだか。


「はぁ……情けない」


ソイツはため息をついて、

頭をポリポリとかいた。


「俺はあなたの良心だよ。

いや、本来のあなたと言うべきか」


俺の良心?ソイツはなんだか苛ついてる。

それと、どこか妙に演技くさい。

良心とは思えない口の悪さは、一旦スルーしよう。


「言っとくけど」

「ん?」

「このままだと、

あなたは初恋の相手である幼馴染にもフラれ、

生涯童貞、毎日のラーメンとビールで、

糖尿病になり突然死。

誰にも気づかれず、惨めに孤独死するぞ?」

「は、はい?」


切れ味のあるナイフが、

俺のハートにグサグサと刺さった。

通り魔にあったらこんな気分なんだろう。

幸い、俺のハートはガラスで出来ているので、

致命傷で済んだ。


……幼馴染か。

懐かしい言葉だ。

ショートヘアがよく似合う、芸能人顔負けの美少女。

そんな幼馴染が俺にもいた。

昔はよく2人きりで遊んでいた。

一応、今も同じクラスで話そうと思えば話せるのだが、お互いしばらく口もきいてない。


……こんな関係になったのはいつからだったか。

俺の体重増加と比例して、彼女との距離も増えていったような気がする。


今ではお互い高校生になったばかりの、年頃の男女。

そんな幼少期の初恋を引きずっているなんて、

彼女に知られたら笑われるかもしれない。


でも、ここ最近の俺は女子とロクに口をきいていない。

せいぜい、授業プリントの配布時に感謝を一言伝える程度である。

だから、そう……

仕方ない…よね?


その幼馴染に振られる?

挙句の果てに生涯童貞?

そして惨めに孤独死だと…?

……俺はそんな未来を信じたくはない。

でも、この通り魔の言葉にはやけに説得力がある。


……俺の姿をしているからだろうか?

もし、こいつの言う未来ぜつぼうが本当なら、

確かに良心というのも頷けるかもな。

こいつはそんな未来から、

俺を救おうとしてくれてる訳だし。


「くそ!今のでこんなに」


俺の良心ソイツはそう呟くと、

顎に握りこぶしを添えた。

俺が考え事する時、よくやるポーズだ。

上半身だけ見ると、オーギュスト・ロダンの彫刻と言っても差し支えないだろう。

やっぱり、コイツは俺で間違いないようだ。


そして、よく分からないが焦っている。

トラブル発生ってところか?

そういえば、よく見ると、

ソイツの体が最初より薄い。

薄いと言っても、

体の厚みが減っているとか、そういう訳ではない。

イメージだと幽霊とかその類いに近い。

体の色が薄くなっているのだ。


「とにかくだ、

これから先、何があっても前へ進め

それしかお前に未来はない。

俺は失敗したけどな。

チッ、……聞くべきだった」

「え、は?

急になんだよ。

てか、体大丈夫か?」


全くの意味不明だ。

…そこまでダイエットが大事か?

てか、こいつの体で失敗って…

未来の俺はボディビルダーでも目指してるのかよ。

そんなに過酷なダイエット、

俺には無理だと思うんだけど……


ソイツの体はドンドン薄くなっていく。


「…大丈夫だ。

この指輪は悪魔の指輪カロリング

……使い方は、まぁ、後になれば分かる。

じゃあ、…頑張れよ!」


ソイツはそう言って指輪を俺に渡した。

説明がやけに急ぎ足だ。


「なんだよ…これ」


安っぽい指輪だ。

でも、どこか見覚えがある。

…そうだ。

俺の幼馴染も昔、

これと似たような指輪をつけていた気がする。

昔は大人になったら結婚するなんて言ってたっけ。

今じゃ、高嶺の花と雑草だけど。


「……あれ、いない」


周囲を見渡しても誰もいない。

俺の良心アイツの姿はいつの間にか消えていた。





●決意の日●


目が覚めた。

近所のニワトリの鳴き声が聞こえ始めていた。


夢にしてはやけにハッキリと意識が残っていた。

ああいうのを明晰夢というんだろうな。

寝汗もかなりかいていた。

次に寝付くには、かなり時間がかかりそうだ。


「こりゃ、二度寝は無理だな」


やけに目が冴えてしまったので、

明日からのトレーニングメニューを考える事にした。

今日やらないのかという質問にはノータッチだ。


・腕立て伏せ100回

・上体起こし100回

・スクワット100回

・10kmのランニング


紙に明日からのメニューを一通り書き写した。

…どこかで聞いた事のあるメニューだが、関係ない。

あの主人公が強いヒーローになる為なら、

俺は最悪な未来を変える為だ。

そして、ショートヘアの美少女幼馴染をモノにしてやるのだ。


「よし、頑張るか」


そう言って、

俺は紙を壁に貼り付け、再びベッドに入った。


いつもより深い二度寝をした俺は、

朝から軽いランニングをする羽目になった。


●1日目●


まずは初日。

いよいよ、今日から始まる。

最悪の未来を変える為なら、俺は髪の毛さえ失う覚悟もある。

…さすがにそれは言い過ぎたが、とにかく本気という事だ。


まずは腕立て伏せから始める。


「いち……くっ!」

おかしい。

体を沈めたのは良いものの、起き上がらないのだ。


「…にっ!」


たったの一回で汗が溢れ出てくる。

一回一回がボディブローではなく、世界チャンピオンの左フックのように重い。


数年、たったの数年である。

数年間、体を動かしていないだけで、人はここまで衰えるのか…

自分の体の衰えの早さにゾッとしてしまった。


しかし、俺も男だ。

最悪な未来を変える為、ここで諦める訳にはいかない。


何とか、一通りのトレーニングをこなした俺は、ベッドに即ダイブした。

既に体のあちこちが悲鳴をあげているが、体に良い変化が起きている証拠だと信じよう。


寝つきがあまり良くない俺も、この日は数分で意識が消えた。


●2日目●


トレーニングを始めて2日目。

目覚めは良好。

案の定、全身は筋肉痛。

睡眠中も定期的に足が攣っていたので、このくらいの痛みは、ある程度予測出来ていた。

うむ。問題はない。

とは言え、ベッドから起き上がるのも、かなり苦労したの事実。


今日も昨日と同じトレーニングメニューをこなしたいが、とてもじゃないが出来る気がしない。

今までは何とも感じなかった、日常生活ですら体中に稲妻が走る。

昨日と同じトレーニングなんかしたら、

体を壊してしまう。

…そう、別に逃げてはいない。

戦略的休養日だ。


とはいえ、何もやらないのは気が引けるので、トレーニング量をそれぞれ10分の1まで減らし、こなした。

10分の1とはいえ、元々の量が多いので、

それでもかなり体に堪えたし、疲れた。

だが、とにかく続ける。

俺は変わったんだ。

この小さい一歩一歩が、未来を変える為の大きな一歩なのだ。

……そう、信じたい。


ここで余談。

俺はこれまで授業中に寝た事は無かったが、

この日初めて寝てしまった。

放課後の掃除当番をやる日が来るとは…

人生は分からないもんだな。


●2週間後●


トレーニングを始めて、2週間が経過した。

変な夢がきっかけにしては、なかなか続いている方だと思う。


俺の体は相変わらず、プリンのままだが、体力はついてきたんじゃないかと思う。

トレーニング量を減らさずに、こなせるようになったのだ。

睡眠時の足の攣り癖も治り、授業中に睡眠を取らなくても大丈夫になった。

ようやく、軌道に乗ってきたと言えるだろう。


こんなにもやりがいを感じたのは久しぶりだ。

2週間前の俺では信じらない事である。


●1ヶ月●


トレーニングを始めて1ヶ月。

1ヶ月と聞くと、

長く感じるが意外にもあっという間だった。

筋肉は時間すらも忘れさせてくれるのだ。

マッスル イズ タイム。


何か変わった事と言えば、

最近、周囲から

「痩せた?」

と声を掛けられるようになった。


確かに、以前と比べて

少し体が締まってきた気がする。

とは言っても、

まだまだプリン体型である事は変わらないし、俺と幼馴染の関係にも進展はない。

それでも、このトレーニングが俺の毎日の日課になってきているのは、素直に成長と捉えていいだろう。


俺がプリンからチュロスへと、進化する日もそう遠くないのかもしれない。


●6ヶ月●


「おはよう!

久しぶりだね。

何か、かっこよくなったよね」


トレーニングを始めてから半年、嬉しい出来事イベントが起きた。

聞き覚えがあるが、少し大人っぽくなった声。

声の主は例の幼馴染である。


そう。

なんと、彼女から声を掛けられたのだ。

しかも、かっこいいと褒められた。

声を掛けてもらっただけでも、奇跡に等しいのに、

褒められたのだ。

俺は存在自体忘れられていると、勝手に思っていたので、嬉しさもあるが、正直驚きの方が大きい。

…これは、ひょっとするとあるかもしれない。


とりあえず、明日から毎日彼女に挨拶をしてみようと思う。


●12ヶ月●


トレーニングを始めてから、一年が経過した。

トレーニングも順調に継続出来ている。

最近は食事にも、より気をつけている。

水分とタンパク質は多めに摂り、カロリーが多い食事はなるべく減らす。

理想的な体を作るには、まずは食べ物からだ。

俺の体は着実に、

理想の細マッチョへと進化し続けている。


そういえば、今日は重大な出来事イベントがある。

例の幼馴染と買い物をしに、少し遠出をするのだ。

…これはデートだよな?

素直に、前向きに捉えていいんだよな?

ここ数年、女子と出かけた経験なんてないから、さっぱり彼女の気持ちが見えてこない。


あの日以来、彼女と俺はよく話すようになった。

別に元々不仲って訳でもなかったから、これが自然と言われればそうなのかもしれないが、一年前の俺には想像も出来ない。

あの時の彼女は、俺を軽蔑したような目で見ていたように思える。

そう考えたら、これは大きな進歩だろう。


この日あたりから、

俺と彼女は一緒に下校するようになった。


●13ヶ月●


今日はトレーニングどころでは無い。


彼女が告白されている現場を見てしまった。

相手は3年生のサッカー部エース。

顔は男の俺からみてもイケメン。

俺と違って、どこへ行っても中心的な人物で、周囲からの信頼も厚い。

誰がどう見たって、俺が勝てる相手ではない。


…彼女に何と返事をしたのか、聞くべきだろうか?


●13ヶ月と1日●


いつもと変わらない彼女と下校中、

俺は切り出した。


「あのさ…」

「ん、なにぃ〜?」


彼女の様子はいつもと変わらない。

マイペースにいつもの通学路歩いている。

俺とは対照的に。


「昨日、見ちゃってさ」

「…何を?」


彼女の表情が少し硬くなった気がした。


「あの、何か、

先輩から…されてたじゃん?」

「あー… 覗いてたの?…趣味悪いぞ」

「いや、たまたま見えちゃってさ…」


少しの間、お互いに時間が止まる。

足だけは動き続けている。

彼女は少し早歩きになっていた。


「…それで?」


沈黙を先に破ったのは、彼女の方だった。


「え?」


一瞬、彼女の言葉が理解出来なかった。


「いや、結局君は私に何が聞きたいのかなーって…」

「あー…何て答えたのかなって」

「んー。知りたい?」

「…出来れば」


俺より少しだけ進んでいた彼女は、

俺の方へ体をクルッと振り返る。


「実はまだ何も返してないんだよね、保留にしてる」

「…あー、そうなんだ」


良かったと言っていいのか?

保留って事はOKの可能性もあるって事か?

もしかして、アイツが言っていたフラれるその時って今なのか?

ネガティブな考えばかりが、

俺の頭の中に広がっていく。


「君はどう答えてほしい?」


彼女を俺を真剣な目でじっと見つめる。

そりゃあ、決まっている。


「俺は、…断ってほしい。

…出来れば」

「ふ〜ん、そっか…

じゃあ、断ろうかな

えへへ。」


……よく分からないが、断るという事らしい。

結局その日の帰り道、彼女はずっとニヤニヤしていた。


それから一週間。

彼女が例の告白を断った噂というが、俺の耳にも届いた。


そろそろ、俺も漢気をみせなければいけないのかもしれない。


●15ヶ月●


彼女と付き合うことになった。

人生で初めての好きな女の子への告白。


段取りが悪く、言葉は詰まり、かっこ悪いのもいいとこだったが、彼女は告白を了承してくれた。


ふといつかの夢を思い出す。

あの夢は俺が変わるキッカケとなった、

大事なターニングポイントだ。

…とりあえず、最悪な未来は回避出来たのか?

夢に出てきた俺の良心アイツは、今の俺を見たらどう思うのだろう。

少しは見直すだろうか?


何があっても前に進め。

俺の良心アイツからの唯一のアドバイス。

その言葉を改めて胸に刻み、俺は今日のトレーニングを始めた。





ーーー





さらに時間が経った。

時が経つのは早いもんだ。

俺はあっという間に受験生となり、受験もいよいよ佳境に入った。

最近は彼女も、付きっきりで俺の勉強に付き合ってくれている。

俺の志望校はもちろん彼女と同じ大学。

かなりレベルが高く、俺の学力で合格するかは微妙なとこだが、日頃のトレーニングで身につけたガッツと愛のパワーで何とかしよう。


彼女はと言うと、高校での成績は優秀でひと足早く合格が決まっている。

いわゆる、推薦入試って奴だ。


とりあえず、今は勉強あるのみだ。





ーーー





結果から言うと、俺は不合格だった。

何度見ても、俺の受験番号は掲示板には載っていなかった。

周囲の喜ぶ声と冬の寒さが、俺の体には堪えた。


思えば、最近は上手くいき過ぎていた。

俺は浮かれていたのかもしれない。

こんなに挫折を味わったのは、久しぶりかもしれない。


数日後、

滑り止めの合格通知が家に届いた。

今はそれを喜ぶ事にしよう。

……それしか考える気力が起こらない。





ーーー





彼女にフラれた。


薄々気づいていた。

俺と彼女の大学はかなり離れている。

この先も恋人同士であり続けるなら、遠距離恋愛をしなければならない。


思えば、俺と彼女は毎日会っていた。

平日は一緒に下校し、最近では勉強会となっていたが、休日にはデートをしていた。


…誰よりも彼女を大切にしていた。

でも、それが裏目に出たのかもしれない。

彼女がいなくなるなんて、考えられなかった。

…きっと、彼女も同じ事を思ったのかもしれない。

この先、付き合い続けていると必ず辛くなると。


この日は一日中泣いた。





ーーー





俺は自堕落な生活を送るようになった。

一日三食はカップ麺で済まし、間食にスナック菓子を挟む。

日課だったトレーニングもやらなくなってしまった。


俺が太るのに一年もかからなかった。

俺は6ヶ月で元の体型に戻ってしまった。


鏡を見ても、プリン体型の情けない姿。

結局、俺は変わる事が出来なかったようだ。


「あれ、何だこれ?」


鏡に映った俺の手には、いつか見た指輪が握られていた。


そして、俺は意識を失った。





ーーー





今度は見覚えがある。

前回と同じで辺りは一面真っ白。


「うっ…」


突然だった。

頭に鈍い痛みが走り、次々と映像が浮かぶ。

こういうのを走馬灯というんだろうか。


しかし、走馬灯にしては違和感がある。

その景色1つ1つに、妙に既視感があるのだ。

…どうやら、これは誰かの記憶のようだ。

いくつか記憶を見て、その違和感の正体に気づいた。

いや、思い出したと言うべきか。


その記憶は全て俺のものだった。


そう、忘れていたのだ。

指輪コイツのせいで。

だが、数えきれない程の記憶が、俺にコイツの事を思い出させてくれた。


俺は指輪コイツを使って、ダイエットやりなおししていたのだ。

簡単に言うと、俺がやっていたのは人生を懸けたダイエットだ。


俺が大学生になった直後に痩せていれば、このダイエットやりなおしは成功。

そのまま、華やかな人生を続ける事が出来る。

失敗なら、今までやり直した分の記憶が戻り、この場所に戻る。

そして、また夢を通じて、もう1人の俺に指輪を継承する。

あの時の俺の良心アイツと同じように。

失敗した俺の人格は継承した時点で消え、記憶だけが、もう1人の俺に継承される。


そして、この記憶が正しければ、そろそろアイツが現れるはずだ。


「ゲームオーバー!!」


やけに楽しいそうな声だ。

どこかで見た、随分と煽り性能の高いドヤ顔。

全身青紫のソイツには、

背中に禍々しい翼が生えている。

コイツこそ、俺にこのやり直しをさせている張本人。

心から嬉しそうに、俺の前に現れたコイツは悪魔だ。

さっきのふざけた指輪を作ったのもコイツである。


「やり直しをって失礼だなー。

君が選んだんでしょ?

惨めな人生をやり直したいって。

だからこの|やり直しでチャンスをあげてるんじゃないか。

まさか、百回以上もやり直す事になるとは思わなかったけどね。アハハ」


何がアハハだ。

おまけにこのやり直しにカロリープなんてふざけた名前も付けてやがる。

カロリーとリープをうまく掛けましたってか?

人を舐め腐ってやがる。

…心底腹が立つ。

一発ぶん殴ってやりたい。

そんな怒りを何とか抑える。


「で?

今度はどう説得するの?

良心の次は神を名乗るかい?

未来の事を伝え過ぎても、継承の時間はすぐ終わっちゃうからね。

よーく考えてね」

「毎度毎度、忠告どうも。

別に記憶があるから言わなくてもいいんけどな」

「そう言う訳にはいかないよ。

後から文句を言われても困るからね」


神様ごっこってところか?

悪魔のくせによ。

まぁ、上機嫌なら都合がいい。


「継承の前に聞きたい事が3つある」

「はいはい、何でもどうぞ?」

「…言ったからな?」

「失礼だなー。

悪魔って滅多に約束を破らないんだけどな。

それに、何を言っても君の人格はカロリープ中には消えてるし、記憶も失敗しないと戻らない。

安心してよ。

どうせ大した事は出来ない。」


ソイツは少し腰を屈めて、耳に手を当てる。

幼稚園児か、俺は。


「…じゃあ、1つ目。

お前の目的は何だ?

確かに、このカロリープはしんどいが、俺にはメリットもある。

だが、お前には何のメリットがあるんだ?」

「あー、まぁ。

簡単な事さ。

暇潰しだよ。

ヒ・マ・ツ・ブ・シ

悪魔は寿命が君達より、随分長くてね。

結構暇してるんだよ」


暇潰しか。

そんな動機で、勝手に人の人生に干渉し、もて遊ぶのか。

やっぱり悪魔は悪魔だな。

はっきり言うなら…

クソだ。


「言っておくけど、君の声はボクに聞こえてるんだからね?

もう少し言葉遣いに気をつけた方がいいよ?」


俺は無視して、質問を続ける。


「次は2つ目。

彼女の事だ。

今回失敗の原因になった」

「好きなタイプでも聞くのかい?」

「違えよ。俺と彼女の運命についてだ。

もしかして…俺と彼女は結ばれない運命なのか?」


百回以上のリープを経験して分かった事がある。

俺は高校を卒業する直前、決まって彼女と別れている。

病気、交通事故に受験、理由はバラバラだが、どのリープにおいても彼女とはこの時期に別れてしまうのだ。

そして、毎回そこから、俺の失敗リバウンドが始まる。


「うーん。

嫌な質問だね。

でも、いいよ。

教えてあげるよ。

百回も同じようなの見るのも飽きたしね。

これで少し変わるかもしれない。

そう。君と彼女がその時期に別れるのは運命だ。

相当な事が起こらない限り、覆る事もない。

そこから君が太るのは知らないけど」

「…そうか」


予想はしていた。

それでも、こうして答えを突きつけられるとキツイな。


「じゃあ、3つ目だ。

このループで継承を終わらす事は出来るのか?」

「…え?」


悪魔が少し動揺したように見えた。


「…だから、記憶の継承をこのループでやめて、さっきの人生を続ける事が出来るかって聞いてるんだ」

「……」

「おい、答えろよ。

約束は守るんじゃなかったのか?」

「…出来るよ。

その場合、今回のループの記憶だけ残って、それ以前のループに関する記憶は消えるけどね」

「…そうか」


おおかた予想通りだな。

どこまで記憶が消えるのか分からないのは不安だが、

…まぁ、良いだろう。


「よし、じゃあもうやり直しは終わりだ。

頼む。」

「え、いや、本当にいいの?

このままだと、せっかく痩せたのに太った状態に戻っちゃうよ?

もしかしたら、彼女と結ばれる運命が来るかもしれないんだよ?」


…文字通り、悪魔のささやきだ。

でも、前の俺の言葉を思い出せ。


これから先、何があっても前に進め。

もう、そろそろ前に進むべきだ。


「…頼む」

「はぁ、せっかくいい暇つぶしだったのに…」

「…いいから」

「はいはい、分かった分かった。

ほら、チチンプイのプイ!」


悪魔がふざけた呪文を唱えると、

光が俺を囲み、指輪が消えた。


…ようやく、終わったのだ。





ーーー





目が覚めた。

長い間寝ていたらしい。

いつの間にか、昼になっている。


腹を触る。

溜まった脂肪は、しっかりと指でつまむ事が出来る。

よし、体は太ったままだ。

戻っていない。

…喜んでいいのか分からないが。


「…トレーニング、始めるか」


そう呟いて、俺は腕立て伏せを始めた。

少しでもマシな未来にする為に。




◼️あとがき◼️

最後まで読んで頂きありがとうございました。

短編とはいえ、初めて1つの作品を終わらせる事が出来ました。

感想や評価などをして頂けたら、泣いて喜びます。

では、またどこかで。

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カロリープ 国士無双 @kokushimusouZZZ

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