4. 卒業したのに

 天海先生に告白して玉砕したあの日から2年が過ぎた。

 私は県下でもトップクラスの大学に合格し、天海先生のような理科の先生になる準備は順調に進んでいる。

 今日は卒業式。式典は終わり、私は友達や部活の後輩達と過ごしたり、相変わらず何人かはいる私の追っかけの子たちからの告白をやんわりと、しかし誤解を与えないようはっきりとお断りしたりしながら、高校生最後の日を過ごした。

 天海先生とは、卒業式が終わった夕方、準備室に行くと約束していた。

 教室のロッカーに寄り、とあるものを取り出して準備室へ向かう。

 ちょっと大きいし、中身が零れてもいけないので、慎重に運ぶ。

 天海先生、喜んでくれるかな。

 準備室に着いて、丁寧にノックをする。

 天海先生が中から引き戸を開けてくれる。

「こんな日にまで来るとはな。今日くらい、友達と過ごしたらどうなんだ。」

「そんなこと言いながら、私が卒業式の後にここに来たいって言ったらOKしてくれて、現に今入れてくれたしそもそも待っててくれたじゃないですか。友達ともちゃんと過ごしましたし、明日からはいっぱい遊びますよ。でも今日は、私は天海先生と過ごしたいんです!」

「全くお前という奴は……。まあいい。入りな。」

「はーい!」

「やれやれ……。」

 天海先生は呆れながらも私を部屋に入れてくれた。

 ここで過ごせるのも、ひとまず最後か。

 しっかり、想い出に焼き付けておこう。

 もうすっかり座り慣れた小さな丸椅子に座り部屋を見渡す。

「お前に振舞うのも最後か。」 

 天海先生がコーヒーを淹れてくれる。今までよりも芳醇で優雅な香りと、苦みの中に甘さがある。

「豆、今までと違いますよね。」

「最後だからな。持ってる中で一番いい豆を使った。ブルーマウンテン。」

「美味しいです。ありがとうございます。」

 やっぱり、天海先生も、最後だからと思ってくれてるんだ。

「まあ、やり残しの無いようにな。3月はともかく4月からは入れなくなるんだから。」

「はい、そのために来ましたもの。じゃあ……早速!」

 手提げからさっき回収した、とあるものを先生に差し出す。

「なんだそれは。プレゼントか?」

「はい! 今までの感謝の気持ちを込めて、です!」

 天海先生は少しの間だけあっけに取られていたみたいに固まってたけれど、すぐに落ち着いたのか、私に腕を伸ばしてプレゼントを受け取ってくれた。

「……まずはありがとう。これは何だ。開けていいか。」

「はい。」 

 天海先生が包みを剥がすと、中から出てきたのはポットに入った苗木であった。

「……苗?」

「はい、それ、コーヒーノキの苗木です。観葉植物としてコーヒーを育てる人もいるらしくて、天海先生にはぴったりかな、って。」

「そうか。ありがとう。」

 いつも通りそっけないけれど、ありがとうって言ってもらえた!

 だったら、もう言っちゃうね。またダメもとだけど。

「あの、先生。最後ですから……。言わせてください。」

「お前の言おうとしていることは想像つくし、それへの返答も決まっている。」

「それでもです。先生、天海先生、貴女が好きです! その……付き合って、ください!」

 先生からの答えがどうあっても、私は全力で叫んだ。

 天海先生はやっぱりとでも言いたそうに、ふぅとため息をついてコーヒーを一口飲むと、その口から返事を返してくれた。

「お前のその、何度でも告白する根性は認めよう。しかしだ、やはりお前のその告白は受け入れられん。卒業した、もうすぐ大学生だといえども、お前はまだ学生だ。まだまだ守られる側だ。そんなお前の人生の責任など私には持てない。……諦めてくれ。それに、もっとよく社会を経験していい相手を探しな。お前の見ている世界などまだまだ井戸の中だ。」

「……そう、ですか。」

「高校は確かに卒業したがお前はまだ甘っちょろいひよっこだ。もっと自分の力だけで生きられるようになるのが先だ。……なに、お前が嫌いだからなのではない。お前のためだ。お前のくれたコーヒーは大事に育てるさ。」

「……わかりました。先生の隣に立てるくらい、自分で生きる力をつけられたら、絶対に戻ってきます。待っていて……くださいますね?」

「そうさね。このコーヒーが実をつけるくらいまでは待っていようかね。」

 天海先生、待っていてください。

 私は、天海先生みたいな先生になりたくて理系に進んで大学も生物学科を選びました。

 先生になって、またここに来ます。

 そうしたら……私をスールにして、恋人にしてくれますよね? 

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