第60話 勇者との戦い
「シルフ!」
「……っ!」
エミルの後ろに顕現した風の精霊シルフ。
その加護を受けたエミルは、超高速で移動し、その動きはもはや分身しているかのようにすら見える。
「マッチ!」
「ボボボー!」
私の後ろ……おそらくエミルが移動した場所から感じる凄まじい熱波。
火の精霊により、上級魔法を超える火球が作られているのだろう。
(……これが、勇者の戦いなんだ)
勇者であるエミルは、この世界を構成する根源である、炎や水、風や土、そして光を司る精霊から加護を受けているだけでなく、その力を借りる精霊魔法を使うことができる。
つまりエミルが炎を出したいと思えば、自然の理である精霊がそれに応えて炎を、それも上級魔法を遥かに超える威力の炎を繰り出せる。
精霊の加護による人間を超えた身体能力、最強の魔法を連発、そして奥の手である、ヤミヒカでは魔王を一撃で葬った精霊の矢。
人の限界を超えた存在、勇者。
――だからこそ、私は戸惑ってしまう。
「……えっ!?」
私に向かって放たれた大火球を、頭上に発生させたアポカリプスに飲み込ませる。
来ると分かっていれば、あの程度は避けるまでもない。
反応するまでもないスピード……防ぐまでもない魔法……
(……勇者って、こんなものなの?)
「……このっ!」
エミルはすぐさま追撃の体制を取るが、あまりにも遅い。
だが、とりあえず回避行動を取ろうと体を動かそうとするが、私の足を盛り上がった地面が捕獲する。
おそらく土の精霊ノーム、畑耕し君の力だろう。
だが、こんなの障害にもならない。
アポカリプスを足に纏わせるように発生させ、岩のみを重力で圧し潰す。
そのまま、ボールを蹴るかのように球体の重力球をエミルに放つ。
「ぐっ……!」
もろに直撃し、アポカリプスの重力効果で弾き飛ばされるエミル。
だがシルフによる体の制御、ノームの力で足に岩を生やして地面に突き刺すことでブレーキをかけ、壁に激突する寸前でなんとか踏ん張る。
「くっ……!」
エミルはすぐに、精霊たちを展開するが……
(……やろうと思えば、3回は倒せたな)
正直な感想はこれだ。
分かりやすすぎる死角狙い、死角に移動してから攻撃までの遅さ、捕獲の甘さと反撃への対応、どれも大したことないというか、いくらなんでも弱すぎる。
思い当たる理由は、エミルはとにかく戦い慣れしていないことだろう。
私なら、電流を流した水を散弾として飛ばすとか考えるが、そういうことをしてこない。
「……こうなったら!」
そしてエミルは、全ての精霊を宿す最強の精霊魔法、精霊憑依を使い、魔王の武具をまとった私のように、服装や姿が変わる。
そして、5色の光を放つ精霊の弓と矢を構える。
(……さすがにあれは喰らえないな)
そう考えて、先ほどのように重力球を放つが、結界のようなものに弾かれる。
どうやら精霊憑依すると私の魔王モードと同じで防御壁が張られているらしい。
「……いけっ!」
放たれる精霊の矢。
魔王すら一撃で葬る精霊の矢、完全にピンチなのだが……。
「えっ……!?」
私はアポカリプスの重力操作で、エミルの後ろへと移動する。
精霊の矢は、その名のとおり矢……あれはもう、アニメで出てきそうなぶっといビームだが、結局は何かを放つもの。
撃つと分かっていれば、高速移動で回避するのは簡単だ。
「くっ……」
しかも精霊の矢を放つと、さすがにエミルも消耗するようだ。
「……行って」
隙の逃さず、小さいアポカリプスを連続で絶え間なく放つ。
エミルの防御壁によって防がれるが、徐々に完全に防ぎきれなくなってきている。
やはり、消耗しているのは間違いない。
このまま消耗させて背負い投げでも入れれば、エミルにも勝ててしまうだろう。
(とはいっても、エミルを倒す気なんてないし、ここは撤退して、幽鎧帝を……)
「……余所見しないでください!」
そう言いながら、反撃の隙を見つけて巨大な風の刃を放ってくるエミルだが、これもアポカリプスに飲み込ませる。
「私はあなたとここで戦う気はないの。多少は痛い目をみてもらったし、私はこれで……」
『――だーめ♪』
「え……?」
――去ろうとした瞬間、私の頭にどこかで聞いたような女の子の声が響いた。
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