第47話 魔に染まる
――頭が痛い。
私は今、何をしているの……?
『本能を解放しろ』
私の望みは……強く、凛々しく、気高い、私が理想とする令嬢になって、レムリア様の隣に立ち、あの方を支え、共に歩むこと。
『私は理想の令嬢だ』
私の望みは……『私は理想の令嬢だ』、レムリア様の隣に立ち、あの方を支え、共に歩むこと。
そう、私は『理想の令嬢』。
だから、レムリア様と共に……
『レムリア様を倒す』
私の望みは……『私は理想の令嬢だ』、レムリア様の隣に立ち、『レムリア様を倒す』。
そう、理想の令嬢となった私は、『レムリア様を倒す』。
だから、『レムリア様を倒す』ために、魔法を使う。
『レムリア様を倒す』
そう、私は『レムリア様を倒す』。
『レムリア様を倒す』
『レムリア様を倒す』
だって、私の望みは……『レムリア様を倒す』、『レムリア様を倒す』、『レムリア様を倒す』のだから。
でも……でも……何かがおかしい。
私はなぜ、『レムリア様を倒す』の?
そして、私はなぜ……
『早く、レムリア様を倒す!』
『早くレムリアを倒せ』
『早く、早く、あの存在を消せ!』
『早く……早ク……ハヤク早くハヤク!』
……こんなにも、レムリア様に恐怖を感じているの?
//////////////////
「う、あァ……サヨウナラァ! レムリア様ァ!」
動けるようになったアンナベルが、ストーンバレットを放つ。
直撃したら、私の頭が弾け飛ぶ大きさの石礫……だが、それが私に届く事はない。
「……エ?」
ストーンバレットは、私の目の前に発生した重力球に取り込まれ、グギィィという気持ち悪い音と共に、消滅したからだ。
「できた……じゃあこっちも……」
同じように、私を拘束する岩を消滅させていく。
「ナ、ナニヲシタ……!」
「『――――で時空を歪めて、その中に対象を取り込んだ』らしいよ。んー、たぶん、さっきの球体は本来のアポカリプス……ブラックホールで、その中に入ったら消滅するってことなんじゃないかな」
「…………」
「ああ、分からないよね。まあ、私もこの力の名前を発音できないぐらいには分かってないけど。まあ簡単に言うと、アポカリプスで捕まえて……」
説明をしながら、私は怖がらせないように『アンナベル』に顔を向ける。
「……『握り潰した』、かなぁ♪」
――最高の笑みを浮かべながら。
「キ……キエロ!」
また、アンナベルが魔法を放とうとする。
そんな事をさせるわけにはいかないので、とりあえず―――――を発動させる。
私を中心に、巨大な魔法陣が地面に現れ、エレオノーラ達を捕らえる。
「ナッ……!?」
「ウ、ウゴケナ……!」
頭の中に響く声のままに、発音がよく分からない名前の力を使う。
まあ、『範囲内の相手に徹底的に弱体化させる呪いをかける』という効果は分かっているので、名前なんてどうでもいいが。
「はーい、今後のルール。これ以降、あなた達は魔法禁止。これを破ったら……」
「ア、アンナベ……ひぃ!?」
目の前に瞬間移動した私に驚いたのか、エレオノーラの顔が恐怖へと変わる。
そして私は、とにかく怖がらせないように、優しく微笑みながら耳元で囁く。
「……私、どうなっても知らないから♪」
「ウ……アァ……」
なんだか、余計に怯えさせてしまったようだ。
仕方ない、今度はもっと優しく……優しくしないと。
「……ねえ。聞きたいんだけど、その声、エレオノーラなの? それとも、『あなた』なの? ねえ……ねえ? ねえ、ねえ、ねえ……?」
「ひ、ヒィ……!?」
人が頑張って、優しく質問しているのにまだ怖がっている。
……こいつ、失礼な奴だな。
「……まあいいけど。それよりまずは、アンナベルの方とお話ししないと」
私は、膝をつくアンナベルの前に立つ。
そして、アンナベルの顎を持ち上げて強制的に私の方を向かせる目の中に蠢く黒い影に話しかける。
「……お待たせ、アンナベル……アンナベル……? うーん、こういうとき、なんて呼べばいいのかなぁ……アンナベルの中にいる黒い影? まあ、あなたでいいか」
「ウ……ガ……アァ……」
アンナベルの声で、黒い影が絞り出すように声を出す。
どうやら、アンナベルの体だけじゃなくて、『自分』が動かけないことに戸惑っているようだ。
「むだむだむだむだぁ……無駄だよ? これって、いわゆる魔王の呪いなんだって。当時の勇者パーティーにいた人類最強の魔法使い……え、魔法使いなんていたんだ。まあ、そいつですら、魔法が使えなくなったらしいから」
「……ワ、私ニ何カシタラ、コノ体デ自害シテヤル!」
「自害……それは困るなぁ…………え?」
また、頭の中で声がする。
「……ああ、『些細な事だ』、だって。したければ、すれば?」
「ハ……?」
アンナベルは、信じられないという顔のまま固まる。
「オ、オマエ、何ヲ言ッテ……」
「聞こえなかった? だから、したければ、すれば?」
「ソ、ソノ言葉ノ意味ガ分カッテイルノカ!」
「何度も言わせないでよ。……ていうか、あなたって随分とお喋りなんだね。なんか、黒い影系の敵って、感情がなく任務第一みたいなイメージだったけど、怖がって、命乞いして……無様だよね、あなた」
「……っ! 後悔シロ!」
アンナベルは、自分の中の魔力を増大させる。
魔法は使えなくても魔力は体に残っているから、それを全身に流し、その負荷で内部から体を破壊するつもりだろう。
「弾ケ……」
その瞬間、左右から迫った巨大な黒い手が、アンナベルを潰す。
まるで、小煩い虫を叩き潰すかのように。
「ありゃりゃ、たしかに弾けちゃったね」
手の隙間から、紅い液体が流れてくる。
アンナベルの生きた証である、紅い液体が。
「……さて、それじゃあ戻ろっか」
私が触れると、その黒い手は消えていき、中からアンナベルが出てくる。
「か……はぁ! はぁ、はぁ、はぁ……!」
「お帰りなさい、アンナベル。ふふっ、ちゃんと戻ってきて偉い偉い」
「レ、レムリア……様……? 私……私……」
徐々にアンナベルは、何が起きたか、自分に何があったかを思い出していく。
「あ……私……私……潰されて……」
「うん。ぐしゃぐしゃになって死んだよ。でも大丈夫。あなたの体は、――――で時間を戻したから……ね? 元通りでしょ?」
そう、私は―――でアンナベルを潰して、――――で時間を戻して……本当、発音できないって面倒くさい。
「ぐしゃぐしゃ……死ん……うっ! ……うえぇぇぇええええええ!」
あまりのことを受け入れられず、アンナベルは嘔吐する。
「ごめんね、アンナベル。痛かったよね、怖かったよね…辛かったよね? でも大丈夫だよ?」
そして私は、―――を展開する。
―――は、先程と同じ、影のような巨大な黒い手となり、アンナベルの顔を掴む。
「……その怖い記憶を掻きだしてあげるから」
「……えっ、あっ、ああぁっ……ああぁぁああっ!」
指が頭の中へと侵入し、記憶を『中』を調べる。
「まずは、怖い記憶は消しちゃおうね」
「え、あ、アア……アアアァァッ!」
記憶の輝きを、私の黒い光で塗りつぶしていく。
「これで記憶消去は完了。あとは…………みーつけたぁ♪」
そしてようやく、ずっと、ず~っと会いたかったものを引きずり出す。
「……ようやく会えたね♪」
……アンナベルを操っていた、黒い影を。
「ねえ、ありがとうは? 私が、アンナベルと一緒にあなたの時間も戻してあげなかったら、死んでたんだよ? ねえねえ、ありがとうは? ねえ、ねえねえ……!」
「ウギャァアァアァア……!」
黒い手の力を強め、体の面積が半分ぐらいになるまで握ると、黒い影は絶叫をあげる。
「そんなの聞いてない……! ねえ、ありがとうって言ってよ! ねえ、ねえねえ、ねえねえねえねえぇ……!」
「アア、アアァァアアアア……!」
「……ま、別にいいか。あなたにお礼なんて言われても、吐き気がするだけだし」
そして私は、締め付ける力を少しだけ弱め、話を続ける。
「……やっぱり、ダンジョンで見た黒い影と同じかぁ。あ、でも、あの時の奴より随分と小さいし、もっと人型に近い。憑依できる別個体みたいなのものかな? えーと、手はこうなっていて……あ、千切れた」
「……ウガァアアァァアア!」
「大丈夫、大丈夫。あなた人型なんだからさ、手はまだもう一本あるし、足だって二本……あ、足とれちゃった」
「ア、アアァッ! ……アアアァアア!」
「ごめんごめん。でも、あの黒い影もそうだったけど、どうせ再生して……え? ――――で消滅させられたら再生できない? どれどれ……」
「ウ、ウガァァアアア~!」
「本当だ。千切った先から消えて行って、もう頭だけになった……じゃあ、頭もパーツごとに……」
「アァア! ア……ァ…………!」
お人形遊びをするかのように、顔のパーツをひとつずつ削っていく。
口に見える場所を、耳に見える場所を、優しく優しく削っていく。
「……目の部分だけ奇麗に残したから、まだ見えてるよね?」
「…………」
絶望のせいなのか、口のパーツを消したからなのか分からないが、何も反応しなくなった黒い影の破片。
そして目の前に、―――を、ブラックホールを発生させる。
「この中に入ると、じっくり、じわじわと重力によって消滅していく。そして、時間が遅く流れるんだって。だから……」
黒い影の破片を、ブラックホールへと投げ入れる。
無造作に、ゴミを捨てるように。
「……閉じられない目で、自分が分解される様を楽しんできてね♪」
……そして、アンナベルを操っていた黒い影は、完全にこの世界から消滅した。
「あ、ああ……」
「……さーて、お待たせしちゃったね。エレオノーラの中の『あなた』?」
「ヒィィィ……!?」
もう、エレオノーラの真似をする余裕も、喋る余裕もないらしく、ただただ黒い影は恐怖する。
「言い付け守れて偉いね~♪ 魔法も使わなかったし、無駄な抵抗もしなかった。ふふっ、いい子のあなたは……あれ?」
よく見ると、エレオノーラの体が失禁していた。
さっきの黒い影といい、私は怖がらせないようにこんなに頑張っているのに、本当に失礼な奴らだ。
「ダメじゃない。こんなところでお漏らししたら、エレオノーラに迷惑かかっちゃう……これは、お仕置きかなぁ♪」
「ア……アアアァ……!」
「そんなに怖がって……安心して?」
そして私は今度こそ、怯えさせないように、怖がらせないように、優しく微笑みながら……
「……最初から、あなたを生かす気なんてないから」
「グ、グアァアア……!」
叫び声をあげながら、エレオノーラは後ろへ飛ぶ。
「……へえ? 地面を物理的に削って、――――効果を緩めたんだ?」
エレオノーラの爪から流れる血。
私がアンナベルの黒い影と話している間、――――の影響を受けた地面をずっと削っていたらしく、多少だが呪いの効果が弱まったらしい。
そして、エレオノーラは魔法を構える。
「……ねえ? さっき、あなた達は魔法禁止っていったよね?」
「……!?」
「もう一度言うけど、これを破ったら……私、どうなっても知らないよ?」
そう、魔法を使ったら……これ以上、エレオノーラ達の体を傷つけたら……
「……ウ、ウアアァァアアア!」
「……もう、『頭の中の声』を止められない」
その瞬間に、私の体を黒い光が包み込み、私を別の姿に変えていく。
そして黒い光は私の体を人形のように操り、何かの魔法……いや、力を使う。
そして、エレオノーラの上には大量のアポカリプスが発生し、中から黒い鎖が現れる。
「ウ……ア……アアァァアア……アグぅオ!」
現れた大量の鎖は、魔法を使おうとしたエレオノーラを縛りあげる。
手を、足を、開いた口も口枷のように塞いでいく。
「ンムゥオォ! オ、オオッ……!」
増え続ける鎖はエレオノーラ服は裂き、全身に巻きついていく。
まるで包帯に巻かれたミイラのように、エレオノーラの体を『吞み込んで』いく。
「あ……」
そして、その鎖をすり抜けて、エレオノーラの体が崩れ落ち、私はその体を優しく抱きとめる。
「ごめんね……怖かったよね……」
頭を撫でながらエレオノーラの時間を戻し、服と傷を癒す。
「オ、オアァアア……!」
「そんな声出しても、もう私にもどうにもできない。だってそれ、私がやっているわけじゃないから」
残された黒い影の悲鳴を聞きながら、私は後ろに現れた巨大な黒い光を見る。
私の体を操る、球体にも、人型にも見える黒い光を。
「ア、 アアァアアア!」
そして、黒い影は、上へ、上へと黒い影は引っ張られていく。
いつのまにか頭上に現れていたアポカリプス……いや、もはや黒と呼ぶのすらおこがましい、『深淵』の球体へと。
「ウ、ウガァ!?」
「その驚き方……やっぱりそれは、ブラックホールじゃないんだね」
頭の中の声は、―という言葉しか発さない。
―がなんなのか分からないが、まあ、確実にロクなものじゃないだろう。
だって、球体の中を見た黒い影が、表情がないのに分かるぐらい、明らかに恐怖しているから。
「ア、アアッ! アア、アアァア!」
鎖のせいで動けないから分からないが、おそらく黒い影はもがいているのだろう、叫んでいるのだろう。
あの球体の中に行きたくない、と。
それだけは許してくれ、と。
だが、黒い影の鎖は悲鳴を無視し、鎖は黒い影をゆっくり、ゆっくりと引っ張り上げ――
「ア、アアアァァアアアァアアア~~~~!」
――『深淵』へと消えていった。
「……さて、と。まずはみんなの治療を……ん?」
向こうで倒れているクラスメイトや、フェリルの治療をするために手を掲げると、バサっという音がする。
よく見ると私の服が変わっており、黒を基調とした衣装、そして、背中にはマントが翻っていた。
「これって……ヤミヒカの『レムリア・ルーゼンシュタイン』が魔王の武具を装備したときの服だ」
胸のブローチに変化したヤサクニは、これが本来の姿とばかりに輝く。
そして、それに呼応するかのように全身に魔力が迸る。
「……アポカリプスを使うには、こっちの方がいいってわけか。じゃあ、このままでいいかな」
そして、マントを翻しながら、四方から押し寄せてくる生徒たちを……いや、あの黒い影の奴ら見る。
「……あいつらを全部消すには、こっちの方がいいし」
そして私は、頭の中の声に願った通り、あいつらを消すため歩き出した。
/////////////
校庭から離れた場所で、
歩き始めたレムリアを、物陰から二人が見守ってい。
「素敵……素敵、素敵素敵素敵ぃ! 本当に、本当に最高だわ! ああもう、我慢できないぃ! ちょっとそこで……!」
「……サカるな、メスガキ」
「しょうがないじゃないですか! あんなにも、あんなにも素敵なんだからぁ!」
「…………」
「……分かりましたよぉ。計画優先で動けばいいんでしょ?」
つまらないとばかりに、少女は拗ねた様子を見せる。
「まあ、レムリア様は絶対にあなたを殺しにきますから、今は我慢しましょうか」
「……」
その言葉を聞いても、もう一人の少女が動きをとめる。
「ふふっ、とまっちゃダ~メ♪ ほら、早く魔王の武具のところに行きましょう、幽鎧帝さん?」
その言葉を聞き、動き出す幽鎧帝。
そして二人は、闇へと消えていった。
/////////////
「……マジックテンペスト!」
「オアアァアア!」
襲ってくる生徒たちをマジックテンペストでまとめて薙ぎ払う。
「……はぁ!」
「おらぁ!」
そして、抜け出た黒い影は、ヴラドとスコールが確実に仕留める。
「なるほど。黒い影の憑依は、体の内部に巣くっている状態だから、体内に効果が出る衝撃系の魔法を受けると、強制的に分離するのね」
「で、あとは実体のない奴らにも効く、魔力を込めた一撃で仕留めるってわけか。これなら、憑依した奴と真っ向から戦わずに、相手を無力化できるな」
「……まさか、過去に人間側が考案した幽鎧帝対策を、自分でやることになるとは思いませんでしたよ」
「良策に、人間も魔族も関係ないわ。あるなら使うだけだし、ないなら考えるまでよ」
「そりゃそうだ。で、なんとか玄関まで来られたが、こっからどうする?」
「視界不良は続いているけど、あの子が心配よ。警戒しつつ、このまま進む」
「……」
もはや策でもなんでもない、ただの突撃命令に、ヴラムが複雑な顔をする。
「安心なさい。今回の策は、目的があの子と関係なくても変わらないわ」
「気にしなくていいぜ、アオイ。あの顔は不満じゃなくて、間違っていると分かっていても、進むしかない状況になった時の顔だ」
「……付き合いが長いというのも考えものですね。立場的に先手を取れないとはいえ、ここまでいい様にやられると、さすがに腹が立ちますよ」
「そう。だったら……」
校庭に向かって魔導銃を放つ。
だが、魔弾は地面に当たることはなく、弾かれて空へと消えていった。
「……あそこの面倒な連中で、憂さ晴らしでもするといいわ」
そして私は、魔力を全開にして戦闘態勢をとる。
魔導銃を簡単に弾いた連中……生徒会メンバーにして、勇者パーティーと戦うために。
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