閑話 道を照らす黒光
「吾輩が、トールくんの師匠になってあげる!」
「……は?」
いつものように、走り込みと魔物討伐の鍛練をしていたオレの前に現れた、服装だけならうちの姉貴に匹敵するとんでもない痴女。
オレの『聖闘士』の血が、こいつは間違いなく魔王であることを告げてくる。
つまりこれは、闇へと誘惑だ。
「ふざけるなぁぁああ!」
怒りと共に、闘気剣を抜き放つ。
(ご先祖様……弱っちいオレだが、今だけは力を貸してくれ! 魔王を打ち倒す為に!)
闘気剣を構えて突っ込む。
体が軽い……本当に、ご先祖様が力を貸しくれているのかもしれない!
「いけぇぇぇ~~!」
この突撃に聖闘士の全てをこめて、今こそ魔王を……!
「当身」
「ごふっ!」
聖闘士の全ては余裕で回避されて、肘をもろにくらう。
「ね? 私ってば結構強いでしょ? 師匠としてお買い得だよ! ですぞ!」
「う、うるせえ……! 吾輩とかいう一人称はどこいった……!」
なんて重たい一撃だ……あのレムリアとかいうクソ女といい、馬鹿姉貴といい、オレの周りの女は、どいつもこいつも、どうかしてやがる……!
(せめて……一撃を!)
このまま殺されてたまるか!
死ぬ前に一撃でも入れてやる……ご先祖様! オレにもう一度力を!
「うおぉぉぉぉおお!」
立った……立ち上がれた!
間違いねえ! ご先祖様が今、オレに力を貸してくれている!
「一緒に行こうぜ! ご先祖様!」
全身全霊、全力全開!
この体を武器と変え、闘気剣を構えて肉弾だ!
「巴投げ」
「がはぁああ!」
ご先祖様とオレの力、余裕でぶん投げられて近くの木に激突。
「投げも得意だよ! あと、剣と槍の基礎、それと趣味でトンファーを少々! ね、お買い得! ですぞよ!」
「……で、ですぞか、ですぞよか、統一しやがれ!」
全身に走る痛み……だが、それでもオレは立つ!
もう『聖闘士』の力だけじゃ駄目だ!
オレのもう一人のご先祖様である、勇者を助けた『賢聖姫』様!
あんたもオレに力を……!
「内股」
「おがぁぁああ!」
『聖闘士』と『賢聖姫』の力、魔王受け取り拒否。
「ふむ。吾輩の想像を遥かに超える体力と闘志……ますます気に入ったぞ! さあ、我が指導を受けるがいい!」
「いきなり、完璧な魔王っぽいセリフ言うんじゃねえ!」
語尾も一人称も正直どうでもいいが、こういう不意打ちはなんかムカつく!
「もう~! 私の何が気に入らないの! 強いでしょ! それにほら、恰好はあれだけど、見た目美人だし、体もすごいんだよ! なにせこれ、私の理想そのものだから!」
「急に自分の体褒めだすな気持ち悪ぃ! あと、女の体とか……その、興味ねえよ!」
「あ、ちょっと反応した! 女の子の体、興味あるよね! ねぇ! 今、私を師匠にしたら、修行の度に膝枕してあげる券付けるよ! あとは……す、少しだけなら触ってもいいから!」
「触るか馬鹿! ご先祖様! オレに力を! この痴女魔王をぶった切る力を~!」
「当身」
「おあぁあああ!」
……そこから先は、散々だった。
ご先祖様の力で立ち上がってはぶっ飛ばされ、立ち上がってはぶっ飛ばされた。
ご先祖様、まじ役に立たねぇ。
そして、ぶっ飛ばされて30回を超えたあたりだったか……学校をサボっていることに気が付いたせいで隙を作り、投げでもろに頭から叩きつけられ、気を失った。
「もう! 鍛練中によそ見しちゃだめだよ! まあ、それに気付かずに思いっきり投げちゃった私も悪いんだけど」
……そして、気が付いたらまたこの痴女魔王に膝枕されてる。
「……」
「あれ? 今回は抵抗しないの?」
「……さすがに疲れた。寝心地最悪だが、今は我慢してやる」
「さ、最悪……うう、硬いのかなぁ」
流れてくる風を感じながら、痴女魔王を見る。
さすがに言い過ぎたかと思ったが……
「……スタミナとパワー、特に瞬発力が凄い。反応もかなりいいし、完全に格闘家か、短剣とかのインファイト向きだけど、闘気剣が活かせないしなぁ」
オレの言葉なんてすぐに忘れて、指導方法……ていうか、戦いのことを考えてやがる。
こいつ、ただの戦闘好きだろ。
『……闘気剣の威力は本物だが、今回は僕の勝ちのようだね』
……こうやって誰かに負ける度に、ロナードに初めて負けたときのことを思い出す。
ロナードに負けたあと、ロナードの防御を破れるような攻撃を手に入れるために、さらに闘気剣を鍛練した。
魔法学校の上級生に負けたあとは、常に動きを止めないように体力を、魔法を闘気剣でぶった斬る鍛練もした。
だが、結果は……
「……なあ」
「ん? どうかした?」
「……オレは、世界最強になれると思うか?」
ガキの頃からの夢。
父上に、「お前は闘気剣を使えれば、勇者を助ける存在であればいい」と言われても、オレは目指してきた。
だが結果は、ロナードにも、姉貴にも、あのふざけた勇者にも、クソ女にも、『聖闘士』が倒すべきこの魔王痴女にも勝てない。
(……こいつに無理だと言われれば、スッキリする)
魔王としてオレに引導を渡せ、そんなことを思っていたら……
「なりたいなら、なれば?」
……別次元の答えが返ってきた。
「……いや、なりたいからなれるってもんじゃねえだろ」
「いやー、そうでもないよ? 世界最強を決める大会で優勝した人を知ってるけど、私が後ろからふざけて体当たりしたら、本棚に激突して、落ちてきた本に埋もれて暫く動けなくなってた。あの瞬間は、私が世界最強だったね!」
「そんなの世界最強じゃ……いや、間違ってはいない、のか?」
顔見知りを利用した不意打ちだろうと、世界最強に勝ったたわけだし。
「あ、もしかして、誰にも負けない強さ! それこそ世界最強! って感じのやつ?」
「お、おう! そんな感じだ!」
それはオレの考えに最も近い! いい感じだぞ、魔王痴女!
「んー、だとしたら世界最強の定義によるかなー。例えば、トールくんが世界最強の剣士になったとします。でも、武器の相性考えたら、世界最強の槍使いに勝つのは厳しいでしょ?」
「そ、それは……」
たしかに、闘気剣だろうと、槍使いの相手は面倒くさい。
「それに、槍使ってても、飛び道具撃たれるときついよ? 魔王の力を使える私だって、数で攻められて疲弊したところ狙われたら、子供にだって倒されるだろうし」
「まあ、そうだけどよ……」
……分からなくなってきた。
誰にも負けない、それこそ世界最強! この考えは今でも変わらないが……
「……じゃあ、逆に聞くけどよ。お前の考える世界……いや、『最強』ってなんだ?」
「うーん、難しいこと聞くね」
首をかしげながら、手を口に当てる魔王痴女。
その仕草のせいで、胸が手に押されて形を変えているが、断じて見ないように目を逸らす。
「……強いて言うなら、常に前を向いて戦い続ける人、かな」
「なんだそりゃ? 狂戦士の戦闘狂が最強ってことか?」
「あー、合っているような、合ってないような」
またしても深く悩みだす魔王痴女。
胸が色々と凄いことになっているが、断じて見ない!
「にほ……私の知っている国にね、天下無双の異名を持つ剣豪がいたんだけど、その人、計略で相手を油断させて勝ったり、騙し討ちも不意打ちもやってきたり、本当になんでもありの人なんだ」
「そ、それは、なんというか……」
勝負をする人間として、その行為を否定はしないが、その……何とも言えない。
「たぶんだけど、この剣豪さんは『死んでも勝ちたい』っていう信念のもと、誰になんと言われようと自分の道を貫いたんだと思う。周りから、卑怯とか、正々堂々戦えと言われてもね」
苦笑しながら話を続ける痴女魔王。
「剣豪より強い人はいたかもしれない。実は、計略とかが強いだけで、剣の腕はそんなでもなかったかもしれない。でも剣豪は、誰に何を言われようと、諦めることなく、強さを極めようと常に前を向いて戦い続けた……こういう人が、『最強』なんじゃないかな」
「……」
「そういう意味じゃ、トールくんは最強だね!」
「さ、最強……オレが……?」
「うん! ボコボコにされて諦めたと思ったら、最後は必ず闘士を燃やして挑んでくるんだもん。まさに聖闘士! 最強の名に相応しいと思うよ?」
「……」
……何を言われているか分からなかった。
『聖闘士のくせに強さは今一だよな、トール様』
『聖闘士なんて、今じゃ形だけのものだしな。強力な魔法使える王族や貴族の方がよっぽど上だって、もう何年も前から言われてるし』
だってオレは……オレ達は……
「あ、でも、この理論の『最強』じゃ、それってただの強い人じゃない? って言われるかも……やっぱり無難に、大会や試験の成績の一位が最強……いやでも、それを最強に定義しちゃうと、またあのこっぴどく怒られた本棚埋葬事件の話に……」
「……グダグダじゃねえか。そんなんで、オレのことを教えられるのか?」
「え……」
「最強を目指すオレの師匠になるなら、お前も『最強』でいろよ! 自分の考えを、最後まで貫け!」
「それって……!」
「先に言っておくが、師匠とか呼ばねえからな! オレの考える最強になるためには、お前を倒せるぐらいの強さが必要! その為に、あえてお前の指導を受けるだ……おわっ!」
「ありがとう、トールくーん! 私、師匠頑張るから!」
「は、離れろ馬鹿! くっつきすぎだ!」
「いや! いやです! 拒否します!」
「なんだその、確固たる拒絶の意思は!」
こうしてオレは、こいつの指導を受けることにした。
少しでも、本当の強さを……『世界最強』に近づくために。
だが、今思うことは……
「あ、私が師匠になったんだから、さっき言ってた特典を払わないと……え、えっと、どこを触りたい……?」
「触らないって言ってんだろ! ていうか、抱きしめるな! いい加減離れろ!」
顔に当たる感触がやわらか……ではなく、こいつはやっぱり、痴女だということだ!
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久しぶりの更新。
年末だからか、色んな小説コンテストがあって、色々と挑戦したくなってしまいますね……。
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