第15話 衝動
――バチッ、バチィィィ!
戦いの場となった地下に、アポカリプスでスコールの斬撃を防ぐ音が響きわたる。
スコールの強さは、私の想像を遥かに超えていた。
アポカリプスの高速直線移動とは違う、本当の意味での神速……少しでも隙を見せたら放たれる必殺の居合。
はっきり言って、私は相手になっていない。
(……アオイさんと特訓しておいて良かった)
あの特訓で、アポカリプスの防御利用をしっかりと形にしていなかったら、私の体は何回両断されていたか分からない。
牽制攻撃はアポカリプスを小型盾のようにして受け、スコールの神速に付いていけなかったり、牽制や誘いに引っかかったりしたら、迷わずアポカリプス最大展開による重力場形成の全方位防御。
特に、重力場による全方位防御は、今の私にとって生命線だ。
重力場は、そのフィールドに侵入しようとするものを弾く効果もあり、それは強い衝撃であればある程、反発力が強くなる。
その為、武器飛ばしを警戒したスコールは本気の斬撃も、連撃も放てないので、防御重視の立ち回りしかできなくなっている。
もはや防御のチートだが、弱点はある。
一つは、アポカリプスを全て防御に使うため、重力場を形成している間は、アポカリプスを攻撃に使えない事。
そして、もう一つは……
「はぁ……はぁ……」
全力でアポカリプスを最大展開するので、魔力消費が激しい事だ。
「なんだか辛そうだねぇ、お嬢ちゃん。休憩ってことで、その防御魔法をやめたらどうだい?」
「……ダイエット中には、いい運動です」
「ははっ! 上等!」
そして厄介なことに、この弱点は間違いなくスコールにバレている。
アオイさんを守ったときに一度だけ使ったが、それだけで迂闊に攻撃せずヒットアンドアウェイに切り替え、同時に私の動きが悪くなっていくのも見逃さない……本当に強い。
(……だったら!)
重力場を展開したまま前に出る。
このまま接近して、重力場に無理やりスコールを引き込めば、剣を弾くか、体制を崩すかはできるだろう。
その瞬間に、アポカリプス併用の投げを決めれば……!
「……おっと!」
だが、読まれていたのだろう。
私の突撃は、横へのステップで回避される。
「ちょっとばかり、手の内を見せすぎたなお嬢ちゃん。異常に早い突進も、接近戦がやばいのも、その変な防御魔法も、分かってれば対処できるぜ」
不敵な笑みを浮かべながら、防御重視の構えである中段の構えから、納刀して居合の構えを取る。
これでスコールは、いつでも必殺の居合を放てる。
(もう、防御の構えをする必要はないって判断されたか……)
あの構えにこっちから飛び込むのは危険だが、持久戦をしかけても、距離を取ってもこっちが不利なのは明らか。
つまり、私にはもう、懐に飛び込んで投げを決めるしかないという事だ。
(だけど……)
私が飛び込むのに使える手段は、『アポカリプスによる高速移動』、『スコールの刀、もしくは抜刀の瞬間にスコールの腕をアポカリプスで吸い込み、刀の軌道を逸らす』の二つだ。
一つ目のアポカリプスによる高速移動は、既に何度も仕掛けているが、はっきり言ってスコールが反応できないような速度ではない。
しかも、直線移動がゆえに、居合で迎撃される確率が極めて高い。
なので、メインで使うなら二つ目なのだが……
(……なんだか、嫌な予感がする)
二つ目の『スコールの刀、もしくは抜刀の瞬間にスコールの腕をアポカリプスで吸い込み、刀の軌道を逸らす』は、本来なら最初にやるべきぐらいの良策だ。
剣の軌道を変えられる相手なんて、剣士からすれば天敵というかチートであり、実際、剣士のトールくんをこれで完封している。
だが、自分の中で何かが警報を鳴らしており、その為この戦いでは、まだ一度も試していない。
(……でも、今はやるしかない!)
このままジリ貧で負けるよりはマシだろう。
そう思いながら、アポカリプスの展開位置を変える。
「……来な。お嬢ちゃんの本気、受けてやるよ」
私の反撃に付き合わないで嬲り殺しにする事もできるのに、どうやら付き合ってくれるらしい。
本当に、こういう事をするスコールは好感が持てる。
(……昔のお父さんに似てるのかも)
そんなことを思いながら、私も構えを取る。
「…………」
「…………」
流れる沈黙。
何度も味わってきた、戦う二人の間に走る戦いの前の緊張感。
この感覚で気分が高揚するということは、なんだかんだ言って、自分は武術が好きなんだなと実感しつつ……
(……いざ!)
……決意を固めてスコールに突進する!
「いくぜ!」
完全に私の動きが見えており、突進に合わせて抜刀しようとするスコール。
(……だけど、それはこっちも分かってる!)
この瞬間に、前方に配置したアポカリプスを使い、急加速する。
「なっ!?」
居合の最大の武器は、スピードと間合い。
居合が得意とする間合いでの一撃は、どんな剣よりも早い。
だが、もちろん弱点もある。
それは、近づかれすぎると、武器としての利点が殆ど無くなることだ。
剣という武器は、刃が敵に向いているだけで十分驚異になる。
だが、納刀状態の刀にその力は無く、しかも手が腰の刀に添えられているため、ボクシングでいうノーガードの状態。
「……甘いぜ!」
だが、さすが達人と言うべきか、スコールもすぐに対処してくる。
むしろスコールも間合いを詰め、抜刀の際に前に出る柄を私に当てようとしてくる。
(……少しでも知ってて良かった、居合道!)
だが、私はこの攻撃を知っている。
たしか柄当という技で、接近してきた相手に対処する居合の技の中でも、特に突撃してくる相手にカウンターを取りやすいもの。
(……技を切り替えた今なら!)
下に配置していたアポカリプスで、スコールの腕を引き寄せる。
「……なっ!?」
下に向かって抜刀となり、攻撃の軌道を逸らすだけでなく、大きく体制を崩すスコール。
(攻撃に使えるアポカリプスは後一つ……だったら、突きじゃなくて投げしかない!)
そう思って、無防備のスコールに組み付き、そのまま投げようとした瞬間……
「……残念。そいつは知ってるんだわ」
……スコールの膝が、私のお腹に突き刺さった。
「がっ……あ……っ!」
胃液が逆流し、口から漏れ出る。
「……ほらよっ!」
追撃とばかりに放たれた回し蹴りを受け、大きく吹き飛ばされる。
壁に叩きつけられたのか、ガンっ! という音が頭に響き、そのまま視界も、聴覚もおかしくなる。
「俺たちの先祖はな。それはそれは、魔王様に色々とされてたんだよ。作戦失敗で処刑されそうになった奴が魔王様から逃げたら、『足が引っ張られる』かのように体が勝手に動き、最後は魔王様の前で空中に逆さ吊りになり、その場で嬲り殺しにされた」
スコールの言葉が半分も入ってこない。
聞こえるものは、頭を強く打った時に鳴る、キーンという耳障りな音。
「魔王に復讐するには、その力を使われても戦えるようにならなくてはならない。だから俺たち一族は、どんな状態でも攻撃できるように、小さい頃から特訓させられるのさ」
ぼやけた視界に映るスコールが、徐々に近づいてくる。
感覚がまだ戻っていないので、襟なのか、髪なのか分からないが、どこかを掴まれ、無理やり顔を上げさせられる。
「……他にも、黒い影の手で絞め殺しに来たり、いきなり体を重くしてきたりとか、色々あるんだろ? それはやらないのかい魔王様よぉ? 」
ぼんやりとしか見えないはずなのに、はっきりと見えるスコールの殺意に満ちた目。
「……なんという弱さだ」
そして、響いてくる声。
「やはり、あんなのは魔王様ではない!」
「そうだ! 逆族一人退治できない魔王様など存在するわけがない!」
負けた私に容赦なく浴びせられる声。
「こわい……」
それを聞いた私が、ようやくひとつの言葉を紡ぎだす。
「この腰抜けがぁ! スコール……いや、スコール様! 貴方こそが新たな魔王だ!」
「そうです! 同じ魔族として、我らを導いてくだされ!」
……その言葉を聞き、頭の中で声が響きだす。
『金メダリストの娘が負ける……これは大番狂わせだ!』
『王者を破る天才少女の誕生か!?』
『頑張れ~! ここで勝てば大金星!』
「こわい……こわい…………」
「まだ言うかこの女!」
「魔王様の力をこれ以上汚すな!」
頭になるキーンという音のせいで、上手く聞こえないはずなのに、なぜかはっきりと聞こえてくる嫌な言葉。
そして……
『……人殺し』
――なんども聞いたあの言葉が、私の頭に響いた。
「……分かっちゃいたが、本当にテスタメントって奴らは……がっ!?」
私の頭を掴むスコールの手を取り、手首の辺りにある急所を、文字通り指で穿つ。
「こ、この! 離せ……ぐあっ!」
私の手を外そうとするスコール。
その瞬間、起点となる肘を狙い、立ち関節にも近い形で柔道の関節技、腕緘を仕掛ける。
ビキィィイ! という、腕を完全に破壊した鈍い音がする。
「ぐ……ぐあああぁぁぁ!」
響いてくるスコールの悲鳴。
だがそれは、スコールがまだ『存在する』ということだ。
「……えて……」
「この……ぐぅ!」
スコールが膝蹴りを放ってくるが、股が開く事で打ち込みやすくなったので、相手の膝を受けつつ、こちらはスコールの金的に膝を打ち込む。
「……えて…………えて……」
反撃は入れたとはいえ、こちらも膝を食らったので、距離は離され、関節技も解かれた。
その為、もう一度接近しようとするのだが、急に前のめりに倒れる。
どうやら、今の私の体は殆ど動かないようだ。
……だが、そんな事は関係ない。
「お前……その目……」
ゆっくりと立ち上がりながら、スコールを見据える。
私がやる事は何も変わっていない。
這ってでも、どんな攻撃を受けてでもスコールに近づき、スコールが動かなくなるまで地面へと叩きつける、それだけ。
「おらああぁあ!」
「……うぐぅっ!」
無理やり近づいてくる私に、利き腕が使えず、刀が抜けないスコールの反撃……左の坂手による柄打ち突き刺さる。
腹部に当たる硬い金属。
口から吐き出す赤い血。
意識はさらに遠くなり、力が抜けていく……
だが、それでも私はスコールを掴む。
もう組手なんてどうでもいい。
どんな状態だろうと、私はただスコールを……私から全てを奪おうとする奴を……
「……えて……き……えて……消え……て……消えて……!」
……この世から消すだけ。
「……私の前から、消えてよぉぉぉお!」
そして私はスコールを投げ、地面へと叩きつけた。
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