第14話 似た者同士
「ヴラムさん!」
片膝を付きながら、スコールに斬られた傷を抑えるヴラム。
いつも余裕の態度を崩さないヴラムが、苦悶の表情を浮かべているという事は、かなり深手だろう。
「……大丈夫ですよ。吸血鬼の私に斬撃など……」
ヴラムの体に魔力の光が宿る。
体を蝙蝠にしたときのように、何か動けるようになる魔法を使っていると思うのだが……
「くっ……!」
魔力の光が、まるで空気に溶けるかのように消えていく。
「魔力が散っていく……まさか、その刀は……」
「さすが、俺のご先祖様の同僚だ」
刀を抜きながら、にやりと笑うスコール。
「あんたの想像は当たってるぜ。こいつは、さっきまで使っていた刀とは違う」
刀身にスコールが手を触れると、青い光と共に、不気味な文字が浮かび上がる。
「ご先祖様がクソ魔王様から受け取った、妖刀ミスティルテイン……魔力が強い奴ほど効くクソ魔王の呪いが込められているから、存在そのものが魔力みたいなあんたには、効果覿面だろ?」
「馬鹿なことを……! その刀は、使い手をも呪う妖刀……いくら魔力が殆ど無い貴方でも、ただでは済みませんよ……!」
「百も承知さ。だが、今からやる事を考えると、最大の障害である、あんたを動けなくする方が優先なんでねぇ」
(今からやる事……?)
スコールがヴラムを斬るという、ゲームに無い展開のせいで停止していた思考が、ようやく動き出す。
動き出した思考でまず思った事は、違和感だった。
(強敵のヴラムを潰すのは分かる……でも、潰したところで何になるの?)
スコールは以前の魔王が憎い。
だが、以前の魔王の復活が絶望的になったので、他の行動……つまり、『オトシマエ』をつけている。
最初に思いつくのは、腹いせだ。
憎い魔王を崇拝するテスタメントを粛清する、実際、さっきからのスコールの態度を考えても、概ね当たっているだろう。
だが、最大の障害であるヴラムを斬ってから、スコールは何もしてこない。
ヴラムに止めを刺すわけでも、今すぐ仲間たちと一緒に襲い掛かってもいいのに、だ。
だとしたら、オトシマエは別にある。
(オトシマエ……さっきの公爵さんとのやりとりを考えると、おそらくスコールにとって理になる、というよりお金になるって事だよね)
最初に思いつくのは、テスタメントの掌握だが、おそらくこれも違う。
テスタメントを乗っ取るというなら、真っ先に狙うのは次期魔王の私だからだ。
(それに、テスタメントを掌握しても、スコールにとってあんまり意味がないはず……)
テスタメントは魔王崇拝要素が強く、一枚岩でもない。
さっきの公爵さんのように力を持った人もいるようだが、魔王崇拝は一級犯罪であり、証拠が見つかったら、問答無用で騎士団の中でも精鋭部隊が送り込まれてくる。
スコールのようにいわゆる裏家業で稼ぐ人からすれば、そんな危なっかしい集団は、取り込むより利用した方がいいはず。
つまり、ゲームのスコールのように、テスタメントの存在という情報……つまりは、『騎士団に通報されたくなければ黙っていろ』と脅しつつ、テスタメントを泳がせて、適度に利益を得た方がいい。
だが、それでもスコールは、テスタメントに対して『オトシマエ』と言っている。
魔王を復活させて斬ろうとしていたスコール……だがそれはできなくなった……そして、今からやるのは『オトシマエ』……
「おっと、他の連中は動くなよ? あんたらが何もしないで暫く大人しくしてくれるなら、俺も、俺の家族たちも何もしねえよ」
(恨みがあるのに、何もしないって事は、生け捕り狙い? でもそんな事して……あっ!)
私の頭の中に、最悪のシナリオが浮かび上がってくる。
「そ、それは本当だろうな!」
「ああ、本当さ。大人しくしていれば、ここから出られる。もちろん、そこに居るヴラムのオヤジもだ」
(まさか……)
魔王が現れないスコールにとって、今できる最大の復讐であり、最も『オトシマエ』が大きいもの……
「……大物が多いほうが、アガリがでかいからなぁ」
その言葉に、疑惑が核心に変わる。
「皆さん、ここに居ては駄目です! 魔王崇拝者を捕縛しに、騎士団がここに来ます!」
気が付けば私は叫んでいた。
「え……?」
「何を言っているの?」
私の言葉に、ざわざわと騒ぎ出す魔族たち。
だが……
「黙れ偽物!」
「下手に動いて、そこのスコールに斬られたらどうするのだ!」
『偽物』である私の言葉は届かない。
「……だ、そうだぜ。お嬢ちゃん」
その言葉を聞いて、ニヤニヤするスコール。
やはり間違いない。
スコールの狙いは……!
――ズガァァン!
その瞬間に、会場に響く破裂音。
「……愚か者たちの叫びは、本当に耳障りね」
その音の中心には、魔導銃を撃ったアオイさんが居た。
「だ、誰が愚か者だ!」
「答えを貰っているのに、そこにいる狼の策略も見抜けない奴を愚か者と言って何が悪いの?」
「策略だと……?」
「今この場所は、そこの狼にとって良い稼ぎ場所ってことよ」
「稼ぎ場所? どういうことだ?」
「……そういう事ですか」
その言葉にヴラムも気付いたのか、言葉を続ける。
「ここにある彫像や魔道具は、ひとつでも魔王崇拝の証明となるもの。そこに魔族たちが集まり、中にはこの国の宰相である私や、ワズル公爵、そして時期公爵のレムリア嬢もいる……この場所を騎士団に通報した者は、一生遊べる懸賞金を受け取れるでしょうね」
「……なっ!?」
顔面蒼白になる魔族たち。
「……先ほどの遠吠えは、おそらく騎士団へ通報をしろという合図。事前にここにある彫像や魔道具を手に入れておき、通報するときにそれを見せれば、最優先で騎士団が派遣されてくるでしょう」
――パチパチパチ。
拍手をし、ニヤニヤと笑いながら立ち上がるスコール。
「……まさか、こんなに早く見抜かれるとは。やっぱ、俺にはこういう策略系は向いてないのかねぇ」
「き、貴様! 我々を売ったというのか!」
「同じ魔族に向かってなんてことを!」
「同じ魔族ねぇ……色々と言いたいところはあるが、逃げたきゃ好きにしな」
「あ、当たり前だ! こんなところで捕まって……ひぃ!?」
いつの間にか、周りを取り囲んでいるヴラムの仲間達。
しかも、パーティー会場の時より数が増えている。
「……ただ、うちの家族は人懐っこくてねぇ。お前らが居なくなるのは寂しいとよ」
「くっ……!」
「さーて、全部見抜かれちまったし、ちゃんと働くとしますかねぇ。お前ら、宰相様を奥の部屋に連れていっとけ」
ヴラムに近づく、スコールの仲間たち。
だが、そこにアオイさんが立ち塞がる。
「おいおい、お嬢ちゃん。あんたが只者じゃないのは分かってるが、さすがにそれぐらいに……」
その言葉が言い終わる前に、アオイさんの周りに大量の光が現れる。
「……邪魔」
その声と共に、光は矢となって正確に敵を射抜く。
しかも対象は、ヴラムを連れていこうとした者だけではない。
「……なっ!?」
「こっちにまで……がはっ!?」
この会場に居た他のスコールの仲間も、正確に射抜いていく。
「……おいおい。冗談だろ?」
さすがの状況に、スコールも驚く。
だが、そんなスコールを無視して、アオイさんはヴラムに肩を貸しながら立ち上がらせる。
「……向かってくる騎士団と接触するわよ」
「え?」
「現状の打破は、現場を抑えられない事。派遣中の騎士団を、宰相の貴方がなんとか追い返す、それ以外に方法は無いわ」
「……それを、俺が許すとでも?」
そう言いながら近づき、神速の抜刀を放つスコール。
肩を貸して動けなくなり、しかも油断している瞬間という完璧なタイミングだ。
「……なっ!?」
……だからこそ、読みやすい。
「……」
バチィィ! という音と共に刀だけでなく、アポカリプスによるシールド展開でスコールを弾き飛ばす。
体制を崩すことなく着地するが、予想外のシールドを警戒してか追撃はしてこない。
「……感謝はするけど、ここからは関わらなくていいわ。貴女は屋敷に戻りなさい。高速移動とそのシールドがあれば、切り抜けられるはずよ」
「……私はここでスコールを抑えます。いくらアオイさんでも、ヴラムを抱えながら正面のスコールの家族たち、後ろのスコールを相手にするのは無理です」
……自分でも驚くようなセリフが、口から出てくる。
決闘ではない、本当の意味での殺し合いになるというのに、私はここに残ろうと言っている。
「お馬鹿! あいつが危険なのは分かってるでしょ! ただの女子高生は引っ込んでなさい!」
本当にその通りだ。
いくらアポカリプスがあるといっても、私にできることなんてたかが知れている。
でも……
「理由は、はっきり答えられないんですけど……」
魔王の力で『みんなが自分らしく生きられる世の中にしたい』って言ったから?
偽者となったとはいえ、一応はテスタメントのトップみたいなものだったから、責任を果たすため?
理由っぽいものはいくつか浮かんでくるが、どれもしっくりこない。
ただ、強いて言うなら……
「……今逃げたら、一生後悔する気がするんですよね」
「……っ!?」
その言葉に驚くアオイさん。
今日は散々な日だけど、アオイさんの色んな顔が見られるのは新鮮なので、そこだけは得した気分だ。
「……変なところで、同じなんだから」
下を向き、表情は見えないアオイさん。
少しでも笑ってくれていると嬉しいが、たぶんそうじゃないんだろうなぁ。
「忠告はしたわ。あとは勝手になさい」
そのままヴラムに肩を貸しつつ、出口へと向かう。
「……死んだら、一生恨んでやるから」
「あはは……それって、死ぬより怖いので頑張ります」
「行くわよヴラム」
「……お願いします」
「ま、待て!」
「我々はどうすればいいのだ!」
そこに魔族の人たちが一斉にアオイさんに声をかける。
「貴方たちの面倒を見る余裕はないわ。襲われても助けなくていいというなら付いてきなさい。それが嫌なら、ここに居るのね」
「なっ……」
「お、おい!」
そんな魔族の人たちを放っておきながら、上へと向かうアオイさんたち。
さすがに言葉きつ過ぎなので、フォローでも入れたいところだが、申し訳ないけど私にもそんな余裕はない。
「……まさか、お嬢ちゃんたちがここまでバケモノとは。完全に誤算だぜ……やっぱり俺、策略とか向いてねえ」
「そうですね。やっぱり、策略とかはもっと性格の悪い人がやるべきです」
「……それは、執事のお嬢ちゃんと、吸血鬼のオヤジ、どっちの事だい?」
「うーん、両方かなぁ……」
「ふ…ふふっ! あははははっ!」
本気で爆笑するスコール。
その笑顔に少し気を抜きたくなるが、笑っているのに全く隙が無いスコールを見て、むしろ気を引き締める。
「……もう少し早く出会いたかったぜ。魔王にも全然興味ねえみたいだし、気も合いそうだしなぁ。本当、世の中思い通りにはいかねえもんだねぇ」
居合の構えを取るスコール。
獲物を狙う狼の目に睨まれ、体に震えが走る。
「……そうですね。世の中思い通りにいかないっていうのは、同感です」
自分の戦う意思とは関係なく、勝手に震えだしている体を見て、本当にそう思う。
「……っし!」
小さく声を発しながら、自分の頬を両手で叩き、気合という自分の意思で、無理やりにでも震えを止める。
体は動く……いや、無理にでも動かす。
後はもう、前に進むだけだ!
「……二段、姫野葵。行きます!」
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