第3話 高嶺の花とホラー

我が学園が誇るマドンナ・真鶴凪沙が数多の男子を振ってきたのは有名な話である。下は園児から、上は大学生まで。断りの理由はいつも同じ。貴方じゃないとのこと。

難攻不落と恐れられたその牙城を崩すのは果たして一体誰なのか。


因みに園児の告白はおままごとの中の一幕だったらしいが、彼女は至極真面目に受け答えしていたという。何やってんですかね。






「ホラー好きよね。君」

「何ですかいきなり」


それは真に心外ではあるが、いつもの様に彼女が人のベッドの上で存分に寛いでいらっしゃった日のこと。


友達から勧められたとあるホラー映画をウキウキとセットしていれば、呆れ果てた目と共に先輩が自分に発したのが前述の台詞である。

寝転がったまま魅惑の肢体を下から徐々になぞるように手を動かして、何ともエでロなポージングを決める先輩を華麗にスルーしながら自分は機器の電源を入れる。

なんか不機嫌そうな視線を感じたけれど、それも敢えて気付かない振り。


「…普通ホラー観る?せっかく綺麗なお姉さんがベッドの上にいるのに」

「苦手なんですか?ホラー」

「そういうことを言っているのではないの」


溜息と共に後頭部に振り下ろされる力の抜けたチョップを甘んじて受け、手刀を頭に乗せたままパッケージからディスクを取り出した。


「何を観るのかしら?因みに」

「『おらこんな村嫌だ3〜惨劇の寒村〜』ですけど」

「…驚きだわ。続編が出せることに」


そうかなぁ。


戦慄いた表情を隠そうともしない先輩に首を傾げながら自分は操作を進めていく。

…しかし、ホラーか。深く考えずに聞いてあっさり流されたけれど、この人ってホラー大丈夫なんだろうか。まぁ、この人がそんな震えて徐ろに身体を寄せてくるなんて姿想像できないけれど。そんな愛らしい女の子いる訳ないか。


学園で見せる笑みとはまた違う、恐らくは素であろう気だるげな目でパッケージに手を伸ばして、裏返した瞬間、うへぇってな感じで露骨に先輩は顔を顰めた。


「…『ゴーストハンターである主人公・吉三はある日、静岡の奥地にある秘境で奇妙なサイレンの音を聴く。次の瞬間、光に包まれ気が付いた時、吉三は霧に包まれた寒村の中で目を覚ます。それは生物兵器の跋扈する新たな地獄の始まりだった』…何かしらね。この欲張りハッピーセットみたいなご機嫌なあらすじは」

「そこがいいんじゃないですか」

「よく話し合いましょうね。後で」

「因みにこの俳優、長年培ってきた経験によるリアリティ溢れる素朴な演技が何とも真に迫っていて、銃と剣を構えながらの決め台詞のジャックポ」

「後で」


変かなぁ。







「大作でしたね…」

「何で出来がいいのよ…。無駄に」


吉三がおらこんな世界嫌だという台詞と共に、笑顔で溶鉱炉にクラウチングで飛び込んでいくラストシーンは涙無くして見れるものではなかった。もう、義務教育だよこんなの。

ちょちょぎれる涙を拭きながら余韻に浸っていれば、何故か先輩は自分を信じられないものを見る目で見つめていた。お前まじかっていう感情が全く隠しきれていない。

何かおかしなことでもあっただろうか。ひょっとして彼女もティッシュでも欲しいのかなと思ってそっと優しく箱を差し出せば、取り上げた箱で頭を軽くはたかれた。せっかくの人の親切を…。


「何でしょうか」

「…今、大いに後悔しているわ。君を放っておいたこと」

「何故でしょうか」

「それが分からないからよ」


…何かおかしなことでもあっただろうか。組んだ腕の指先を苛立たしげにトントンと動かす彼女を横目に外を見る。いつになく夢中になっていたからか気づかなかったけれど、空は既に黒に染まっている。


「…怖いシーンが普通に怖いのが何より気に入らないわ」

「シリーズの売りですからね」

「タイトル詐欺よ。悪質な」


不機嫌そうに帰り支度を始める彼女の背中についていく。

因みにだが、自分の家はそこそこ良いマンションである。一端の学生がいっちょ前にそんなところに住んでいることは今は省略するとして、夜中の廊下は中々に雰囲気のある趣となっております。お帰りはあちら。避けて通ることはできません。


そして扉を開けて一歩踏み出した先輩がおみ足を上げたまま、何故か立ち止まる。


「……………」

「先輩?」


上がったままの眩しいおみ足が綺麗に逆再生され、元の位置へと。そして始まる奇妙な沈黙。

…まさかね。まさかあのクールビューティナギナギパイセンがそんなね、怖くて外を歩けないなんてそんなことは。


そして前を向いたまま、こちらを振り向かずに先輩が声をかけてくる。


「…コンビニとか行かない?藤堂くん」

「いえ、別に買うもの無いんで」

「感心しないわね。女の子を夜道に放り出すのは」

「はぁ…」


花の休日に突然押しかけてきたのはそっちでは?なんて言ったら駄目かな。駄目なんだろうな。彼女が何故自分の家を知っているかは、また今度語らせてもらうとして。


「じゃあ自分はこれで…」

「蓮」


ダァシエリイェス。さり気なく扉を閉めようとしたら、すかさず白い手が滑り込んできてガッチリと扉を抑え込む。互いの信念(閉)と信念(開)がぶつかり合う。けれどもその均衡はあちらへと容易く傾いてしまって。

…え、力強っ。男としてちょっと泣きたくなった。


「コツさえ掴めばこちらのものよ。テコの原理ね」


テコ要素無かったでしょうに。


「で、何でしょうか」

「…可愛くないわ」


可愛さ売りにしてないですからね。

一方、可愛らしく唇を尖らせた先輩はいつになく幼く見えて。開けた扉が閉まらない様に身体を預けると、彼女は諦めた様に溜息を吐き、こてんと頭を傾けた。


「…ふぅ、分かった。分かったわ。…ちょっぴり怖くなったから送ってくれない?家まで」

「中々に厚かましいですね」

「か・わ・い・く・な・い」

「いひゃいいひゃい」


両頬を遠慮なく抓られる。赤くなった頬を擦りながら観念して扉の外へと踏み出せば、中々に外出意欲を無くしてくれる温度差が一気に襲い掛かる。眼鏡曇りそう。


エレベーターのボタンを押せば、今まさに過ぎ去ってしまったところらしく、僅かであれど微妙に時間を持て余してしまう。

何とも気まずいと思ったけれど彼女はそうでもないようで。さっきまであんなに不機嫌そうだったのに今はどこか楽しそうに身体を揺らしている。何かいいことでもあっただろうか。


「覚えてる?私の家」

「……まぁ…」

「ふふ。そ」


忘れる訳ないだろう。あんなに温かい家族に囲まれてどれだけ羨ましかったことか。

…正直、何もかもに恵まれたこの人を一度も疎まなかったと言えば嘘になる。けれど、それ以上のものをこの人は与えてくれたから。

だから繋がりを断ち切れなかった。我ながら未練がましいものだけれど。


「会っていく?」


到着したエレベーターの中で、彼女が横からそんなことを言ってきた

おじさんとおばさんに、ということなのだろう。

…けれども流石にあの人達に合う勇気はまだ持てなかった。大切な娘の心を傷つけたのだ。嫌われたとしても文句は言えない。


「…今は、いいです」

「そ。今は、ね」


ふわりと、何故か嬉しそうに頭を撫でられた。どこまでも優しいその手つきは、昔と何も変わらない。いや、寧ろ大きくなった分、昔よりも─


と、甘んじて受け入れていた自分に気づいて、慌ててその手を除けた。手遅れだと思わなくもなかったけれど。

その証拠というべきか


「ふふふふ」

「………」


凄い癇に障る笑顔でこちらを見つめている先輩がいるのだから。


「可愛くないこともないわ」


ご機嫌そうに発せられたその言葉から逃れる様に、エレベーターの扉が開き切る前にさっさと外へと歩き出す。


灯った熱を何とも微妙に冷ましてくれる風が、今だけは妙にありがたかった。

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