第3話 俺の過去とお弁当
ここはとある空き教室の一つだ。本来は施錠されているが、エルフの国からやってきた留学生であるフィーネのために開かれた特別室でもある。
要するにストレスがたまるかもしれないから一人に慣れる所があった方がよいという学校側の配慮である。
「それで、異世界に来た勇者であるリューゲルと聖女シズィ、職業不明の英雄シィーヤ、彼らは力をあわせて私たちの世界を魔王の手から救ってくれたの。そんな中でも私はシィーヤのファンでね……彼は誰よりも優しくて、迷子だったとある少女を……」
フィーネが嬉しそうに、そしてどこか得意げに語っている。美しい彼女から紡がれるのはまるで英雄譚のようで素敵だが、あいにく魔王を倒すまでの物語には興味がない。
いや、だれよりも詳しく知っているし、脚色された物語を聞くのが恥ずかしいというのが正しい。
「あー、その話はいいや、どちらかというと、魔王を倒した勇者たちがどうなったかの方が気になるかな」
「もう……神矢にもわたしの英雄のことを聞いてほしいのに……」
よほどお気に入りの逸話でもあったのか、不満そうに唇を膨らませる。こうして時々子供っぽいところを見せるのは俺と二人っきりの時だけである。
まったく……転校して慣れない彼女の世話をしただけなのに心を許しすぎではないだろうか?
「魔王を倒した後に、勇者リューゲルと聖女シズィは魔王領で残党の魔物たちを倒して、そこに国を作ったのよ。今はその子孫が治めているわ」
「へぇー、二人はちゃんと結ばれたんだな……」
「ええ、とても仲良しで、最期まで夫婦として添い遂げたわよ。リューゲルが死んだあとも、シズィは子供たちに囲まれてあの世を去ったわ」
笑顔で語るフィーネの言葉に俺の胸が痛む。ずきずきと痛む。ああ、くっそ……もうとっくに立ち直ったはずなんだけどなぁ……。
そろそろ大丈夫かなって思って聞いてみたが、まだまだだったようだ。
「そうか……二人は異世界で幸せな人生を送ったんだな……」
「ええ、私も何回も会ったけど、いつも幸せそうに笑って色々とお話をしてくれたわ……だから安心していいわよ」
フィーネはあの二人と親しかったのだろう。そして彼女たちから話を聞いてこちらの世界に興味をもったのだろうか? 懐かしむように窓の外を眺める。その表情は偽りなく思い出に浸っているようだ。
ああ、よかった……雫姉さんと竜樹のやつはちゃんと結ばれて幸せな生活を送れたようだ。異世界転生の物の中には勇者の力を恐れた権力者によって色々とされるものもあるからな……
そう、もう、わかっていると思うが、三英雄の一人であるシィーヤとは俺のことである。と言っても、俺は幼馴染である雫が聖女として召喚されるときに一緒にいたため巻き込まれただけの一般人だったのだが……
あの異世界への出来事はまさしくラノベ3冊分にはなるほどの物語だった。ただ悲しいことは主人公は俺ではなかったという事だろう……
あの物語の主人公は魔王を倒すべく勇者として召喚され、いかなる剣も触れただけで使いこなす『聖剣の担い手』というスキルを持つ鱗川竜樹で、ヒロインは聖女として召喚され、『女神代行』という女神の力を行使することのできる七咲雫だった。一応俺にもスキルは目覚めたが大したものではなく、しょせんサブキャラのような存在でしかなかった。
俺がサブキャラとして誰よりも近くで見ていたのは二人の冒険とラブロマンスの英雄譚だったのだ。
「でも、神矢はなんで、百何年も前の話を聞きたがるの? 私たちエルフにとっては最近だけど、人間にとっては、かなり昔なんでしょう?」
「ああ……でもさ、俺の世界の人間が活躍したんだ。気になるだろ?」
不思議そうに首をかしげるフィーネの指摘を俺は笑ってごまかす。そう、フィーネの世界と現実世界は流れる時間が違うらしく、俺が異世界から帰ってからまだ一年ちょっとしかたっていないというのにあっちでは百何年も立っていたらしい。
まあ、俺が魔王を倒してこっちに帰ってきたときも、あっちでは三年間過ごしたというのに、三日しかたっていなかったからこんなものなのだろう。
「それで……お話もいいけど……そろそろ私の作ったお弁当を食べてほしいんだけど……」
フィーネがいつもとは違い少し緊張した口調でお弁当箱を指さした。
「ああ、悪かった。だけど、フィーネって料理ができるんだな。まさか……お弁当を作ってきてくれたなんて……」
机の上には可愛らしいピンク色のお弁当箱が二つあり、俺とフィーネの分が用意されていた。彼女はなぜか俺の分まで作ってくれたようだ。
「当たり前でしょう。私はエルフ国のお姫なのよ。なんでもできるのよ」
「君は完璧で究極なプリンセスってやつか……」
「なにそれ……?」
「推しの話だよ」
俺は軽口を叩きながら、お弁当箱をあける。おかずにはサラダやパンのほかに俺の大好物のハンバーグがある。
「エルフってお肉は苦手なのに、わざわざ作ってくれたのか……」
「だって神矢はお肉が好きでしょう? 大した手間じゃないし気にしなくて良いわよ」
森の中に住むエルフは基本的に草食だ。現に彼女のハンバーグは肉ではなく大豆である。そして、わざわざ苦手な肉を調理するのが大した手間なことくらい、俺だってわかる。
「ありがとう、フィーネ」
俺は彼女の優しさに感謝しながら、ハンバーグに口をつけると思わず目を見開く。どこか恐る恐るこちらを見つめながら耳をぴくぴくとさせているフィーネの表情に緊張が走る。
「この味は……」
「どう……? 美味しい?」
「ああ、無茶苦茶うまいよ。すげえな。フィーネは本当になんでもできるな」
俺はそう言いながらもハンバーグをどんどん食べていく。確かにうまかった。だけど、ただ美味しいわけではないのだ。なぜか俺の家庭の味だったのである。一人暮らしだった俺はなつかしさ補正もあって、手がとまらなかったのである。この味はお母さんか、よくうちに遊びに来ていた雫姉さんしか知らないはずなのに……
ふと視線を感じるとフィーネが満面の笑みを浮かべて俺が食べるのを見てエルフ語でつぶやいていた。
『えへへ、神矢が喜んでくれている!! 神矢がお弁当食べたいって言ってたから頑張って作ってきた甲斐があったわ」』
どうやら俺が一とはなしていたくだらない雑談を聞いていたらしい。うれしくも思いながら、彼女の本音に気づかないふりを続して問いかける。
きっと今の俺は少し顔が赤くなっているだろう。
「え?なんだって?」
「うふふ、これくらいできて当たり前でしょうって言ったのよ」
少しすました表情で笑みを浮かべるフィーネ。だけど、嬉しさを隠せないのか、耳がぴくぴくと動いている。
俺がもしも、エルフ語がわかるってわかったらこいつマジでどうなるんだろうな……
最初は理由を聞かれるのがめんどくさかったからエルフ語がわかることを黙っていたのだが、今更知っているのとは言えない雰囲気である。だいたいさ……なんでこいつは転校した時にちょっと世話をしただけの俺にこんなになついているのだろうか? そして、なんでこいつは俺の家庭の味を知っているんだ? もしかしてエルフの故郷の味ってうちの実家の味だった?
あっという間に食べ終わった俺は気になっていることを聞いてみる。
「でもさ、フィーネには子供のころからずっと大好きな人がいるんだろ? 俺に手料理を作ってくれたりなんかしていいのかよ?」
そう……彼女は転校して落ち着いたタイミングでクラスの陽キャに告白され、断ったのだ。その時にせめて連絡先を……と言われたときに「子供ころから好きな人がいるのでそういうのは無理なんです」と冷たく切り捨てていたのである。
だから、俺ともこんな風に無茶苦茶仲良くしていいのか?……と思うのだが……
「ふふ、神矢はいいのよ、そんなことよりまた作ってきてあげるわ。楽しみにしてなさい」
この調子である。上機嫌そうに笑いながらお弁当を食べている。まあ、俺は幼馴染の雫姉さんにも一切異性だと思われなかった男だ。彼女的にでも俺は頼りになるただの友人というポジションなのかもしれない。
ならば友達にお弁当を作ってもらったのだ、こちらも何かお礼をすべきだろう。
「よかったら放課後クレープでも食べに行くか? 前に行きたがっていただろ?」
「本当? 一回でいいから食べてみたかったの、従者には今日は帰るのが遅れるって言っておくわね」
すました顔でお弁当を食べているフィーネの手が少し早くなり耳がぴくぴくと動く。そして、エルフ語でぼそっと彼女はつぶやく。
『これって放課後デートってやつかしら……』
だから、こいつは俺をかんちがいさせるようなことを言うんじゃねえよ!!
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