あの時の約束

蟹蒲鉾

あの時の約束

 僕には小学生の頃から片思いしている女の子がいます。

 女の子と初めて会ったのは、小学五年生のときに通っていた習字教室でした。その当時の習字教室には僕と同年代の生徒がいなかったのもあって、同い年のその女の子には自分から積極的に話しかけに行ったのを覚えています。

 一年ほど経ったころ、週に一回の習字教室で一時間だけの関係は突然終わりを迎えました。女の子は中学受験のために習い事を全部やめるんだと、寂しそうに言っていました。

 もう会えないのかもと考えた当時の僕は、その小さな体に見合ったちっぽけな勇気を何とか振り絞って、友達になってほしいと申し出ました。実際、何と言ったかは覚えていません。ただ、間違いなく女の子からはきれいな笑顔で、友達じゃなかったの? と返ってきたはずです。

 それから、彼女が習字教室をやめてしまった後も、同じ曜日の同じ時間に会って話す関係は続きました。半年ほどが経って彼女が忙しくなってからは会う代わりに電話へと交流の形は変わっていきました。そのときの僕は寂しさも感じていましたが、受験が終わったらきっとまた会えると根拠のない確信を持っていました。

 僕が望んだ通り、彼女の受験が終わるとすぐに元の関係へと戻りました。

 中学に上がってからも、小学生の頃と同じとまではいかなかったけれど、僕たちの関係が悪くなることはありませんでした。

 中学二年生になる頃にはお互いの家に遊びに行くようになり、中学生らしい青春を過ごしていたと思います。「三十歳になったら結婚しよう」なんて子供らしい約束をしたような気もします。

 高校受験が近づいてからは前回と同じように会うことは減り、前回とは違ってメッセージアプリでのやり取りが増えました。前回よりも交流の頻度が減ってしまったのは僕が彼女のことを意識し始めたのも関係していたのかもしれません。

 勉強していても、彼女のことが頭から離れない日が続きました。彼女のことを考えれば考えるほど、僕は彼女とどんな風に話していたか分からなくなっていきました。高校受験も終わり、合格したよ、と彼女から連絡が来たときも、おめでとう、とただひとこと返信することしかできませんでした。

 そのあとも、電話や会うことを何かしらの理由を作って断ってしまっていた僕のことを大馬鹿者と呼ぶのでしょう。

 彼女が親の仕事で県外へと引っ越すことになったことを僕は知りませんでした。彼女が引っ越す前日のメッセージを僕は見れなくなってしまっていたのです。精神面の問題もありましたが、直前に事故にあってスマートフォンも壊れてしまっていました。

 もちろん当日も彼女の所に行くことはできませんでした。

 それから彼女がどうしていたかを僕は知りません。彼女からの最後のメッセージにもいまだに返せていません。

 彼女は頭が良かったから、きっといい大学に行って、彼女にしかできないような仕事をしているのだと思います。僕は何かを成し遂げる力がない自分に憤りを感じながら、何もない日々を過ごしていました。

 ある日、彼女は突然僕の前に現れました。久しぶりに見た彼女はすごく大人になっていて、あの日から成長していない自分とは大違いです。

 どうやら彼女は結婚したことを伝えに来たようでした。遠くに止めてある彼女が乗ってきた車には旦那さんらしき人が見えます。しばらくの沈黙の後、彼女は顔を上げて口を開きました。

「先月、結婚したんだ。会社の先輩ですごくいい人なんだよ」

 僕も、そう思ってた。

「……私、あなたと結婚するんだって思ってた。三十歳になったら結婚しようって約束、守れなくてごめんね」

 彼女はそう言って、墓石の前で涙を流しました。

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