アラサー刑事、トラウマだらけの母校へ潜入捜査する
佐々木 凛
序章
夕暮れの学び舎 道に迷う
我の祝詞で 自らが欲する未来を手に入れんとす
黄昏の祈禱師
「三日前から、こんな奇妙な怪文書が出回った。生徒や保護者からの不安の声も上がり、警察に対応を迫るも、どうせただの悪戯だと門前払い。その結果が、今日のこれですか」
「校長、先ほど病院の方から連絡がありました。その……二人とも亡くなったそうです」
「ああ、誰がこんなことになると予想できましたか。誰が都市伝説ともいうべきこんなふざけた魔物からの脅迫状を、信じようなどと思いますか――誰が、生徒間の殺人事件が同時に二件も起こると思いますか」
職員室は騒然としている。詩的な表現で状況を嘆く校長に、現実逃避から仕事に没頭するベテラン教員。亡くなった生徒の家族に、泣きながら罵倒され続ける担任。しかしグラウンドからは、部活動を楽しむ生徒の声が聞こえる。校舎の内外で、天国と地獄ともいえる格差が広がっていた。
その時、職員室に人影が入ってきた。
「校長先生、加害者の生徒たちが口を開き始めました」
「放課後の凶行。生徒たちがまだ知らない内に、何としても真実を明らかにしておく必要があります。彼らは、どんなことを言ったのですか」
「それが、二人とも口を揃えて同じ理由を言うんです」
「同じ理由?」
「――昨日、放課後の教室で、黄昏の祈禱師に会った。そいつから犯行方法と日時を指定されて、その通りに実行した、と」
「ああ、天縣高等学校創立以来の大事件です。この学校に代々伝わる都市伝説のような魔物に、二人もの生徒が惑わされて、その手を血で染めた。そんなこと、どうやって保護者に説明すればいいのですか。二人とも魔物の不思議な力に魅せられて、犯行に及んだそうです……なんて、そんなふざけた説明誰ができるんだ!」
「落ち着いてください、校長。私たちが取り乱してどうするんですか。それに、黄昏の祈禱師は生徒たちが証言していることなんです。魔物なんてものがいるとは思えませんが、そのような不審者が学校に侵入したのかも」
「ふん、どうせ自分の罪を軽くしたいがためについた嘘ですよ。とにかく、あの二人を早く警察に突き出しなさい」
「なに言ってるんですか。我々が生徒の言う事を信じてあげないで、誰が信じるんですか」
「誰もそんな話信じませんよ。ああ、もう。青臭い精神論はそこまでにしてください」
その時、職員室の扉が音を立てて開け放たれた。
「ちょっと、ここは職員室ですよ。生徒の個人情報を管理しているので、清掃業者の方々が気軽に入ってこないでくださ――」
「大変です。屋上から女子生徒が転落したみたいなんです。すぐに救急車に連絡してください」
「今度は転落事故……一体どうなってるんだ!」
「校長先生、転落した生徒の下へは私に行かせてください。女生徒が相手なら、同性の私が行った方がいいと思います」
「そうですね。藤浪先生、頼みました。ところで清掃業者の方々、転落した生徒の名前などは分かりますか」
「私たちは知りませんが、その場に居合わせた男の子は、久留米さんと呼んでいましたよ」
「久留米さんか。であれば、的場先生? 的場先生はどこですか」
「的場先生ならここに――って、あれ。さっきまでいたと思ったのに」
「稲森先生、すぐに探してきてください」
「え、私がですか」
「頼みましたよ」
「はあ……全く、こんな非常事態にあいつはどこに行ったんだよ」
とある教師のそのボヤキは、やがて大きく広がっていった生徒たちの悲鳴によって掻き消された。
翌日、この豊延市立天縣高等学校で起こった二件の殺人事件と一件の転落事故が紙面を騒がせたことは、言うまでもない。
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