笑うな!

筆入優

笑うな!

「あなたに、笑うと死んじゃう呪いをかけました」


 突然俺の家を訪ねてきた少女は「私は呪いの魔女です」と言った後、俺に呪いをかけて消えていった。俺は玄関に突っ立ったまま、頭がおかしくなっちまったんだって思った。頭を冷やそうと熱さまシートを額に貼って数時間待ってみた。それでも夢から覚める感覚とか、心が落ち着く感覚とかは一向に訪れなかった。俺は初めから正常だったんだって悟る。


 そうとなれば、自称魔女の言ったことも真実味を帯びてくる。怖くなった俺はあえてを見まくった。笑いに耐性をつけようと考えたのだ。


 どれだけ耐性が強くなっても、予期せぬ笑いがこみ上げてきたときのことを考えると不安で夜も眠れなかった。次第に会社も休むようになった。

 そんなある日、上司から俺を心配する電話がかかってきた。俺は申し訳なさで胸が張り裂けそうになった。生活費も稼がなければならないしと、勇気を振り絞って外に出た。


 久々に日光に当てられて頭痛がした。足取りもおぼつかない。途中で立ち止まったり座り込んだりして、休みながら駅に向かった。

 最寄りの駅前に着いたのは家を出てから約四十分後だった。以前は十分もかからなかったのに。


 落胆する一方で「ここまで来たら、あとは電車に乗るだけだ」と俺は勢いづいた。

 先ほどの千鳥足など無かったかのように、俺は勢いのままに駅に続く階段を駆け上がった。


 改札に向かう。改札を通りかけて、立ち止まった。向こうに友人と見知った顔の女の子が話しているのが見えたからだ。それは魔女と名乗った少女だった。


 俺はその時、友人を助けるべきだった。

 だが、最初に俺がしたのは——。

 

 笑うこと、だった。


 次の瞬間、視界が歪み始めた。俺はその場に立っていられなくなり、改札の小さな扉に引っかかるようにして倒れる。霞みゆく意識の中、なんとか顔を上げて少女の顔を睨みつけようとする。


「まだ目を合わせるだけの体力が残ってるなんて、尊敬します」


 少女の声が機械音声のように、無機質に、頭の中で響いた。友人が俺の名前を呼ぶ声が聞こえるが、反応はできない。


「私、魔法でずっとあなたのこと監視してたんです。笑いの衝動に耐えるために随分と頑張ってましたよね。あ、もちろんここに来るまでと来てからの様子も、ちゃーんと見てました」


 少女が一歩近づいてくる。彼女は俺の顔を覗き込むようにして続けた。


「しかし残念でしたね~。あんだけ頑張ったのに、最後はで死んじゃうなんて」

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