回想3

 ――魔王オディウムとの決戦。


 ティム・モルフェウス一行を待ち構えていたオディウムは、第二形態、第三形態とその姿を変えて、最後は全長50メートルほどの大きさにまで膨張した。


 その全身は見るもおぞましい姿だった。


 極端に大きい頭蓋骨を持つ竜の首に、小さな砦なら一振りで壊せそうな腕、そのツメは氷山のように長く尖っている。


 腹から下は常時高速で伸びる植物のツタで覆われており、それは周囲の岩石をなぎ倒しながらどこまでも伸びていく。とてつもなく邪悪な花が咲いて、この世界を吸い尽くしているようだった。


 ティムたちはミラグロの軍勢を総動員した援護を受けながらも、オディウムの持つ余りも圧倒的な力の前にひれ伏す寸前だった。


 ティムとエリックは機動部隊のドラゴンに乗り、上空で旋回しながら攻撃の機会を狙っている。エリスは少し離れた小型飛行機で、攻撃魔法や補助魔法で前衛の二人を援護していた。



「バケモノめ」


 ティムが毒づく。


「その通り。バケモノなんだよ」


 エリックが自嘲的な口調で答える。


 上空から見ていると、オディウムを中心にして、おびただしい数のツタが同心円状に伸びていく。この星に巨大な寄生虫でも付いたかのような光景だった。


 ドラゴンの背に乗りながら、ティムが呻く。


「悪夢だな……」


「そうだ。悪夢だ。その悪夢を俺たちが終わらせるんだよ。あのバケモノの支配を。そして、この世界の混沌を……」


 オディウムが叫ぶ。


 途轍もない音圧。周囲にビリビリとした空気が打ち寄せる。鼓膜が破れそうなほどの音量だった。


 ティムたちが顔をしかめる。


 だが、怯んでいる場合ではない。


 この闘いを終わらせないといけない。


 眉間にシワを寄せながら、二人は手綱を引く。


 2匹のドラゴンが虚空をクロスしながら飛んでいく。


 上空で止まり、二人は詠唱を始めた。


 神授の紋ゴッド・スペル――文字通り、神から授かった攻撃魔法。


「クロス・オブ・エンド!」


 魔力で限界まで増幅されたドラゴンの口から、青白い炎が激流のように発射される。


 クロス・オブ・エンド――それは、選ばれし者だけが使えるとされる、神々より受け継ぎし秘技。


 増幅され、濃縮した攻撃魔法のスペルをドラゴンの内側に溜めて、ドラゴンのブレス攻撃という形で放射する攻撃魔法。


 濃縮された攻撃呪文はドラゴンのブレス攻撃に乗り、空気中で高速で陽子を振動させてさらなる威力へと進化していく。


 当たれば国が一つ滅ぶレベルのブレス攻撃が2発上空から放たれる。


 いや、当たれば、などというものではない。


 このブレス攻撃は周囲一帯を吹き飛ばす威力なので、避けようが無い。


 凶悪な十字架が、大気を割ってオディウムの巨体へと直撃した。


 轟音――光とともに、途轍もない爆風が上がる。


 エリスの搭乗する飛行機も、上空で激しく揺れる。


 その機体は結界で守られているはずだが、ここまで激しい爆発になると結界だけで守りきれない。激しい揺れで、搭乗員やエリスは機内で転倒した。まるで洗濯機にでも放り込まれたかのようだった。


 爆発はすさまじかった。


 焼け跡が徐々に見えていく。


 まるで、巨大な隕石が落ちたかのような光景だった。


 爆心地から煙がもうもうと立ち込める。


「やったか」


 二人がドラゴンを上空へと昇らせていく。


 煙の向こうはまだよく見えない。


 だが、これだけの大爆発を受けて、オディウムが無事でいるとは考えづらかった。


 ――魔王オディウムを倒した。


 そう思いたいところだが、なぜか妙な胸騒ぎがした。


「安らかに眠っていてくれ、頼むから」


 ティムが虚空を旋回しながら言う。


 煙が晴れていく。


 空気が重い。


 敵を倒したはずなのに、なぜかまったく晴れやかな気分になれない。安堵感も無い。


 端的に言えば嫌な予感――それしかなかった。


 煙がいつになっても晴れない。煙だけでなく、妙な胸のつかえも晴れないままだった。


 ティムとエリックは目で合図すると、空からオディウムがいたはずの場所へと近付いていく。


 オディウムが死んでいれば、ここに巨大な死体かクレーターがあるはず。


 だが――


「嘘だろ……?」


 クレーターはあった。


 だが、その中心地からおぞましいほどのツタが伸びている。


 ほどなくして、怒りに満ちた咆哮が聞こえる。


 クレーターの中心には、傷だらけになりながらも報復の叫びを上げる魔王オディウムがいた。

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