王都潜入

 ――夜になった。


 王都ミラグロは眠ることを知らない。


 深夜になっているにも関わらず、街には永久機関のごとく明かりが灯り続けている。その動力源は、無名の魔導士たちのスキルで生成された人工的な光だった。


 深夜になると酒場や「夜の店」が稼働し、ろくでもない奴らがいきがって闊歩するためにあちこちで喧嘩が起こる。


 だが、それも魔王オディウムの影に怯えていた頃に比べるとずいぶんと平和なイベントに見えた。


 そんな繁華街の遥か上空を、高速で動く黒い影があった。


 それはドラゴンのアマリリスに乗ったダークエルフの女戦士、レインだった。


 バカ騒ぎに忙しいごろつきたちは、夜空を切り裂いていく飛行物体に気付きやしない。


 だが、それも仕方のないことだった。


 レインは特殊スキルを駆使して、アマリリスごとステルス状態で移動していた。このスキルは同等のスキルを持つ者か、それ以上の実力を兼ね備えた者でない限りは看破することができない。


 そのため、アマリリスが豪快に羽ばたいていても、その音は誰にも知覚されることがない。お陰でレインが堂々と王都ミラグロの上空を移動することができる。


 アマリリスに乗って、皇帝の城へとやって来た。


 これ以上ないほどに物騒な建築物は、城壁のところどころに砲身が見える。


 不意打ちで皇帝を殺す手もあるが、それをすれば反撃の砲撃で生きて帰ることが不可能になるだろう。


 それどころか、人間たちは途轍もない復讐心とともに漆黒の森へと全軍を投与するだろう。それはダークエルフと人間の戦争が始まることを意味する。それは誰も望んでいないことだった。


 事前に皇妃のエリス・イグナティウスのいる寝室は調べ上げていた。城にはダークエルフの刺客を送り込んである。内通者から深夜であれば警備が手薄になり、かつ皇妃も眠りに就いていることから誘拐の成功率が上がる旨の報告を得ている。


 皇妃が寝床として使っているとされる塔へ行くと、アマリリスの背中からその天井へと飛び移った。


「ありがとう。あなたはどこかで大人しくしていて」


 アマリリスに礼を言いながら撫でると、眼で理解した風の合図をして、静かに空へと消えて行った。皇妃を拉致したら、アマリリスの背に乗って逃亡する算段になる。


 スキルの「隠密」はまだ生きている。


 つま先で足音を殺して、気配を夜風にまぎれさせる。


 塔の壁を伝いながら、窓へと降りていく。ガラスに手を当てると、火属性の魔法で音も無く溶かす。魔力の込められた強化ガラスが、飴細工のように溶けていく。


 溶かした窓から潜入する。


 通路の向こうから、薄明りが見えた。


 足音を消して歩くと、間歇的に脳裏に電気の走るような感覚があった。


『結界? ……いや、違う。これは……』


 妙な感覚だった。


 パリパリと不規則に流れる電流に注意を取られる。


 理由は分からない。皇妃直属の魔導士が妙な結界を張っているだけかもしれない。


 ともあれ、ここで引くわけにはいかない。


 レインは身を低くしながら、明かりの方へと近付いていく。


 明かりのもととなる部屋の扉が少しだけ開いていた。


 扉の隙間に手を入れて、ゆっくりと開いていく。


 誰もいない部屋。見渡すと、天蓋付きのベッドにシャンデリアが吊るされている。


 ところどころに装飾品や宝石が並んでいた。ざっと見ただけでも、資産家の部屋で見せびらかすように並べられた高級品の数々を遥かに上回る貴重品の山だった。これが国民の血税で購入されているのかと思うと、他国のことなのに憎しみが沸いた。


「そこにいるのは誰なの?」


 宝物ほうもつに気を取られていると、死角となった背後から声をかけられた。


 舌打ちをこらえて声のした方へ向くと、規格外の美女が不安そうな顔で立っていた。


 透き通るような金髪に、大きなエメラルドグリーンの瞳。流れるラインを持った細い肩は、男たちの庇護欲を暴走させそうだった。


 これから寝るところだったのか、その女は金細工で輝くネグリジェを着ていた。それだけを見れば、魔王オディウムを討伐した一員とは思えないほど、いたいけな印象を与えた。


「あなたは……」


 誰に説明されずとも、自然とその名が口をついて出る。


 ――エリス・イグナティウス。


 目の前の女は、これから拉致しようとしている皇妃その人だった。

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