長老会議
「近いうちに帝国軍が攻め込んでくるわ」
レインが険しい顔で言う。
漆黒の森の奥。そこには木々に囲まれた庵がある。長老会議と呼ばれる、有力者の集まりである。それぞれの長老たちは、漆黒の森で自治会めいた集まりの長を務めている。長老会議とは、それらの集まりに当たる。
ここでは種族の未来や展望について議論が交わされ、具体的な方策が決裁される。いわば少数民族の政府である。
ゲオルクの恐ろしい計画は、カラスに化けたアマリリスを通じて中継が成されていた。
レインは強い絆で結ばれた仲間の眼を通じて、あたかもその当人や生物が見ているかのように、彼らの見ている世界を遠隔から見ることができる。
また、その映像は魔力を使って閲覧可能な映像に変換することもできる。「調教師」と「賢者」のスキルを併せ持つレインにしかできない芸当だった。
会議場の中心には、魔石をテレビのように成形した機材が、その映像を映し出していた。
賢者たちと称されるダークエルフの重鎮たちは一様に口をつぐんでいた。
いや、今しがたに聞いたおぞましい計画に声も出せないというのが正確な表現になるだろう。自分たちを虐殺する計画を聞かされて、冷静でいられる者などいない。
「私たちは早急に手を打たないといけない。さもなければ皆殺しにされるだけよ」
あえて直截的な言葉を選ぶレイン。
長老の一人が危機的な状況について言及する。
「手を打つとはいえ、具体的にどうするつもりなのだ、レインよ。帝国軍の軍勢は人数も火力も違う。正面衝突すれば、それこそ私たちが皆殺しにされるだけだ」
「そうでしょうね」
レインも素直に認める。
いくらレインが一騎当千の力を持っていたとしても、四方八方から多勢に無勢で攻められたらどうしようもない。軍隊アリに呑まれる肉食動物のように、数で圧倒されるのは目に見えている。
「ではどうするのだ? 奴らに交渉の余地は無いのか?」
もう一人の長老が言うと、先ほどに話した長老が「交渉とは?」と訊いた。
「そもそも奴らの動機は魔石だろう。それなら魔石を譲渡する代わりに、こちらへの侵攻をやめさせる話は出来んのか? 向こうにとっても悪い話じゃあるまい」
「甘いわね」
レインはピシャリと言い放つ。
「あいつらは奪えるものなら何でも奪うわ。魔石だろうが、ダークエルフの女だろうが。それが帝国軍という存在よ。あいつらは世界を牛耳っていると本気で信じている。そんな相手に交渉を持ちかけても、いいように搾取されて終わるだけだわ」
「そうは言うが、このままでは我ら全員が殺されるか、良くても耳なしで残りの人生を生きていくことになるぞ」
「わたしに考えがあるわ」
レインが決然とした様子で言う。
なぜか、嫌な予感がした。
「皇妃のエリス・イグナティウスを誘拐するわ」
長老たちがざわつく。
エリス・イグナティウスは皇帝の妻であり、魔王討伐をした勇者たちの一員である。
そんな人間を誘拐すれば、どれだけの事件になるかは想像に難くない。
「皇妃を誘拐だと?」
長老の一人が精神異常者を見る眼で言う。それがまともな反応だった。
「ええ。帝国軍と正面からぶつかるのはリスクがありすぎる。でも、敵のアキレス腱になるのが皇妃でもあるの。尻にしかれているとはいえ、皇帝は皇妃無しでは生きていけないからよ。皇妃を誘拐すれば、帝国もこちらへは手出しができなくなる」
長老がますます混乱する。
帝国軍と正面衝突することも十分に自殺行為だが、帝国へと侵入して皇妃を誘拐しようなどと、愚かを通りこして狂気の沙汰にしか聞こえない。そんなことがどうやって可能になるのか。
「できるわ」
長老の心を見透かしたように、レインが答える。
「私には『潜入』のスキルがある。アマリリスを使って、空から侵入すればできない話でもない」
レインはダークエルフの長老ですら把握しきれないほどのスキルを持っている。今までの無双ぶりを見ていれば、あながち大言壮語でもないのかもしれない。
長老たちは目を見合わせ、互いの考えを確認し合う。
人間に追従するべきか、それともレインにすべてを託すべきか。
どちらにせよ、このままでは皆が殺される。
「……わかった」
長老が覚悟の決まった眼で言う。
「レインよ、皇妃のエリス・イグナティウスを誘拐して来い。漆黒の森を、ダークエルフたちを守るために」
「すべては精霊のお導きのままに」
レインは一礼して、庵を辞去した。
風のように消えて、先ほどまでレインが立っていた場所には白い羽がひらひらと落ちていった。長老たちは、それを見なかったことにした。
「さて」先ほどまで無言だった長老が口を開く。
「図らずとも、我々の命運は彼女に懸かってしまったわけだな」
「仕方がありますまい。帝国の兵士やら魔導士やらに対抗できるのは、実質レインだけです。その彼女とて、すべての帝国兵を相手にできるわけではない」
「魔王がいなくなったというのに、安心して眠れぬ夜が続くわけだ」
「もしかしたら、以前に魔王と呼ばれた者は、どこかで英雄だったのかもしれませんな」
軽口を叩いた長老に、他の長老から厳しい目が注がれる。
「申し訳ない。さすがに不謹慎だった」
即座の謝罪に、他の長老たちは頷いた。
不謹慎であることも確かだが、案外彼の冗談も間違ってはいないのかもしれない。
人とは、愚かな生き物なのだから。
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