酷薄な笑み
森の入り口では、いまだに壮絶な闘いが続いていた。
ダークエルフは弓で、魔法で人間たちを討とうとする。
五月雨のように方々から矢が降り注ぎ、断末魔の声とともに人間たちが倒れていく。矢には魔力が仕込んであり、傷口から人体の細胞を破壊する妖気が込められている。
矢が刺さった者は、片っ端から顔面を、四肢を破裂させていく。
絶叫――一人の断末魔が、他の戦士たちへと恐怖を伝播させる。
「手を緩めるな。相手はまだ生きているぞ!」
弓矢隊を率いる隊長が叫ぶ。
ダークエルフの弓矢は性能が高く、かつ種族としての能力も秀でている。長距離戦で闘うのであれば、人間に勝ち目は無い。
魔法部隊が攻撃魔法で活路を開こうとしても、それ以上の威力を持った攻撃魔法で返り討ちにする。
ここは漆黒の森。
精霊の加護を受けた者は、その魔力を倍増させる。
ダークエルフの能力がそもそも高い上に、精霊の加護で増幅された筋力や魔力は、たかだか人間のそれを遥かに凌駕していた。
無尽蔵に放たれる魔法の矢。
それらは容赦なく人間たちを射て、その命を消してゆく。
形勢が一気にダークエルフ側へと傾いていく。
人間たちにとって、相手のフィールドで闘ったことは大いなる間違いだった。
◆
いよいよ帝国軍も撤退か――。
兵士たちの多くがそう思った時、一人の男が薄気味悪く口角を上げた。
――アシュラミド・パザエフ。
日焼けした肌にターバンを巻き、薄汚れた白い民族服を悪趣味なウエディングドレスのように引きずっている。
どこから見ても悪人にしか見えないが、パザエフはかつて魔王と闘った帝国軍の一員だった。
兄が君主を務める祖国で、パザエフは軍人として最前線で闘ってきた。王族だったのもあり、最前線での闘いは誰もが止めたのだが、周囲の反対もまったく気にせず、パザエフは戦線に出て銃を取った。
戦地では無慈悲で無類の強さを発揮してきた。
勇猛果敢を通り越して残虐とさえ言える性格は、味方でいる分には心強かった。単なる虐殺者にならなかったのは、パザエフをうまくコントロールした勇者たちの手腕によるものだろう。
勇者たちの中でも異色を放ったパザエフは、魔王亡き後も闘いをやめることができなかった。彼にとって闘いとは人生そのものだった。パザエフの血管には、赤血球とともに闘争心が流れている。
祖国へ帰った彼は、自身の資本で民間軍事会社を立ち上げ、自身が戦士でありオーナーであるという、異色の経歴で戦地を渡り歩いて行った。そんな中、漆黒の森へと侵攻する立役者としてのオファーが舞い込んだ。
ダークエルフ狩りの部隊へと喜んで立候補したパザエフは、合法的にできる人殺しに狂喜乱舞した。この男は間違いなく狂っている。
「俺に任せるがいいさ」
そう言うと、パザエフは肩に乗せていた武器をダラリと垂らした。
――サブマシンガン。
魔王軍の一味ですら恐れた、文明の凶器である。
帝国軍の兵士たちが息を呑む。
これから凄惨な光景が展開される。
「さあ」
パザエフは汚れたマントを翻す。
傷だらけの顔に、サディスティックな笑みを浮かべた。
「一人残らず、殺すぞ」
誰も快哉は上げない。雄叫びも響かない。
誰もが胸の奥で、パザエフへの拭えない嫌悪感を押し殺していた。
この男は女子供でも当たり前のように虐殺するだろう。
そのような戦争犯罪の片棒を担ぐのは、誰だって嫌だった。
パザエフの率いる臣下があちこちから出て来る。先ほどまではその気配すら無かった。一人一人がおぞましいデザインをしたサブマシンガンを抱えている。悪夢のような光景だった。
「行くぞ」
アサシン集団は無言で付いていく。
これから地獄が始まる。
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