冬の月光浴
Danzig
第1話
冬の月光浴
冬の夜
眠れない、冬の夜がある
決して寒さのせいでなく
真夜中になっても
眠りたくない気分がある
そんな時には
私は車を走らせる
ピンと張りつめた冷たさが覆(おお)う
限りなく透き通った空間。
小さな音が
どこまでも届いていきそうな
冷えた空気。
そんな冬の夜には
この時期だけの特別な楽しみがある
海岸線に車を止めて
車の中から外を眺(なが)める
遮(さえぎ)るものの何もない
海の上に浮かぶ月
冬の月から溢(あふ)れる光は
どの季節よりも
鋭く私を刺してくる
月光浴
月の光を浴びるそれは
私が私を楽しむ時間
月光浴を楽しむ時
私はよく紅茶を飲む
月の光を紅茶に溶かす
そんな飲み方が私は好きだ
こんな冬の光には
とっておきの茶葉である
ダージリンの
レイトハーベストが良く似合う
芳醇(ほうじゅん)で複雑な香りと甘み
他の茶葉よりも濃縮(のうしゅく)した味わい
とても贅沢な味覚のこれは
冬の夜空に良く似合う
紅茶で身体が温まったころ
私は車の外に出る
車の外は
冬の空気を肌で感じられる空間
冷えた空気が、少し温まった私の身体を
引き裂くように爪を立てる
しかし
そんな場所に身を置いてでも
月光を浴びる価値はあると思う
透明な空気の中に浮かぶ光のそれは
引力さえも感じさせながら
私を貫(つらぬ)いていく
白い息が、風の中に溶けていくように
私を透明に変えていく
そして透明感を感じたなら
車に戻って、紅茶をもう少し口にする
茶葉の香りと
その湯気(ゆげ)が
ここが外とは別の空間だという事を教えてくれる
後から追いかけて来る紅茶の熱と甘みが
冷えた身体を溶かしてくれる
身体が溶けきった頃に
胸に蟠(わだかま)る
幾(いく)つかの記憶たちが
まるで、あやふやだった約束のように
ふわりと想い浮かんでくる
決して快(こころよ)いとは言えない
そんな記憶
しかし月の光は、
その記憶の幻影(げんえい)を
ゆっくりと滲(にじ)ませて
遠くやすらかな思い出へと変えていく
苦しみも、哀しみも、憂(うれ)いも、痛みも
まるで全てを許せるような
そんな気持ちにさせてくれる
紅茶を飲み干す頃に
私はもう一度ハンドルを握る
月光浴
冬の
夜中の
特別な時間
完
冬の月光浴 Danzig @Danzig999
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