月光浴 ~夜のレシピ~
Danzig
第1話
月光浴(げっこうよく)
月光浴について、少しの話をしましょう。
私は月光浴に幾つかの楽しみ方を持っている
月光浴に出かけるのに
本来、何も準備はいらない
でも
準備をしても楽しいものがある
私は時折
紅茶を持って月光浴へ出かけていく。
水筒に紅茶を入れて持っていき
月の光に浄化された後に、それを飲む
すると
何ともいえない贅沢な時間を過ごす事ができる。
月光浴には、やはり紅茶が似合うと、私は思う。
私は季節によって
月光浴に連れていく紅茶を変えている
そして廻(めぐ)る季節を楽しむのなら
紅茶はダージリンがいいかな
春の夜の月光浴
春の夜の月光浴は
まだ若い葉の香りと
淡い花の香の混じったような
ふわりとした温かさと
透き通った冷たさを
幾重(いくえ)にも重ね合わせたような
そんな空気の中にいる
そんな夜には、
春摘(はるづ)みの
「ファーストフレッシュ」が、よく似合う
少し黄色の入った
淡いオレンジ色をしたこの紅茶は
時に緑茶を思わせる青みが
若々しい緑や花々を想像させて
春の匂いとよく合うと思う
猫の恋
やむとき 閨(ねや)の
朧月(おぼろづき)
松尾芭蕉(まつおばしょう)も、
春の月を見て
人恋しさを詠(よ)んでいる。
春の夜空は霞(かすみ)がかかり
朧月(おぼろづき)になる事が多く
幻想的(げんそうてき)な
雰囲気(ふんいき)を醸(かも)し出す。
なんとも人恋しく
趣(おもむき)のある季節
それが春の月光浴
夏の夜の月光浴
夏の夜の月光浴は
昼間に強い日差しに照らされて
色濃い緑の香りを放った草のそれが
日暮れに和らぎ
夜と共にその香りを落ち着かせる
重くのしかかるような空気を
草の香りのするその風が
押し退けていく
そして
月の光が
少しの涼しさを感じさせてくれる
そんな夜には
夏摘(なつづ)みの
「セカンドフレッシュ」がいいと思う
力強いコクと
まるで成熟した果実を思わせる風味は
夏の匂いに負けない
紅茶の楽しさを教えてくれる
そんな紅茶が、夏の夜にはよく似合う
「夏は夜、月のころはさらなり」と
枕草子(まくらのそうし)にも詠まれているように
人は昔から夏の夜の月を楽しんでいた
夏の夜(よ)は
まだ 宵(よひ)ながら
明けぬるを
雲の いづこに
月 宿(やど)るらむ
これは、もう千年以上前に読まれた和歌
夏の夜は明けるのが早い
それが
どことなく儚(はかな)げな
雰囲気(ふんいき)を漂(ただよ)わせる
夏はそんな季節だと思う
それが夏の月光浴
秋の夜の月光浴
秋の夜の月光浴は
夏の名残(なごり)と
冬の訪(おとず)れが交差する
ふくよかな香りを帯びた空気
日ごとに乾(かわ)いていく風
虫の声が混じり
少し透明度が増したような温度のそれは
清明(さやけ)さと
もの悲しさを感じさせる
秋の夜長の月光浴
そんな夜には
秋摘(あきづ)みの
「オータムナル」はどうだろう
赤味を帯びたオレンジ色は
花のような香りと
円熟したまろやかな、コクと甘み
そして少しの渋みが溶け合い
長い夜をたっぷり楽しめる紅茶
香りの抜けやすいオータムナルは
この季節だけに輝(かがや)く
儚(はかな)げな茶葉(ちゃば)
もの悲しい秋の風には、なんともよく似あう
月と言えば秋と思うくらい
古来から秋と月は欠かせぬもの
十三夜(じゅうさんや)
十六夜(いざよい)
立待月(たちまちづき)
決して満月だけではない月の魅力
秋には一層それを感じる
秋の夜の
月 まちかねて
おもひやる
こころ いくたび
山を こゆらむ
秋の月を詠んだ和歌はとても多く
中でも
月の出るのを待っている歌も数多い
昔の人は
どれだけ秋の月を楽しんでいたのだろう
そんな事に
想いを馳(はせ)せる
長い夜の秋の魅力
それが秋の月光浴
冬の夜の月光浴
冬の夜の月光浴は
ピンと張りつめた冷たさが覆(おお)う
限りなく透き通った空間。
小さな音が
どこまでも届いていきそうな
冷えた空気。
そんな夜は
月の引力までも感じてしまう感覚にとらわれる。
全てが眠りにつくような
冬の夜に
私だけが月の光を浴びているという
特別な感じを味わえる月光浴
そんな夜には
秋摘(あきづ)みの中でも
最後に摘(つ)まれる
「レイトハーベスト」がいいかもしれない
もう冬茶(ふゆちゃ)と呼んでもよいこの紅茶は
口の中に広がる
ほんのりとしながらも確かな甘さ
後から追いかけてくるように
満たされていく複雑な香り
全てが濃縮されたような
贅沢(ぜいたく)な味わい
とてもレアなこの茶葉(ちゃば)は
寒い冬の中で
味だけではない贅沢感を与えてくれる
そんな紅茶が冬の月光浴にはよく似合う
大空(おほぞら)の
月の光(ひかり)し
清(きよ)ければ
影見(かげみ)し 水ぞ
まづ こほりける
昔も今も
冬の月は清く澄んで美しく
その光は
鋭(するど)く刺(さ)してくる事を知っている
冬の月には
他の季節のように
身を投げ出して光を浴びるような
月光浴はできない
でも
たとえ暖(あたた)かな恰好をして
毛布にくるまっていたとしても
暖房の利いた車の中だったとしても
冬の月の光は
確実に私の体をすり抜け
そして
冬の空気と同じように
私を透明にしてくれる
冬には
この季節にしか出来ない月光浴がある
それが冬の月光浴
月光浴
季節を廻(めぐ)り月を愛でる
ロマンチックな夜のレシピ
完
月光浴 ~夜のレシピ~ Danzig @Danzig999
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます