夏の終わり

「これ・・・だれ?え?」

雄馬は最初キョトンとしていたが、私の様子ですぐに気付いたらしい。

目を見開いて私を見つめる。

「これが私。ずっと・・・これが私だったの」

「鈴村・・・」

「お姫様ごっこ有り難う。ずっとお姫様になりたかったから嬉しかった。保育園でも小学校でも女子として女子と遊びたかった。でも健一と雄馬とは友達として過ごせた。でも・・・本当は二人にも女子として見てもらいたかった」

「そう・・・だったのか」

雄馬はホッと息を吐いた。

「色々つながった。お前、プールもメチャ嫌がってたけどそれか」

「うん。すごく恥ずかしかったから」

「男で居るの・・・辛かったんだろ?」

「うん。でも、女性の格好をするようになって、本当の自分になれる時間を持てるようになった。それで救われたかな。それに・・・今は好きな人とも一緒に居られてるし」

「それは・・・男性?」

「うん。でも、その人は私の全部を受け入れて、女性として私を愛してくれてる」

「学校の奴?」

「ゴメンね。それは言えない」

「そうか」

雄馬は少しだけ悲しそうな笑顔で言った。

「最後にお前の本当の事が聞けて良かったよ。有り難う。これでキッパリと未練を捨てられる。他の男には全然興味ないけど、女子にも興味が無いから正直俺自身の正体は分からないんだ。だから引っ越したら自分の事をもっと知りたい」

「自分の事を・・・」

「ああ。自分が何者なのか。なんでお前を好きになったのか。なんであんな事をしたのか。おれはどう生きていきたいのか。自分の正体をもっと知りたい。そうすればもっと楽に居きられるかな、って」

自分の正体を・・・

雄馬の言葉は私の心に焼き付いたかのようだった。

私の正体・・・

「お前は大丈夫か。自分が暴れまくってないか?話してくれた事を考えるときっと本当の自分が見えなくて苦しかったんじゃ無いかと思う。それに周りと比べたり。辛かったよな」

雄馬の言葉に何も言えなかった。

「その好きな奴がきっとお前を支えてくれる。ただ、他人に寄りかかっているのは脆いんだ。相手に何かを委ねてるのって凄く危ない。相手の考えなんてエスパーじゃないから分からないし。そんな事に自分の全てを預けてしまうと、いつも不安を感じる。『いつか裏切られるんじゃ無いか』『あの人がいなくなったらどうすればいい』って」

私は無言で頷く。

まさに私だ。

「だから、好きな奴がいてそいつが大切なら余計に、そいつに頼らずに済む自分を見つけた方が良い。その方が真っ直ぐそいつと向き合える。俺もそれで悩んできた。お前への気持ちで。だから心理学を勉強してるんだ」

「心理学?」

「ああ。ずっと本読んでる。全部が全部役立つわけじゃないけど、自分の心の動きが少しずつ分かってきた。自分を知れば自分の中に一本幹が出来たようになってホッとするんだ。特に俺みたいにちょっとズレた気持ちを持ってる奴は。まぁ、おれは未熟だからまだお前に真っ直ぐ向き合えない。でもいつかはそうしたいと思ってる」

「雄馬なら出来るよ」

「お前もな。俺よりずっととんでもないことに耐えて乗り越えてきたお前なら絶対大丈夫。だから自分一人で立てるようになって、そいつと一人の女性として真っ直ぐに向き合えるよ」

「うん。そうしたい」

「そうしろ。お前の女装の姿。とんでもなく綺麗だった。真っ直ぐ向き合えば最強だよ。土下座してでも離れないでくれ、って言ってくるさ」

雄馬の言葉に小さくクスクス笑った。

「そうね。私、可愛いから」

「自分で言うなよ」

雄馬も笑う。

それにつられて私もさらに笑う。

でも、なぜか段々声が詰まってきて嗚咽が混じってきた。

そして、涙が止まらなくなってくる。

嫌だな。せっかく良い感じなのに。

雄馬は無言でそんな私を見つめる。

「いやだ・・・お別れなんて。いやだ!友達だったのに・・・いやだよ」

「ごめん。でも、いつかまた会えるよ」

「うそ・・・そんなつもり無いくせに」

雄馬は困ったような笑顔で私を見る。

嘘のつけない雄馬。

「・・・こんな時くらい嘘ついてくれたっていいのに」

「無茶言うなよ」

雄馬は私の頭をポンポンと軽く叩く。

「ゴメン」

私は声を上げて泣き始めた。

微かな涼しさが混じった夏の終わりの空気。

やっぱり嫌いだ。

なんでこんなに寂しくさせるんだろ。

なんで悲しくなるんだろ。

いつか・・・この空気もこんな自分も好きになれるのかな?

パパやママ、健一とも雄馬とも山辺さんとも真っ直ぐに向き合える時が来るのかな?

「ずっと・・・友達だよね?」

「当たり前だろ」

「それはすぐ返事してくれた」

「当たり前だろ」

雄馬も心なしか声が詰まっているように聞こえた。面白かった。

人の心ってこんなに難しくて、まるで万華鏡みたいに姿を変えるんだ。

その事実に夢中になって読み進めた。

その週末。

山辺さんとジョギングしながら夏の終わりの空気が僅かに残る公園を見回した。

「気分良さそうだね、昭乃」

「うん。最近こういう空気っていいかも、と思えてきた」

「そうか。所で前に言ってたこと、本当か?」

「ん?将来のこと?」

「そう。大学で心理学を勉強したい、って。いや、悪くないよ。ただ、エラく早く進路を決めるんだな・・・って」

「ふふっ、早いとダメ?」

「いや、ダメじゃ無いけど。ただ、昭乃最近変わったな。いや、いい風に」

「なに、それ。どんな風」

「なんと言うか・・・何かが落ちたって言うか」

「う~ん。どうだろう。でも人の内面はそんな簡単に変わらないよ。でも、道って言うか先に浮かぶ明かりは見えてきたかも」

「明かり?」

「そう。一つは山辺さん。もう一つは『自分の正体を知りたい』って言う気持ち。もっと自分の正体を知りたい。そして・・・いつかあなたと並んで真っ直ぐ背筋を伸ばして歩けるようになりたい。ちゃんとした一人の女性として」

山辺さんは私の頭をポンポンと軽く叩いていった。

「出来るよ。昭乃なら。一緒に歩こう。ゆっくりと」

「うん」

私は頷くと山辺さんにくっついた。

このくらいいいよね。

夏の終わりの空気ももう消えかかっていた。

来年はきっともっと心地よく感じられるだろうな。

私は惜しむように夏の残渣が残る空気を吸い込んだ。

もうすぐ季節は秋。

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