恐慌
「あの・・・どこに」
「それはあなたに言う必要は無い。さあ、どうしてくれようかな。そうだ。あなたが見たお店のボーイさん、覚えてる?いかつい顔した子。あの子、昭乃ちゃんが写真に撮ったのを見逃して今回の騒動になったんで、店長にコッテリ絞られたんだよね。だから昭乃ちゃんの事、かなり恨んでるよ」
「え・・・」
まさか・・・
「お、その怯えきった顔。さすが昭乃ちゃん。先生の言いたいこと察したみたいね。良かったら、あの子も交えて3人でゆっくり話しでもどうかな?あなたの武勇伝、ぜひ聞かせてよ。あ、でもあの子かなり手が出る方だから、最後まで話せるかな・・・」
「ご、ごめんなさい・・・ごめんなさい!すいませんでした・・・もう・・・許して・・・ください」
しゃくりあげながら必死にしゃべったが、途中から言葉にならない。
清水先生はそんな私を見て、ニヤニヤしながら続ける。
「あ、そっか。安心して。あの子、実は男の子もオッケーなの。あなた、完全に好みのタイプだからね。案外大事にしてくれるかも。その代わり、あなたの純潔全部奪われちゃうかもね・・・どうする?愛しの山辺先生に捧げる前にまるっと無くなったら」
私の頭の中に、考えたくない最悪の妄想が浮かんできた。
頭だけで無く全身の血の気が引いてしまった。
胃が激しく痛み、吐き気がしてくる。
そして、思考がどんどんぼやけていく。
私は子供がイヤイヤするように何度も首を振った。
「い・・・いや、いや!いや!嫌です!!助けてください!もうしません!だから、それだけは許して!」
「ダメ。許さない」
「いや!やだ!やだ!先生!先生!」
私は先生の名前を何度も呼びながら泣き叫んだ。
そして、泣き叫びながら清水先生の腕を掴んで、何度も揺さぶる。
「ちょ・・・いい加減にしなさい!事故ったらどうするの!」
先生は急ブレーキをかけると、ハンドルから手を離しその勢いで私の頬を叩いた。
え・・・?
先ほどまでの恐怖と、他人から初めて頬を叩かれたショックで頭が真っ白になった。
そして・・・
「え?・・・ちょっと!嘘!何漏らしてるのよ!汚い!」
その言葉を聞きながら、私は初めて自分が失禁してしまった事に気づいた。
そして、我に返ると改めて襲ってきた恐怖と、失禁のショックで思わず大声で子供のように泣き出してしまった。
先生は舌打ちすると、そのまま車を走らせた。
私は子供のように助手席で体を丸まらせて大声で泣き続けた。
そうすることで、この現実を粉々に吹き飛ばせるかのように。
もう涙も出てこない。
私・・・もうおしまいだ。
それからどのくらい走っただろうか。
時間感覚もハッキリしないが、とにかく車は急に速度を落としてどこかの建物に入ったようだ。
こわごわ顔を上げるとそこは駐車場だった。
目の前に赤と青白い不思議な色のネオンで、「ご休憩3500円。ご宿泊9000円」と掻いてある。
ここは・・・まさか。
「さ、降りて」
そう言うと清水先生はさっさとシートベルトを外し、ドアを開ける。
私の脳裏にさっきの清水先生の言葉が浮かぶ。
(あの子、男の子もオッケーなの)
まさか・・・
「何やってんの、早く」
私は首を激しく横に振って、ハンドルにしがみ付いた。
清水先生はまた舌打ちをして言った。
「あのさ、さっきのボーイの子の事は嘘。あの子があんたのせいでおとがめを受けて、腹を立ててるのはホントだけど、ここには呼んでないし会わせるつもりも無い。ただ・・・もし私に着いてこないなら、この場でアイツを呼ぶけどどうする?」
私は顔を上げると慌てて車を降りた。
もしかしたら、この言葉自体が嘘なのかも知れない。
でも、今の私は恐怖によって冷静な判断力を完全に失っていた。
足が激しく震えるのと、スカートがびしょ濡れになっているせいで、酷く歩きにくいが必死に着いていく。
清水先生は手慣れた様子で部屋のボタンを押すと、鍵を取り足早に2階へ上がると突き当たりの点滅している部屋のドアを開けて中に入る。
私もその後をまるで機械仕掛けの人形の様に、ただ手足を動かして着いていく。
もう何も考えられなかった。
ただ、あのボーイさんには会いたくなかった。
そのためなら何でも出来るような気がした。
どんな事になってもいい。
ただ、この顔と身体だけは守りたい。
いつか先生に…それだけがこの状況で唯一考えられることで、この状況でたった1つの心の支えだった。
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