霹靂

「すごくお洒落なお部屋。何かモデルルームみたいですね」

「鈴村は相変わらず大人びた言葉を使うな」

先生は笑いながら私に言った。

少しずつ進めていた先生の引っ越しがこの日全て終わり、家具なども最小限ではあったが並ぶようになった。

私も朝からずっと荷物の梱包を解いたり、小物類や調理器具を並べたりと出来る範囲でのお手伝いをしていた。

ウィッグや化粧をしているだけなら全然良かったけど、服装もTシャツにチェックのシャツ、それにグレーのスカートなんかを履いてきたため、正直かなり動きにくかった。

しかもウィッグをツインテールにしているため、どう見ても引っ越し作業の装いでは無い。

こんな事ならジーンズにすれば良かったけど、せっかくの引っ越し完了の日だ。

そして・・・私の15歳の誕生日でもあった。

お洒落して過ごしたい。

それにあの盗撮をした人物の事もあるので、少しでも女子らしくして変装っぽくした方がいいはず・・・と言うのは方便だけど。

先生も気遣ってくれて、力仕事は全てやってくれたので、私はその分掃除や細々した物を配置する事に集中した。

「有り難う、鈴村。お陰で良い感じの部屋になったよ。お前、デザインとかのセンスあるかもな」

「ふふっ、褒めても何も出ませんよ」

「いや、素直に思ったんだ。じゃあ、他の段ボールの方はゆっくりやっていくよ。一通り落ち着いたからここまでにしよう」

「はい。お疲れ様でした」

「お疲れ様。じゃあピザでも頼もうか?何にする」

「やった!じゃあ私はマルゲリータで」

「じゃあ僕はシーフードにしようかな」

「あ、私もそれ好きなんです」

「そうか。僕も実はマルゲリータ好きなんだよ。良かったら半分こするか?」

「はい!」

目の前に。いや、私の周りにキラキラと光の粒が舞っている。

あの日。

先生への気持ちに気づいた瞬間のように。

先生も今や私と一緒に居る時間を当たり前のように受け入れてくれている。

私の言葉に、表情に、笑顔や安堵の笑みを浮かべてくれている。

まるで・・・そう、彼氏のように。

そして、私は彼女のように、当たり前にこの人を支えている。

それで私たちは幸せになっている。

やっぱりこれで良かったんだ。

「何。ニヤニヤして。そんなにピザ食べれるのが嬉しいの?」

満ち足りた笑みを浮かべる私を見て、先生は冗談めかして言った。

「もう、違いますよ!意地悪」

「はは、ゴメンゴメン」

「謝っても許しません」

私はわざと大げさにふくれっ面を作るとプイと横を向く。

「そうか。困ったな・・・じゃあこれならどうかな」

そう言うと先生はバッグの中から何か長方形の箱を取りだし、私に渡した。

「え?これ・・・」

それは綺麗な赤い包装紙に包まれており、金と銀の混じったリボンで装飾されていた。

まさか・・・

「誕生日おめでとう。本当は僕の立場でこんな事はいけないんだろうけど、鈴村には本当に助けられた。君がいるからここまで何とか立っていられた。だから」

「あ、開けても・・・」

「どうぞ」

いつもの優しい笑み。

ここまでの時間だけでも充分プレゼントなのに。

私は震える指でゆっくりとリボンを解く。

そして出来るだけ破らないように丁寧に包み紙を外す。

中には白いシンプルだけど品の良い箱。

ドキドキしながら箱を開けると、そこにはネックレスが入っていた。

銀色のハートモチーフの中心には赤いストーンが付いていて、ハートの右側には小さな紫色の石が複数埋まっていた。

それはとても可愛くて、夢のように・・・美しかった。

「これ・・・私に?」

「うん。女の子の好む物がよく分からなくて。鈴村に似合いそうな物を選んだつもりだったけど、大丈夫かな?」

「大丈夫です!すごく綺麗だし可愛いしお洒落だし品があるし、それに・・・ええと・・・」

慌てて話す私に先生は置かしそうに笑い出した。

「有り難う。鈴村が気に入ってくれたのはすごく伝わってきた。選んで良かったよ。そんなに喜んでくれて僕こそ有り難う。大事にしてもらえると有り難いな」

「もっちろんです。一生、死ぬまで大切にします」

「いやいや、大げさだよ。そんなに高い物じゃ無いんだから」

私は無言で大きく首を振った。

扇子は汚しちゃったけど、お家に大切に置いてある。

今度は絶対に大切にする。

「あの・・・付けても」

「もちろん」

早速付けてみようとしたが、緊張して手が震えているせいか、上手く着けられない。

乱暴にして傷ついたり壊れたらと思うと余計に緊張する。

そんな私を見て、先生は後ろに回った。

「着けてあげるよ。ほら」

先生は私の手に自分の手を添えて、チェーンを取る。

そのまま私の首の後ろでチェーンの留め具を付けた。

これだけの動作のはずなのに、心臓が破裂するかと思うほどドキドキしていた。

先生の息づかいや体温までが首元から伝わってくるようだった。

何て暖かくて心地良いんだろう。

私は厳かな気持ちになりながら、目を閉じて鎖の重みをじっくりと感じた。

私にネックレスを着け終わった先生は、離れると首元のネックレスに満足そうな様子を見せた。

私は早速ポーチから手鏡を取り出し確認する。

先生は安物だと言っていたが、そうではない。

それは鮮やかな輝きを放ち、私に文字通り別の彩りを添えていた。

胸の奥から震えが走る。

私・・・幸せだ。

ああ、また。と思う間もなく涙が溢れてきた。

でも、今度は先生も焦ったりせずそんな私を優しく見つめていた。

「改めて誕生日おめでとう。鈴村」

その後、先生が買ってきていたケーキをピザと共に一緒に食べた。

先生はケーキをそう沢山食べれないため、ホールケーキが買えなかった事を何度も私に詫びていたけど、そんな事はどうでも良かった。

この日。

この時間がかけがえのない贈り物。

いつか・・・この毎日が当たり前のように過ごせるようになれるのかな。

この人と一緒になって。

現実的に考えるにはあまりに様々な問題があったけど、今この瞬間はそれを考えるのを止めた。

ただ、絵本のようなこの時間に浸りたい。

キラキラした光の中に居る王子様と私。

それから3時間ほど、一緒にテレビを見たりしてのんびりと過ごした後、私は家を出た。

先生は送ろうかと言ってくれたが、先生も疲れているだろうしゆっくり休んで欲しかったので、一人で帰ると話した。

それに、帰り道でゆっくりと今日の余韻に浸りたかったのもある。

先生に見送られて、満ち足りた気分でアパートの前の道を歩く。

足取りも軽い。

まるで羽のよう。

今夜はこのまま駅前の商業施設を歩いて見ようかな。

家に帰って男子の姿に戻るのを少しでも遅らせたい。

そうなったらせっかくの魔法が解けちゃう。

熱に浮かされたようにボンヤリとしていたせいか、私は後ろから近づく車に全く気がつかなかった。

その車は突然、と言って良い早さで私の左側に来ると、クラクションを鳴らした。

その音に驚いて左の方を向くと、ウインドーがゆっくり降りた。

私はそのまま凍り付いたように立ち尽くした。

暖かい魔法は完全に消え去っていた。

その代わりに全身氷に覆われたかのような別の魔法をかけられたみたいだ。

ウインドーの向こうに現れたのは、無表情の清水先生だった。

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