好きな人

それから1時間ほど歌いカラオケはお開きになった。

健一は先ほどのショートカットの子とラインを交換しているようだ。

雄馬は・・・どうなったのか分からない。

いつもと変わらず。

木下さんは、急に知り合いから連絡があったとかで、あの後先に帰ってしまっていた。

健一は別の友達に声をかけたらしく、残った二人の子と共に二件目に行くらしい。

まるで飲み会のサラリーマンみたい。

内心感心するやら呆れるやら。

私と雄馬にも声をかけたが、雄馬は用事があるとのことで、私も先生の様子を見に行きたかったのでお断りした。

カラオケ店を出て、雄馬と二人で駅に向かって歩く。

夏の暑い空気によるまとわりつくような不快感を、夜風の心地さが流していくようだった。

先生からもらったレモン柄の扇子をパタパタと動かしながら素肌に夜風を流し込む。

その気持ちよさに軽く息をつく。

「それ、誰からもらったの?」

それまで無言だった雄馬の声に私はハッと我に返った。

「え?いや、自分で買ったんだけど」

まさか扇子の事を言われるとは思わなかったので、内心ドギマギしながらさりげない口調でごまかす。

「そうなんだ。好み変わったんだな。前はもっとラフな感じのが好きだったし、扇子なんて使う感じじゃ無かっただろ」

「いや、今でもそう言うのは好きだよ。ただ、たまには全然違うのもありじゃない?」

「まぁ、お前の好みにどうこう言う筋合いはないけどな」

「ホントだよ。らしくないな」

そう言いながら、自分の言葉に改めて納得した。

どうしたんだ、雄馬は。

あんな事にこだわる人じゃ無かったのに。

「ゴメン、変なこと言って」

「それはもう良いよ。扇子くらいでどうこう止めようよ」

「そうだな」

それからはお互い、何となく気まずさを感じて無言で歩いていたが、やがて雄馬は言った。

「木下だけど、あいつ彼氏いるぜ」

「え?そうなの」

「ああ、カラオケで彼女途中で席立っただろ。あの時、別の男とカラオケの後で会う約束をしてたんだ」

「へえ・・・」

それはそれは。

おとなしそうに見えて、二股とはやるねえ。

最も、私と木下さんは付き合ってないから二股も何も無いけど。

私の反応を見て、予想と違ってたのか雄馬は苦笑いを浮かべていった。

「へえ、ってえらくドライだな。まぁ薄々そんなに興味ないんだろうな、とは思ってたけど」

「うん、彼女には悪いけど。だから他に付き合ってる人が居るならむしろ有り難いよ」

「お前か相手の男かどっちか分からないけど、駄目だったときのキープにしてるんだろうな。しかし、お前をキープにしているかも知れないとは、中々の玉だな」

「そんな事ないけど・・・女子はしたたかだよね」

「全くだな。でもいいのか?」

「いいよ。彼女はもっと誠実な男性と付き合うべきだから」

「ま、いいけど」

それからまた沈黙。

今日は何だか様子が変だな。

確かに雄馬はクールな性格だけど、いつもは二人でも会話がなんだかんだ途切れずにいたのに。

何だろう、この変なピリピリした感じは。

何か手頃な話題を探していると、雄馬がポツリと言った。

「好きな奴とかいるの?」

「え?誰?」

「いや・・・お前に決まってるだろ。他に誰がいるんだよ」

沈黙を破る話題がそれ?

突然の問いかけに真っ先に先生の顔が頭に浮かんだ。

考えるだけで顔が赤くなってしまう。

「・・・うん。いる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る