萌芽

久々に顔を合わせた高揚感で盛り上がっていたクラスに軽い落胆の空気が流れたが、私は逆だった。

花火大会の時のカジュアルな感じも良いけど、先生はやっぱり背広姿が一番良い。

しかし、ドアを開けて入って来たのは山辺先生では無く清水先生だった。

え・・・

ポカンとする私を余所に清水先生は教卓に進んでいく。

教卓に立つと、清水先生はみんなを軽く見回して言った。

「おはようございます皆さん。山辺先生ですが、体調不良のため今日は欠席になりました。なので代わりに私が進めます」

歓声の上がる教室で、私は無理矢理笑顔を作るのが精一杯だった。

一つは先生が心配なこと。

大丈夫かな?

体調不良ってどんな感じなんだろう。

カラオケの約束をしたことがたまらなく悔しい。

それが無ければ、終わった後すぐにお見舞いに行くのに。

もう一つは単純に山辺先生で無く、清水先生だった事への落胆だった。

車の中の不快な香水の匂いが蘇る。

本当はこんな笑顔なんて作りたくない。

ただ、花火大会の事を思い出すと幾分腹立たしさも収まってくる。

そうだ、山辺さんは私を見てくれてるんだ。

ダメダメ、もっと余裕を持たなきゃ。

それから課題を提出し、通り一遍の様子確認を行うとあっさりと出校日は終わった。

終了と共に、後ろの健一はいそいそと帰りの用意をする。

私は背後を振り返ると健一に言った。

「ゴメン。ちょっと遅れるから先に行って。後で合流する」

「え、マジで。どうしたの」

「ちょっと清水先生と話したいことがあって」

「そうなの?何話すんだよ。まさか、今度一緒に遊びに行こう、とか」

にやにやしながら話す健一を雄馬が強めに小突いて言った。

「んな訳ないだろ。お前と一緒にするな」

「痛った!冗談だよ。なにマジになってんの?」

「昭乃が迷惑。そもそも年増は好みじゃないだろ」

雄馬はそう言うと私を見てニヤッと笑った。

さすが親友。よく分かってる。

「分かってるじゃん」

そう言うと雄馬の頭を軽くポンポンと叩く。

あ、先生の癖が移っちゃったかも。

ポンポンと叩かれたのが不快だったのか、雄馬はスッと少し離れながら言った。

「良かったら俺も付き合おうか?」

「え?いや、大丈夫だよ。有り難う。ちょっと課題の事で聞きたいことがあっただけだから。大したことじゃないから雄馬は先に行っててよ」

「分かった。早く来いよな」

雄馬は手を上げると、健一と共に教室を出た。

先生の体調についてアレコレ聞くのをクラスの人間には聞かれたくなかったから、あっさり引き下がってくれてホッとした。

二人を見送ると、職員室に行き清水先生を呼んだ。

「あれ?どうしたの?なにか次の課題の事で質問?」

白いブラウスにややウェーブのかかった栗色の長い髪。

目鼻立ちは決して良くは無いけど、全てが可愛らしさを演出する配置になっている。

「綺麗ではないが可愛げがある」とでも言おうか。

男子にとって「理想のお姉さん」だとつくづく思うし、実際男子からの人気は圧倒的だ。

しかも声も良く、笑顔を絶やさない。

この人はきっと今までの人生で、誰かを憎んだり憎まれたりとか無かったんだろうな。

剪定された花園で生きることの出来た、幸運な人。

私は頭に浮かんだ数々の考えを追い出すように軽くため息をついた。

だが、あの日。

あの公園でのやり取りが頭に浮かんだ。

あの時の清水先生は、まるで別の人物に思えた。

その時の印象のせいか、私は知らないうちに緊張で身体が硬くなっているのが分かった。

「いえ、山辺先生が体調不良と伺ったので、容態はどうかなと思って」

「そうなんだ。わざわざ有り難う」

清水先生は嬉しそうにニッコリと笑って言った。

なんで清水先生にお礼を言われなくちゃいけないんだろ。

「いえ、担任の先生の事は気になるので」

「鈴村君は本当にしっかりしてるね。普通、担任の先生の容態なんて気にもしないのに」

「そうなんです?普通ですよ」

「そうなんだ。う~ん、私も相変わらず決めつけちゃうな。友達にも『それは止めろ』って散々言われてるのに」

そう言って恥ずかしそうに笑う清水先生に内心ため息をついた。

可愛いのバーゲンセールじゃないんだから。

私の内心にも気づかず、相変わらずのんきな様子で清水先生は続けた。

「う~ん、でも鈴村君、山辺先生と話してるとき、何だか甘えてるように見えるからてっきり、大好きなのかと思っちゃった」

その言葉に思わず表情が凍り付いた。

あのときと同じようなことを言ってる。

心中の動揺を隠すように平然とした表情を作った。

清水先生をチラッと確認したが、キョトンとした表情をしている。

その表情を確認して安堵したけど、まだ心臓がドキドキしている。

「勘弁してください。山辺先生のどこに甘える要素があるんです?僕は男に甘える趣味はないし、そもそもああいうナヨナヨした感じ、駄目なんです」

「そういう事は言っちゃ駄目。先生もああ見えて一生懸命に生徒の事を考えてるんだから」

ムッとした表情で言う清水先生に、私も負けじと内心イライラしていた。

言われなくてもあの人の頑張りや魅力は私が一番分かってる。

こんな言いたくもない言葉を言わせたのはあなたでしょ。

って言うか、こんな不毛な会話してても意味ない。

早く先生の事を確認してカラオケに合流しないと。

それに・・・最近の清水先生にはよく分からないけど、何か妙な不安を感じてしまう。

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