拒絶
驚いて声の方を向くとそこには山辺先生が立っていた。
心配そうにこちらを見ている。
「どうしたの?顔色悪いけど大丈夫?」
「あ・・・大丈夫です。ちょっと寝不足なだけで」
「そう、でも何か思い詰めているようにも見えたから心配で」
そんな所から見られていたのか。
まるで恥ずかしい秘密を見られたかのような気まずさを感じてしまう。
「本当に大丈夫です。すいません、気を遣わせちゃって」
「ならいいけど、悩み事があったら話してね」
「はい、誰かに話したくなったときは」
「いや、その前にだ。悩み事とか秘密って毒みたいな物だから、体の中に置いておくほどどんどん腐ってきちゃうからね。そのうち自分を痛めつけるし、周りの人にも伝わっちゃうよ」
聞きながら私の頭には健一と雄馬の顔が浮かんだ。
「余計なお世話だったら申し訳ないけど、諸戸や都築と何かあったのか?」
「何かって?何ですか」
「いや、実は都築も最近ずっと元気ないんだよ」
雄馬も?
そういえば確かに前に比べてぶっきらぼうな様子が目立っては居たけど。
「だから、三人の間に何かあったのかと思って。お前らいつも三人一緒って感じだったけど最近は個々で居ることが多い気がするし」
「だから何です?何かあったとしても先生には関係ないです」
そう言った後で、その言葉に胸がチクリと痛んだ。
本当に面倒くさい女。
って言うか、なんでこの格好の時は先生に突っかかってしまうんだろう。
そんなに正反対になりたいのか?
日高亜季の自分と。
「確かに関係ないかも知れない。それでも僕は首を突っ込みたいな。だって僕は君らの先生だろ?」
その言葉に胸の奥がじんわりと暖かくなる。
こんなどこかで聞いたような言葉なのに、なぜこの人が言うとこんなに甘く心地よく響くのだろう。
でも、だからこそこんな嘘の自分では話したくない。
そのうち、先生への気持ちまで嘘で固めてしまいそうで怖い。
今の自分が日高亜季だったら。
昭乃では無く亜季だったらきっと泣きながら相談することも出来たのに。
鈴村昭乃の自分はどう頑張ってもそんな事出来ない。
「有り難うございます。またお力お借りするときは言います」
丁寧だがキッパリとした拒絶。
先生は少しさみしそうに笑うと「約束だよ」と言って歩いて行った。
その後ろ姿を見ていると、息が苦しくなる。
なんで自分は追いかけることが出来ないんだろう。
こんなに先生の言葉が、暖かさが欲しいのに。
鈴村昭乃って何なんだろう。
このままの自分で居るのが怖い。
その後、重い足を引きずるように家に帰って、お風呂に入る気もせずにベッドに横たわると妙に体がだるいような気がした。
それからいつの間にか寝入ってしまい、朝になったが起きようと言う気がしない。
結局それから二日間、生まれて初めてズル休みをしてしまった。
健一や雄馬、何より先生に会うのが怖かった。
あのときの態度で嫌われてしまったのではないか。
そう思うとどうしても体が動かない。
両親は心配していたようだが、熱があるというと拍子抜けするくらいにすんなり休みを受け入れてくれた。
今までこんな休み方をしたことが無かったので、戸惑っているのだろうか。
だが、今の私の脳内はずっと三人の事がグルグル回っていたので、そのうち気にならなくなった。
嫌われたって良いじゃない。また別の友達を、別の好きになれる人を探せば良い。
そんな事を無理矢理考え、一時的に高くなったテンションで納得したりもしたけど、やっぱりそんな詰まらない嘘は自分が納得できなかった。
自分が何を望んでいるのか。どうしたいのか。
分からない。
布団に潜り込んで暗闇の中に隠れる。
こうしてると自分が暗闇に溶けて消えてしまうようで心地よい。
明日は土曜日か・・・
こんな気持ちで先生に会えるのだろうか。
起き抜けと言うこともあり、ウジウジと悩んだあげく思考がまとまらず、結局公園に行かず一日部屋の中で携帯を触っていた。
こうやって先生からも逃げちゃうんだ・・・
涙がにじんでくるのを感じながら、また布団に潜り込んだ。
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